#14 姉妹二人旅へ
それから夜になり、わたしは久しぶりに屋敷の自分の部屋に帰ってきた。
家出が終わったわけだから、森林街のツリーハウスも必要ないが、
せっかく作ってくれたものを壊すのも気が引けるので、そのまま、わたしの別荘ということにしておいた。
屋敷の部屋は、わたしがいない一か月の間、きれいに掃除されてあり、荷物の場所も変わっていなかった。
こんなにきれいなら、あのツリーハウスの掃除もメイドさんに頼もうかな、と考える。
それはともかく、
旅にはなにを持って行けばいいのか分からないので、とにかく手ぶらで、まずはサヘラの部屋へ押しかける。
扉を開けると、旅行でも行くのかと言いたくなるような大荷物のサヘラが部屋にいた。
部屋の床には、リュックに入り切らなかった小物が散乱している。
「タルト姉はもう準備できた?」
「なにを持って行けばいいのかな、と思ったんだけど、わたしでもそんなに多くはいらないって分かるよ」
「全部必要なものだよ!
着替えに、非常食に救急箱、地図にコンパス、布団、枕……、
あ、翼が使えなくなった時のために、パラシュートも!」
「いらないよ! 布団とか枕もいらないし!
サヘラはどれだけ外でリッチな思いをするつもりなの!?
旅に出るんだから、できるだけ荷物を少なくしないと!」
すると、後ろで扉が開いた。
姿を現したのは、ロワお姉ちゃんだった。
「タルトが心配で部屋に行ってみれば、いない。
となると、サヘラの部屋かと思ってきてみれば……、
まさかサヘラの方が迷惑をかけているとは思わなかった」
最初はわたしの方が迷惑をかけていると思っていたのか……、
なんだか、みんな、わたしが少し問題児だからって、なんでもかんでもわたしに結び付け過ぎではないか、と思うけど。
「で、でも、ロワ姉様。必要なものがたくさんあり過ぎて……」
「私も一人旅をしたわけではないが、テュアに色々と指南をしてもらった。
もちろん、こんなに荷物はいらない。他の国でも手に入る物は、持って行かなくていい。
国の外にも、移動する商人がいる。最初から必要なものを全部持って行く必要はない」
ロワお姉ちゃんがサヘラの前に屈み、リュックの中身を選別していく。
いらないものが山積みになり、必要なものだけがリュックに詰められる。
リュックの中身はすかすかで、まだまだ余裕があった。
「この隙間に、入る物を入れちゃえば――」
「しなくていい。旅先で、手に入れた物を入れておくスペースを常に作っておくんだ。
でないと、手で持つことになる。旅の中で両手が使えないというのは、不便だからな」
サヘラの不満そうな顔を見ながらも、ロワお姉ちゃんはリュックのチャックを締めた。
そしてわたしの方を振り向く。
「タルトは……、サヘラとは真逆で、なにも持って行かないタイプだろう?」
「それは……、さすがにナイフくらいは持って行くよ」
「うむ。テュアの武勇伝をよく聞いているタルトの方が、旅に関しては詳しいと思うが……、
それでも、少しだけ、姉としてアドバイスをさせて欲しいが、構わないか?」
遠慮がちにロワお姉ちゃんが言った。
わたしは、思わず吹き出してしまう。
だって、今までとても怖かったのに、今はなんだか、サヘラみたいに、助けてあげたくなる。
「む、なにかおかしかったか? これでも頑張っているのだぞ……、
ちょっとは、妹たちとも仲良くしたいと思っていてな……」
「ロワお姉ちゃんも、怖がられてショックだったの……?」
「当たり前だ。私を機械だと思っているのか? 一人で仕事をするのも寂しいのだぞ」
今まで弱みを見せなかったお姉ちゃんが、ここでは本音ばかりで話をする。
なにか、吹っ切れたのかもしれない。
その素顔を見せてくれたのが、わたしは嬉しかった。
「サヘラには、将来的に私のサポートをして欲しかったのだが……寂しくなるな」
「ご、ごめんなさい……」
お姉ちゃんの後ろで、サヘラが思わず謝った。
「とは言え、外に出て、成長して戻ってきてくれれば、それが一番だ。
得るものは途轍もなく大きいからな。ああ、そうだ。サヘラには、これを渡したかったのだ」
部屋に入ってきた時、そう言えば、手に持っていた物があった。
すぐに、近くのテーブルに置いていたが。
それは真っ黒な麦わら帽子だった。
小さい頃、よく見た、ロワお姉ちゃんの帽子。
お姉ちゃんはそれを、サヘラの頭に被せた。
「さらに真っ黒なコーディネートになってしまったが、よく似合っているぞ、サヘラ」
私は思い出した。
テュアお姉ちゃんも、わたしにこうして、帽子をくれた。
「さすが、姉妹だなあ……」
帽子と一緒に、お姉ちゃんの意思も、ちゃんと受け取っている。
「ロワ姉様、ありがとう。大切にする」
