QUEST2 ベリー&ショコナのわがまま密室

#15 双子にたじたじ

 タルトとサヘラの旅立ちから時間が遡り……、一日前。


 タルトとサヘラが旅の身支度をし、偽物が牢獄に入れられていた、その時。


 ダミーではなく、本物の部屋に戻ってきたフルッフは、汚れた服を脱ぎ、シャワーを浴びていた。

 全身がきれいになったフルッフは、心を落ち着かせようと飲もうとしていたコーヒーの入っているコップを、思わず地面に叩きつける。


「――くそッ!」


 ― ― ― ― ― ―


 コップの割れる音が聞こえたが、知ったことではないと僕は椅子に座る。

 目の前の画面モニターを叩き割りたい衝動が沸き上がるが、これを壊せば、僕はほとんど、なにもできなくなる。

 深呼吸をして怒りを鎮めるが、やはり後少しのところで欲しいものが手に入らないとなると、落胆も、怒りも倍増だ。


「ロワとテュアが、あんなにも早く和解するなど、誰が予想できた……」


 いや、元々、確執は大きくなかったのかもしれない。

 四年間、顔も合わさなかったことによって、冷静に話し合うことができたのだろう。

 話し合ってしまえば、とんとん拍子に和解をした――そう考えたら、今回の失敗は、必然だったのかもしれない。


「そうか。そう考えたら、気持ちもだいぶ楽になったな」


 タルトの獲得は


 幸いにも、タルトとサヘラ、二人だけの旅に出発するらしい。


 恐らく、牢獄にいるのが僕の偽物だとテュアとロワが気づけば、テュアの方が追ってくるはずだ。

 テュアを始末してからでも、タルトを獲得するのは、じゅうぶんに間に合う。


 罪をなすりつけて、テュアを外の世界の牢獄に入れてしまえば、僕の独壇場になる。


「それでいこう。始末するより、断然、簡単に、楽にできる」


 僕もそろそろ出発する準備をしなければならない。

 ついさっき決まったばかりだが、明日には友人との待ち合わせがある。


 ここから南に向かった場所にある、古書の国だ。


 だいぶ、心も落ち着いた。

 コーヒーを淹れ直そうと、椅子から立ち上がり、振り向くと、こそこそと隠れる影を見つけた。


「……?」


 背もたれを倒すとベッドに変わるソファの端っこから、ぴょこんと飛び出す赤髪が見えた。

 隠れ切れていない、詰めの甘さを見るに……、まあ、予想はついていた。


 あのツインテールの髪の形は、妹のベリーだ。


「ベリー、そこから動くなよ」

「うえ!? すげえぞ、フルッフー、どうして隠れてるのがわかったんだ!?」


 ソファの背もたれをジャンプで飛び越えてくる。

 だから、動くなと言っているのに。


「超能力か! フルッフには超能力があったりするのかっ、ぱいろきねしす……、か!」

「まあ、ある意味、パイロキネシスではあるがな……」


 竜の精霊の能力には、口から火を吐き出せる、というのがある。


 知ったばかりの言葉を使いたがる、ベリーらしい一面だ。


「ちなみに、パイロキネシスではなく、言いたかったのはサイコメトリーだろ?」


「そうとも言う!」


 状況的に、テレパシーだと思うが。

 まあ、ベリーにとっては、なんでもいいのかもしれない。

 訂正したのは余計なお世話だったのだ。


「フルッフ、フルッフ! いま、わらしべちょうじゃ、っていうのやってるんだ」


 わらしべ長者。

 物々交換により、最初は低価値だったものが最終的に高価なものになった、という話が元になった遊びだ。


 すれ違う人同士で物々交換をし、それがきっかけで人の輪が広がる……、

 一時期ブームになったが、今ではもう、旬は過ぎたはずだ。


 ベリーの場合、やりたいことをしているだけで、旬など関係ないのだろう。


「ベリーの、これ、オウゴンオニクワガタ! 

 森の中で、知らないおっさんから交換してもらった。フルッフー、これとなにか交換しろ!」


「知らないおっさんと話したりしたらダメじゃないか。誘拐されるぞ」

「そしたら、顔の目の前で火を吐いてやるもんねー!」


 ベリーはこんな子供だが、僕の妹であり、竜の精霊だ。

 ただのおっさんに、どうこうされるとは思えない。

 しかし、タルト以上にこうまで純粋だと、心配になる。


 ベリーが持つ、金色に輝くクワガタ……、

 危険は少ないが、これも魔獣だ。


 他の国とは違い、神樹シャンドラの周辺は、神獣による加護が効いていないため、敵意を持つ魔獣も近寄ってくる。

 そのため、このクワガタも危険な魔獣かもしれない。


 だが、こうしてベリーが持っていても攻撃されていなければ、大丈夫だろう。


 ソファから飛び降りようとするベリーを見て、僕は咄嗟に怒鳴りつける。


「動くなと言っただろう!」


 びくっとしたベリーは、片足をソファの上から滑らせてしまう。

 そしてバランスを崩し、床に足を着こうとした。

 床とソファの段差は低く、ベリーも着地をしようとしている。

 危険はないように見えるが、さっき僕が割ったコップの、破片が散らばっている。


 ベリーが踏んだら、大変だ。

 倒れそうになるベリーを抱いて支える。

 軽い体を、ソファの上に戻した。


「フルッフは、ベリーがここから落ちて、怪我すると思ったのか? 

 心配性だなー。こんな高さで怪我するわけないだろー」


 僕の足の裏には、コップの破片が大量に突き刺さっている。


 その痛みを耐えながら、


「とにかく、お前はそこから動くなよ。

 それと、ソファの後ろにいるショコナもだ」


 背もたれの後ろから、そっと、顔を覗かせるもう一人の妹がいた。


「…………だい、じょうぶ?」


 僕の足の破片に、ショコナは目ざとく気づく。

 問題ない、と返し、破片を拾うため、掃除用具を取りに行く。


 ベリーとショコナは双子であるが、性格はまるっきり違う。

 現段階を見れば、だが。


 容姿もそれぞれの好みが出ており、

 ベリーはツインテールで活発そうな、ショコナは編み込んだ一つのおさげにしており、おとなしめ、というイメージを抱く。


 ベリーのブレーキ役がショコナであり、

 気弱なショコナを守るのがベリーという、助け合いの関係が成立している、仲の良い双子だ。


 双子は、基本的にそれぞれの違いを見てほしいと望むものだが、この二人は、一緒にされることを望んでいる。


 今もソファの上で、ベリーのクワガタと一緒に二人でじゃれ合っている。


 その間に僕は床の破片を取り除き、二人が怪我をしないように掃除をする。

 妹がくると知っていれば、前もって掃除をしたのだが……、

 しかしこの部屋には、僕と一緒にいない限りは、入れない仕様になっているから、誰かがくるなど、想定していなかった。


 ……そう言えば、どうやって入ってきた?


「小さな穴があったからそこから入ったんだぞ」

「穴? それは前に塞いだはずだ」


「新しい穴があって、小さかったから、スコップで掘って、広げたの」


 ショコナが指差す壁には穴が開いており、使い終わったスコップが無造作に置かれていた。


 隠す気のない侵入経路が、分かりやすくそこにあった。


 気づけない僕も、問題だ。


「また、お前らは……」


「遊びにきたぞ、フルッフー!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る