#16 閉鎖型エゴイスタ

 ベリーは満面の笑みで、クワガタを掲げる。

 ショコナはベリーを見て、そっと微笑む。


 ……悪いが、お前らに構っている暇は、僕にはなかったりする。


「二人とも、勝手に部屋に入ったことは怒らない。

 だから、今日は今すぐ出て行ってくれるか。僕にもやることがあるんだ」


「なんでだよー、フルッフと遊ぶためにきたのに。

 ――遊ぼう遊ぼう遊ぼうっ!」


「駄々をこねるな。騒いだって、無理なものは無理だ」


「でも、いつもそんなことを言いながらも遊んでくれるよなー」


 ベリーはポケットにしまっていたトランプを出して、箱からカードを取り出した。

 テーブルに無造作にばら撒く。

 両手を使い、シャッフルし、また一つに集め直した。


「だから……遊ぶ準備をしたところで僕はやらないぞ。しなければならない準備があるんだ」


「その準備は、外に、行くため、なの……?」


 ベリーに配られたカードを手に持ち、扇子のように広げ、口元を隠したショコナが言った。


「フルッフ姉様をいま、見逃すと、当分、会えない気がする……って、ベリーが、そう言っていたの」


「あ! ショコナ、言っちゃダメだろ! 寂しがってるみたいで恥ずかしいだろー」


 ベリーが隣のショコナを押し倒したことで、二人が持っていたカードが空中に舞う。


 今日は、やけに鋭い。

 いつものベリーなら、言われるがままに信じるはずだ。


 たまにこういった勘の鋭さを見せる。

 本能的な部分がきな臭いところを嗅ぎ取ったか。


「確かに、外には出るさ。だけど長くはならない。

 数日で戻ってくる。その時にでも遊んでやるから、今日はもう帰れ」


 嘘だ。

 僕はそのまま、もう二度と、この部屋には戻ってこないと思う。


 だから、この双子の妹とも、今日でお別れの可能性が高い。


 二人を僕の事情に巻き込むことはできないし、着いてきても、足手まといになるだけだ。


「ベリー、ショコナ。言うことを聞け。僕を、困らせるな」


 僕は二人が開けた穴を指差す。

 通常の扉から出ると、その先の道は幅が狭く、翼がなければ安全を保障できない。

 二人はまだ火を吐けるだけで、変身はできないのだ。

 危険な道を帰らせるわけにはいかない。


 開いている穴は、二人が進んだ後にでも、塞げばいい。


「フルッフー、いいじゃんか、ちょっとくらい遊んでもー」

「僕は本気だぞ」


「トランプ、配り終わっちゃったから一回くらい! フルッフ、やろっ!」

「ベリーッ!」


 僕は思わず怒鳴ってしまった。

 はっ、として、すぐに僕らしくないと、自責する。


 感情的になるなと、自分に言い聞かせていたはずだったのに。

 怒鳴り散らしたところで、状況は、絶対に良くなることはない。

 厄介なことになると、僕の経験がそう言っている。


「……ベリー?」


 唇を引き結び、トランプの一枚を手の中で、ぐしゃっ、と握り潰した妹が見えた。


「――もう、知らない! フルッフなんて、大嫌いだッ!」


 膝を抱えて、体を丸め込んだベリーは、顔を伏せ、叫ぶ。

 ショコナは僕とベリーを見比べるが、最後にはベリーの傍に近づき、体を密着させる。


 ……僕も、頭を冷やすべきか……? 

