#13 炎vs炎
テュアお姉ちゃんから放たれた炎の玉を直接、体で防いで、思い出した。
わたしがお姉ちゃんに一泡吹かせられる一分野は、これなのではないか、と。
自分で制御できず、周りにあるものを例外なく爆破してしまうわたしの炎の玉。
わたしの欠点でもあるが、威力だけを見れば、わたしの必殺技にもなりえる。
真正面から、テュアお姉ちゃんが受けてくれれば、わたしにも勝つ可能性がある。
「フルッフお姉ちゃん、サヘラ、もう少し離れてて――」
近くにいた二人はすぐにわたしから距離を取った。
それから、残り少ない魔力を、わたしは遠慮なく使う。
すると、上空で滞空するテュアお姉ちゃんも、再び高密度な炎の玉を作り出していた。
一番の懸念は、捨て身の覚悟で作った炎の玉が、あっさりと避けられてしまうことだったが、
お姉ちゃんはわたしの炎の玉に、真っ向から勝負を挑んでくれるらしい。
「それがお前の専売特許なら、試してやる。
逃げないから、遠慮なく全力をぶつけてこい!」
そして、テュアお姉ちゃんの炎の玉が完成してから数十秒後、わたしの方の炎の玉も完成した。
お姉ちゃんの炎の玉を意識して、形を整えるように作ったが、やっぱり上手くはいかなかった。
球体の表面の炎が飛び散り、周囲の炎が外に広がって、体積を増やしていく。
このままだと、この場で暴発しそうな、嫌な予感がした。
「行くよ、テュアお姉ちゃんッ!」
勢い良く大地を踏みしめ、後ろに体を反らす。
伸ばした両腕を振り下ろした勢いで、わたしは炎の玉を吐き出した。
同時に、テュアお姉ちゃんの炎の玉も、わたしに向かってくる。
わたしたちのちょうど中間地点でぶつかった炎の玉同士は、瞬間、爆発し、炎が混じった黒煙を周囲に撒き散らす。
そして、一瞬で、停滞していた黒煙が大穴を開け、散っていく。
それにより不明瞭だった視界が明瞭になった。
テュアお姉ちゃんの胸元に、形の悪い炎の玉がある。
「負け、か」
口の動きから、そう呟いたのかもしれない。
テュアお姉ちゃんがその玉を、手の平で潰した。
同時に、テュアお姉ちゃんを巻き込み、大規模な爆発が空気を振動させる。
「――お姉ちゃん!」
爆発の真下に移動するわたしの目の前に、
翼で体を覆い、その体も鱗だらけにした、
どんな攻撃も通らなさそうな、テュアお姉ちゃんが現れた。
竜に似たその姿は長くは続かなかった。
元の姿に戻ると、負った傷から血が流れ出ていた。
大丈夫だ、とお姉ちゃんは言うが、血はまったく、止まる気配がなかった。
「お姉ちゃん、左肩、怪我をして……っ」
「だから、大したことない。
ここだけ変身がぎりぎりで間に合わなかったんだな……、
まさか鱗を破って、ダメージが通るとは。タルトの炎、凄いな。私の負けだよ」
「そんなことより、今はテュアお姉ちゃんの怪我の方が最優先だよ!」
「その通りだ」
と、テュアお姉ちゃんの後ろから現れたのは、ロワお姉ちゃんだ。
無理して立ったままだったテュアお姉ちゃんの体を、指でつんっ、と押すと、テュアお姉ちゃんは膝を地面につける。
「ろ、ワ……お前、なあ……っ!」
「妹を心配させるな。……強がるのもいいが、最低限、心配させないように誤魔化してからにしろ。
――サヘラ。包帯、この際なんでもいいが、持ってきてくれると助かる」
言われたサヘラは、一瞬だけ硬直したものの、すぐに頷いて走り出した。
「フルッフ――動くな。ここで動き、逃げれば、白状したも同然だぞ」
「逃げないよ……逃げる理由がない。
僕も一緒に、包帯を取りに行けば良かったね」
「余計なことはしないで、そこにいればいい」
ぐいっと、乱暴な手つきで、テュアお姉ちゃんの肩を見るロワお姉ちゃん。
「鱗が剥がれただけだな。変身を解いたら、この辺りの皮膚がなくなっている程度だ。
見た目よりも、軽傷だから心配しなくていい。包帯を巻いて、皮膚の再生を待てばいずれ完治する」
その診断のすぐ後、サヘラが包帯を持って戻ってくる。
他にも色々と、一つにまとめて救急箱を持ってきたが、そこまで必要はなかった。
結局、使ったのは包帯だけだ。
「テュアお姉ちゃん、ごめん、なさい……」
「気にすんなってば。そういう勝負にしたのは私だし、負けた私が悪い。
外の世界じゃよくある怪我だ。タルトに悪意がなかったのは、じゅうぶん、伝わってる」
「そうだ、タルトはなにも悪くない。悪いのは――私だ」
包帯を巻きながら、ロワお姉ちゃんが言う。
テュアお姉ちゃんはロワお姉ちゃんを見て、はあ……、と溜息を吐いた。
「お前なあ、不器用というか、下手過ぎだろう。
今のタイミングじゃあ、タルトもなんのことだか分からないだろ」
「ん? そうか。タルトとこうして近くにいられたことで、少し急いてしまったようだ」
おほん、と咳払いをして、ロワお姉ちゃんが仕切り直す。
「――四年前のことだ。
お前が勉強をしたくないとわがままを言った時、私は外の世界の人間と同じように、お前に暴力を振るってしまった。
それによって私に失望したテュアは、それから四年間、旅に出てしまったわけだ。
そしてタルトやサヘラ、下の妹たちも私を怯えるようになり、家庭内がぎくしゃくしてしまった。
居心地の悪い家にしてしまったのは、すまないと思っている……」
いや、それよりもまずは――、
と、ロワお姉ちゃんは、包帯を巻き終わった後、わたしに体の向きを合わせる。
「言うことを聞かないから、それだけの理由で手を上げてしまったことを……、
四年も遅れてしまったが、謝らせて欲しい。……タルト、ごめんなさい」
ロワお姉ちゃんが頭を下げた。
わたしは、戸惑った。
正座をしたまま、頭を下げれば、それは土下座のように見えてしまう。
わたしは、ロワお姉ちゃんに、そんなことをさせたいわけではなかった。
「わ、わたしの方こそ、ロワお姉ちゃんも大変だったのに、
わたしだけじゃなくて、みんなのために言ってくれていたのに、わがままを通して、ごめんなさい!」
「いや、手を上げてしまった私の方が、罪は重い。ここはひと思いに、私を殴ってくれ」
「できるわけないよ!
