QUEST4 タルト・プロジェクト

#25 暗躍×暗躍

「いいなー! タルトとサヘラ、旅に出られていいなー!」

「フルッフ姉様も、行っちゃったね……」


 タルトとサヘラが今、森林街から出たばかりの頃。


 フルッフが、仲間と連絡を取り、既に竜の国から姿を消していた頃。



 ベリーは屋敷の庭から、筒状の望遠鏡を使って、森林街を見下ろしていた。


 うずうずと、体が前に出ようとしているのを、ショコナが押さえる。

 共に旅に出たいという気持ちが強過ぎて、道の先が崖になっていることを忘れているらしい。

 着実に前へ進むベリーの服をつまむ。


「ショコナたちは行けないよ。

 タルト姉様も、ずっと旅に行きたいって言っていたけど、

 これまでずっと、ロワ姉様に、ダメって言われ続けて、やっと今、許可を貰えたんだから。

 ベリーも、もう少し大きくならないと、たぶんお姉様も、いいって言わないと思う」


「ベリーは強いって、認めさせればいいのか!」


 漠然とした『強さ』だけでは、決してロワは認めないだろう。


 ――でも、勝手に外に行かれるよりも、ロワ姉様に挑戦してくれた方が、御しやすくはあるかも。


 強さとはなにか。

 腕っぷし、見た目……、

 戦うことしか頭にないベリーは、到底、ロワの試験は合格できないだろう。


 うーん、と考え込むベリーが勝手に移動することはないと思い、ショコナはつまんでいた服を離す。


「いいよ、こっちにきて」


 ベリーが離れたことで、ベリーに聞かせられないような話もできるようになった。


 屋敷と庭を繋ぐ扉に、身を隠しながらこちらを窺っていた者がいた。


 ベリーとショコナの妹の、シレーナだ。

 首から小さなカメラを下げている。

 声がかかって安心したのか、とてててっ、と小走りでショコナの元に走ってくる。


 庭に置いてある木製の横長の椅子に、二人で腰かけた。


「姉様、撮っていい?」


 カメラを掲げるシレーナを、手で制する。


「それは後で。

 ……聞かせてもらっていい? 