それから、最低限の荷物を、ロワお姉ちゃんがカバンに詰めてくれた。
腰に巻く形の小さなカバンは動きやすくて、わたしに向いている気がする。
今日はゆっくりと休んで、出発は明日の朝になった。
そして翌日。
カバンを腰に巻いて、帽子を被る。
サヘラはリュックを背負って、真っ黒な麦わら帽子を被る。
相変わらず、サヘラは肌を見せない、真っ黒なコーディネートだった。
見送りはロワお姉ちゃんだけだった。
テュアお姉ちゃんの姿はない。
「テュアなら昨日の夜には既に出発した。
元々、仕事の途中で寄っただけらしいからな。延長できるのが、昨日までだったのだろう」
「そっか……。行ってくるね、くらいは言いたかったんだけど、仕方ないか。旅をしていればどこかで会うだろうし」
「……テュアのやつめ……」
ロワお姉ちゃんの呟きは、よく聞こえなかった。
「それじゃあ、行ってくるね、ロワお姉ちゃん!」
「行ってきます、ロワ姉様」
「ああ……、行ってらっしゃい」
手を振りながら、わたしとサヘラは翼を広げ、
(器用に、サヘラはリュックが邪魔にならないように、翼を広げる)、屋敷から森林街へ下りる。
森林街に住むみんなに挨拶をしながら、わたしとサヘラは遂に出口へ辿り着いた。
外の世界への、入り口とも言う。
「サヘラ、緊張してる?」
「うん。でも、タルト姉がいるから、大丈夫」
「わたしも、サヘラがいるから大丈夫!」
そして、
わたしたち二人は、同時に足を踏み出した。
外の世界への、第一歩。
― ― ― ― ― ―
「タルト、寂しそうな顔をしていたぞ。
あれを見て、よくもまあ照れくさいからという理由で見送らなかったな、テュア」
「タルトなら外でも会うだろうし、タルトには、再会を求めて頑張って欲しかっ――、
って、ごめんごめん、見送ったら、仕事を放ったらかしにして、着いて行きたくなりそうだったからさ。
同行したらダメという約束、破るわけにはいかないし、私もがまん強いわけじゃない」
「あくまでも同行を拒否したのは、お前の仕事が危険なものばかりだからだ。
巻き込まないと約束をすれば、別に同行しても構わなかったのだが……」
「お前はいつも言葉が足りないな……。
というか、なんで私の外の事情を知っているんだよ。外にもメイドを派遣しているのか?」
「情報屋を通せば、お前のこれまでの所業くらいは簡単に追える」
「非公式なものも?」
「高い金を払えば簡単にな」
「情報屋、恐いなー。それ以上に恐いのは……」
「ああ、フルッフだろうな」
タルトとサヘラを見送った後、ロワとテュアは地下の牢獄へ足を運ぶ。
タルトの時は、鉄格子の中では自由にさせていたが、
今、中にいるフルッフの場合、手足には鎖がつけられ、壁から動けないようになっている。
「タルトたちは出発したのか?」
「ついさっきだ。さて、もうあの子たちはいない。……お前は、なにを考えている?」
「なに、とは?」
「タルトをそそのかし、私を倒すように提案した。タルトには元々、そんな思考をするような発想はない。
力づくでなにかを手に入れようとなどしなかった。
欲しいものは動いて手に入れようとする節は、確かにあるが、
誰かを傷つけたりしてまで、手に入れようとはしなかった。
お前が吹き込んだせいで、タルトの色が、変わったんだ」
「タルトの『色』、ねえ」
「白に近い、無色透明……無理やり枠に押し込めるなら、『善』になる」
「だとしたら、とても危うい善だと思うぞ」
「ああ、そうだ。不安定で、どんな色にも染まる。
だから私は、制御ができる屋敷の中か、監視のできる森林街までなら、タルトの行動を許した。
旅に出てしまえば、私の手で制御ができなくなる」
頑なにロワがタルトの旅を許さなかったのは、監視の目が届かない理由が主だった。
だが、今は違う。
事情を話し、和解をしたテュアがいれば、
常にタルトを見張ることはできなくとも、タルトを利用しようと企む『悪』を倒すことで、タルトを守ることができる。
こうしてフルッフを捕まえ、タルトを守ったように。
「タルトの影響力は途轍もなく大きい。家出をして一か月も経たない内に、森林街のほとんどの亜人から支持を得ている。
タルトが近くを通れば目に止まり、彼らは自らのものを差し出したくなる。
タルトが困っていれば、助けずにはいられない。
タルトの人格から得られる支持でもあるのだろうが、それ以外にも、人を惹きつける、なにかがある」
もしもこれが、世界規模になれば、
タルト一人を中心とした、大きなコミュニティが出来上がる。
「タルトを入手すれば、世界を手に入れることも、容易いのではないか?」
タルト一人を操ることができれば、
大勢の人間を操ることも、容易にできる。
「ふーん、僕がそれを、企んでいるとでも?