というか四年前だって殴られてはいないよ!?
頬をぱぁんっ、て、平手打ちされただけだから!」
「なら、私の頬を平手打ちし――」
「できないから!」
「しかし――」
「お前ら、もういいから」
包帯を巻いた方の肩の感覚を確かめながら、テュアお姉ちゃんが割って入る。
そして、立て、と手で促してくるので、わたしはロワお姉ちゃんと見合わせ、立ち上がる。
「お互いに、四年前の件については、もう謝っただろ。互いの事情も把握した。
タルトもロワも、その件について、相手の謝罪があれば、納得しているんだろ?
なにか罰を与えたいと思っているのなら、ここで言っておけ。後で出されても、それが一番困る」
ロワお姉ちゃんに求めていることはなにもない。
それはお姉ちゃんも同様だった。
「だったら、納得しているでいいんだな? なら、誰かが誰かを殴る必要はない。
この件をこれ以上引きずるようなら、その時は私が仕切る。
不満を普段の態度で出したりするなよ。四年前と同じ関係に、お前らはすぐに戻れ」
戻れ、と言われても、そう簡単にはいかないと思う……。
やっぱり、少しはあの頃のことが、トラウマになっているから。
多少はぎくしゃくしてしまうと思う。
「さて、タルト。この傷を見ればもう分かっていると思うけど――合格だよ。
たとえ一分野でも、私に一泡吹かせれば旅に出ていいという約束だったからな。
私が破るわけにはいかない。それはロワも同じだ。……そうだろ、ロワ」
「ええ。今更、行くなとは言わない。
ただ個人的には、妹がまた一人減るのだと思うと、憂鬱ではあるが。
しかし、止めはしない。約束だからな」
遠回しに、寂しいことを材料にして脅されている……。
「不完全燃焼になる言い方をするな。長女なんだ、素直に見送れないのか、お前は」
「テュアはいいだろう、外でもタルトに会うことができるのだから」
「同行を拒否するのを条件に入れたのは、お前だぞ」
……今、聞き捨てならない言葉があった。
「ちょ、ちょっと待って! テュアお姉ちゃんと同行できないって、どういう……」
「……言ってなかったっけ?」
言ってないよ!
そう叫ぶと、サヘラがじと目で、ぼそっと呟く。
「タルト姉、そっくり……」
あっはっは、と笑って誤魔化すテュアお姉ちゃん。
わたしが旅に出るための条件の中に、『テュアお姉ちゃんとは同行できない』、が既に最初からあったらしい。
「テュアお姉ちゃんと一緒に行けなかったら、私、一人で旅をすることになるよ!?」
「いいじゃん、一人旅。もう、心細いって年齢でもないだろうに」
「心細いよ! 最初から一人はちょっと――あ! じゃあ、サヘラ、一緒に行こうよ!」
「えっ!?」
サヘラは口をぱくぱくとさせ、次第に意味を理解したのか、返答の言葉を出そうとした。
しかし、傍にいるロワお姉ちゃんに気づき、ちらっと窺う。
びくっとしたと思ったら、目を伏せ、小さく口を開きかけた。
そこでぎゅっと、口を引き結ぶ。
一度決めた答えを変え、次の言葉を貫き通す、そんな覚悟をした瞳が見えた。
「行く! 私も一緒に、外に連れていって!」
すると、ロワお姉ちゃんがサヘラの元へ歩み寄る。
そして、ぽんっ、と、頭に手を置いた。
「自分で決めたのなら、最後までやりなさい。お前がタルトを、制御してあげるのよ」
「ロワ、姉様……。うん。任せてください。私がタルト姉のリードを握っておきます!」
そんな二人を眺めながら、わたしは内心、少しショックだった。
「わたしって、そこまで問題児なの……?」
「二人はタルトが心配なだけだって」
そうなのかなあ。
ともかく――こうして、わたしとサヘラの二人旅が、始まる。
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