 フルッフ姉様に、わたしの能力がばれちゃったけど、

 それ以上に、フルッフ姉様の弱点が聞ければ、失ったものと得たものは、とんとんになると思うから」


 ショコナは、シレーナが家族全員のプライベートを、カメラで撮るという遊びで誤魔化し、情報を集めているのを知っていた。


 シレーナの能力――、

 フルッフの言い方を借りれば、『エゴイスタ』――は、


 密封したものを開けることで、球体状の生物を生み出し、

 シレーナの制御が利かない代わりに、ほとんどなんでもできてしまう。


 八対二の割合でシレーナにとって、都合の悪い方向にしか動かないため、

 能力のなんでもできる干渉範囲の広さは、シレーナを苦しめる牙にもなりかねないため、危ういが……、


 味方である二割を制御すれば、使い勝手の良い能力とも言える。


 シレーナ自身、意図して能力を使っているわけではない。

 ショコナはそこに目をつけた。


 プライベートの情報を集めている、というのは、言い方をショコナ寄りにしただけであり、

 シレーナからすれば、知らないことをただ知りたいという、探求心からくるものだ。


 念の為、家族の弱みを握っておきたいショコナとは、考え方が真逆なのだ。


 人を深く知りたい善性と、

 人を貶めたい悪性の違い。


 シレーナは今回の件で、ショコナにただ利用されただけと言える。

 利用された、と言えば、ベリーなど毎日、ショコナに利用されているが。


「ショコナ姉様の、のうりょく、しりたい」


 ショコナは嫌な顔をした。

 フルッフにはばれているとは言え、だからと言って、誰にでも明かすようなものではない。

 しかし、ここで教えないとシレーナが拗ねて、苦労して調べさせたフルッフの弱点を教えてくれなくなってしまう。


 ちょっとしたことで、拗ねてしまうのが子供だ。

 自分も子供なのだという事実は置いておき、ショコナは天秤にかけ、教えることにした。


 ショコナのエゴイスタは、

『13』と書かれたカードに触れた者が参加させられる。


 カードを投げ、最初に表を出した者から開始だ。

 交代で、子猫、猫、豹……回数と共に成長していく対象を捕まえなければならない。


 回転刃の音が、タイムリミットを示し、対象を捕まえられなければ、回転する刃が体を斬り裂いてくる。

 真っ二つにされた時点で、終了となる。

 それ以外にも『21』回で、ゲームは中断される。


 ショコナも共に真っ二つにされるリスクを負っているが、

 ルール説明の義務がないため、この21回目まで耐えられてしまった場合、ショコナにも罰がある。


 ショコナはしばらくエゴイスタが使えなくなり、嘘がつけなくなる。


 エゴイスタ解除後に弊害を負うのは、ベリーも似ている。

 現在、ベリーはフルッフとの戦いに敗北し、己の能力による制限が、自分にかかってしまっているのだ。


 階段が降りれない、上れない、文字が書けない、水に浸かれない……など、

 判明しているこれだけでも、日常生活に支障をきたしているが、

 意外にも、本人はあまり気にしていないらしい。


 悲観しないところは、ベリーの強みでもある。


「そういうのうりょくなんだ、分かった、ありがとう」


 ショコナが、フルッフの弱点は……、と聞くと、シレーナが頷く。


 しれっと、忘れた振りをしていたような気もするが、とショコナが気づいた。


 だが、シレーナはすぐに教えてくれた。


「フルッフ姉様、むかし、ペットを飼っていたんだって。

 あ、でも、お母様も知らなかったみたい。

 みんなにひみつで飼っていた、魔獣のこどもだったらしいの」


 フルッフがペットを愛でている姿など、ショコナは想像ができなかった。


「その時、姉様はもりで迷子になっちゃって……、

 小さかった時だから、まわりの気配がぜんぶ、自分をおそおうとする、魔獣に感じたの。

 姉様は撃退しようとして、するどい、木の棒を手にもった。

 うしろから飛びかかってきた、敵に木の棒をさした、つもりなんだけど――」


「その刺した魔獣が、ペット、だったの……?」


「うん。それいらい、姉様はちょくせつ、じぶんの手で、魔獣をあやめることができなくなってしまった。

 魔獣だけじゃなくて、あやめる行為が、姉様のなかでトラウマになっているんだと思うよ」


 フルッフは人を貶め、地獄に突き落としたり、利用し、使い捨てるような行為が目立つが、

 決して、誰かを殺したりはしなかった。


 殺す、という表現さえも避けている節がある。


 必ず、始末する、と言っていた。


 弱点と言えるかどうかは、正直、微妙なところだとショコナは思う。

 だが、知っていても損ではない情報だとも思った。

 ただ、自分が失ったもののことを思うと、釣り合っていないようにも思えるが、仕方がない。


「それだけ……?」


「うん。お化けくんたちが持ってきてくれたのは、これだけ。

 他にもあるけど、弱点じゃあ、ないと思うし……」


 人の魂の形に手が生えたような姿の、球体状の生物を、お化けくんと呼ぶシレーナ。


 個人を判別する名前まではないらしい。

 ショコナは、どうでもいいや、と切り替える。


「ショコナ姉様……ふまん、だった?」

「ううん、そんなことないよ、ありがとう、シレーナ」


 嬉しがるシレーナは、庭の芝生に寝転がるベリーの元へ駆けて行く。

 残されたショコナは、ぼんやりと、頭を休める。



 シレーナは、ショコナに言っていないことがある。


 フルッフの計画は、話せば弱点になったかもしれない。

 シレーナは言うかどうか悩み、自分の判断で、言わないことにした。


 ショコナは、ベリーとシレーナを利用している。

 そして、シレーナ自身が、利用されていることを、知らないと思っている。

 ショコナの思惑など、まる分かりだと言うのに。


 素直に全てを教えるのは、面白くない。

 それに、フルッフの計画を本人とその仲間たち以外で知っているのは、シレーナと、王竜エピグラフのみ。

 その秘密の共有に、ショコナを混ぜたくなかったのが、本音である。


 ショコナ自身、自分が口で丸め込めば、

 誰でも言うことを聞いてくれる、とでも思っているのかもしれない。


 今回は口車に『乗ってあげた』が、次は屈しないと、シレーナは思惑に向けた反発心を育んでいた。

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