しかしあのタルトが、そう簡単に人の言うことを聞くか?
素直に聞くようなたまじゃないだろう。自分勝手に、自由に、本能のままに動くと僕は認識しているが?」
「お前なら言いくるめられるだろ。
タルトの姉であり、人を騙す術に長けている、お前なら」
「酷いなあ。僕をそこまで悪党にしたいの?」
「真っ黒な悪党だろ」
テュアの言葉に、フルッフは不敵に笑う。
「それで? 僕をどうしたいわけ? 殺すの?」
「いいや、たとえ悪党で、腐っていても、私の妹だ。何年かけても、更生させる」
「うわー、嫌だねー、それは。
……ったく、上から見下ろしやがって。
自分が一番、強いとでも思っていそうな、傲慢だよなあ」
瞬間、フルッフの雰囲気が変わる。
これまで優勢だったロワとテュアの流れ。
その逆流がイメージされた。
「強者だからこそ、縁遠い。
お前らに、この力は理解できないだろうよ」
――なにかくる。
そう思ったテュアは、反射的に、ロワを庇い、前に出る。
小さな炎の玉を吐き出し、鉄格子の間を抜け、フルッフに命中――、
する瞬間に、爆炎よりも早く、フルッフの姿が消えた……ように見えた。
黒煙が晴れた後、牢獄の中にフルッフはいなかった。
鎖が切れた様子はない。
まるで中身のフルッフだけが、消えたような形跡だ。
「なにが起きた……?」
「ロワ、フルッフの部屋へ行こう」
テュアの次の発想に、ロワは頷き、牢獄から出て、フルッフの部屋へ向かった。
開かずの間と姉妹の中では呼ばれている扉を、テュアが蹴り飛ばす。
扉は内側に壊れ、二人で部屋の中に足を踏み入れた。
部屋の電気を点ける。
生活感を、できるだけ作ってみたような部屋だった。
中には真っ黒な画面モニターがあった。
しかし低く続いている音がある。
どうやら、パソコン本体の電源は入っているらしい。
モニターの電源が消されていただけだった。
ロワがスイッチを押し、モニターの電源が入る。
『――残念でした、僕はもうここにはいないよ。捕まえてみなよ、お姉様』
ロワが黙って、パソコンを操作するが、
メッセージを表示した状態から画面が固まって、動かない。
フルッフがこのパソコンで、なにを企んでいたのか――それを盗み見ることはできなかった。
メッセージの細工がしてあったところを見ると、ロワが知りたい情報など、早々に消されている可能性が高いが。
表情は変えないが、ロワは握った拳を壁に叩き付けた。
「お姉様など、お前は呼んだことがないだろうに……ッ」
「あいつらしいおちょくり方だよな。
さて、フルッフのやつ、もう外に出てるだろ……どうするんだ? 放ってはおけないだろ」
「捕まえなさい」
「私は一応、外ではハンターをしている。って、知ってるか。高くつくぞ?」
「国家予算を注ぎ込んでも構わない。
タルトを守るためなら、安いものよ」
「冗談だよ、金なんかいらないって。私たちは、姉妹なんだ。
危険が迫っていれば助けるし、悪の道に進むなら、叩き潰してでも、止める」
「――分かった。私もお母様に頼んで、独自に捜索しよう。外の世界のことは、任せたぞ」
こうして、フルッフの捜索が二つの手によって開始された。
灯台下暗し。
フルッフが細工したメッセージは、嘘によって作られた。
フルッフは、未だ屋敷の中にいた。
ロワとテュアがいた、ダミーではなく、その真下にある、本当の部屋の方だ。
「――それじゃあ、今からそっちに行くよ」
『ええ、待っていますわよ。あなたがいないと、私も退屈で仕方がないのです』
相手の顔が映し出されるテレビ電話で、フルッフは連絡を取っていた。
相手はインターネットで知り合った、友人であり、同志だ。
『……疲れ切った顔をしていますわね、なにか問題でもあったのですか?』
「問題はないさ、ただ、少々厄介事に巻き込まれただけで、もう解決した。
個人的な案件だ、気にするな。
……できるだけ早くそっちに向かうが……なんだ、その物欲しそうな顔は。気持ち悪いな」
『気持ち悪い? ……ふふっ、最高の褒め言葉ですっ』
「卑しい豚女が……ッ、ますます変態になってきているぞ」
『あぁ、そんな罵詈雑言……、気持ち良いに決まっていますのにっ!』
と、そんなやり取りをした後、きりがないのでフルッフから一方的に通話を切った。
「あいつ、遂には身売りしそうで恐いな……」
そんな判断をさせないためにも、早く向かわなければ、と、
フルッフは、三人を除き、『誰にも知られることなく』、屋敷から姿を消した。
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