 いや、わがままを言ったのはベリーだ。

 横暴な妹を野放しにしていたら、将来ろくな大人にはならない。


 今の内に、がまんを覚えさせておかなければならない。

 今、ベリーを抱きしめ、慰めたい気持ちでいっぱいだが、ここは心を鬼にしなければ。


「泣いたって、ダメなものはダメなんだ」

「誰が泣いてるか! 泣くわけないだろ!」

「なら、顔を上げたらどうだ」


 ベリーの背中に隠れるばかりだった気弱なショコナさえも、僕に非難の目を向ける。


 傷心中のベリーに酷いことを言うな、とでも言いたいのだろう。


 僕はそれを無視し、部屋の扉へ向かう。


 二人は自分の意思では部屋から出て行ってくれないだろう。

 仕方がないから、扉から出て、僕が翼を使い、狭い道を連れて行ってあげることにする。

 二人が開けた穴は、僕の体には小さ過ぎるため、連れては行けない。


「……、――ん?」


 外に出ようとしたところで、扉が固いことに気づく。

 ドアノブを回しても、びくともしない。

 扉が――開かない。

 そう気づいた時、僕だけがこの部屋に閉じ込められたのだと、理解する。


 妹二人には脱出するための小さな穴がある。

 僕には脱出するための出口がない……、


 可能性を捨てなければ、一か所、あるにはあるが、

 この扉が塞がれていて、別の出口が開いているなど、あるはずがない。


 仕掛ける側として、僕なら絶対にそんなミスはしない。


 念のため、別の出口も確認してみる。


 タルトと共に屋敷へ侵入した、あの梯子へ通じる通路だ。


 扉から離れ、家具を退かす僕を、不思議そうに見ていたショコナだが、声をかけられることはなかった。


 妹を不安がらせることもない。

 誰かから、攻撃を受けているなど、言う必要もなかった。


 家具を退かして、梯子へ通じる通路を進んで行く。

 家具を退かした時点で、

 通路にはなにかしら、先へ進めないようなものが詰められていると思っていたが、そんなことはなかった。


 先へ進めるし、梯子にまで、手をかけることができた。


「……罠、か?」


 この梯子の上で、誰かが待ち伏せをしていたら……、

 いや、回りくどいな。

 だったらすぐにでも突入してくればいい。

 わざわざ僕を誘き出す必要など、ないはずだ。


 しかし、気になるな……。

 今の段階で牢獄にいるはずの偽物を消すのは、あまりしたくないが……、

 こうなっては仕方がない。

 僕の身代わりになるのが、偽物の役目だ。


 最終試験と称して、タルトがテュアと戦っている最中、

 テュアに炎の玉を吐かれた時だ――その時は、タルトが僕を守ってくれた。


 爆発と共に舞った黒煙のおかげで、サヘラの監視が僕から離れ、

 テュアも、遠くから見ていたであろうロワも、僕から目を離していた。


 その隙に偽物とすり替わることができた。


 偶然の産物だが、この優位性を崩すのに躊躇いがあったが、覚悟を決め、偽物の能力の解除をする。

 今の段階で偽物が消えれば、ロワとテュアは、僕の開かずの間に侵入し、真下のこの部屋にも気づく可能性が高くなる。


 外に出る前に二人を馬鹿にする細工をしようと思っていたのだが、そんな暇はなさそうだ。


 能力解除――を、僕はした。


「……反応がない」


 気づくのが遅れたが、偽物が牢獄に捕まっている、という反応も、さっきから、なかった気がする。

 こちらからの送信に手応えがなければ、もちろん、向こうからきた受信がないのも当たり前だ。


 能力が使えない。

 置かれた状況の厄介さが際立っている。


「……誰だ。誰が僕を狙う……っ」


 正直、心当たりが多過ぎるのが困ったところだ。


 偽物が使えないのならば、仕方がない。

 僕は梯子に手と足をかける。

 天井を目指して上がると、梯子の半分辺りのところで、ゴンッ、と、見えない天井に額をぶつけた。


 手を滑らせてしまい、背中から地面に落下する。

 翼を出してクッションにするのも忘れていた。


 僕は、動揺していた。


 僕は、この状況を、知っている……。


「閉鎖型、エゴイスタ……か」


 手の平の上で転がされる――、


 僕が最も嫌悪する、攻撃のされ方だ。

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