#17 数字の意味

 閉鎖型エゴイスタは、僕が勝手に名付けたものだ。

 それを言い出したら、エゴイスタという名称も僕が考えたものでもある。


 密室型とも言えるが、言いやすい、という理由で、僕は閉鎖型を選んだ。

 それに、相手の能力にもよるが、

 閉鎖型の大半が、閉じ込められた僕側の能力が縛られ、使えなくなる場合が多い。


 そういう意味でも、閉鎖型と呼ぶのがしっくりくる。


 閉鎖型エゴイスタから出るには、この空間を支配するルールを解き明かす必要がある。

 全てが相手の支配下にあっては、不平等だ。


 勝てない者がいるルールによるゲームなど、存在しないように、

 今の状況における僕にも、この空間から逃れる、手がかりというものが必ずあるものだ。


 自分の体に、まず異変がないかを調べると、右腕に、緑色の数字が映し出されていた。


『40』


 その数字が意味することまでは、僕の体を調べるだけでは分からなかった。


 その数字は今も変動しており、

『41』や『39』と、誤差の範囲だが、上がったり下がったりしている。


 僕が立ち上がったから、足を進ませたから……、

 僕が行動したことによって変動する数字ではないらしい。


 情報が少な過ぎる……。

 とにかく今は、閉じられた空間の中を調べるしかない。


 部屋に戻ると、顔を上げていたベリーと目が合った。

 ぷいっ、と、すぐに顔を逸らす。


 エゴイスタに気を取られて忘れていたが、ベリーとショコナも部屋にいたのだった。

 エゴイスタが展開されている今、二人を危険に巻き込むわけにはいかない。


 ……だが、二人はこの空間から出られるのだろうか……。


「ショコナ、少し、手伝って欲しい。あの穴から外に、出られるのか?」

「え、う、うん。そこから入ってきたから、出られると、思うけど……」


「もう一度、出られるかどうか、確認して欲しい。

 もしかしたら途中で、見えない壁に当たるかもしれないから、気を付けて行くんだ」


 閉鎖型にもパターンがある。

 空間内の者を無差別に巻き込むパターンと、

 向こうが決めた対象者のみを空間に閉じ込めるパターン。


 ショコナが壁に当たるかどうかで、このエゴイスタの手がかりが増える。


 不思議そうな顔をしながらも、ショコナは素直に従ってくれた。

 小さな体を活かして、穴の先へ進んで行く。

 しばらくして、ショコナが穴から、後ろ向きで出てくる。


「外に出れないよ。ほんとに、見えない壁がある」

「無差別に巻き込むパターンか。ショコナ、少し触るぞ」


 ショコナの両腕を見る。

 僕と同じような、緑色の数字はなかった。

 無差別に巻き込むパターンでありながら、敵が対象としているのは、僕だけなのか……。


 二人に危害を加えられることはない、と思うのは、早計か。


 ソファに座り、考える。

 僕は考えごとをすると無意識に手でなにかをいじり始めてしまう。

 なんでもいいため、テーブルに置かれたトランプを手に取ったのだろう。

 数枚のカードを集め、シャッフルをする。

 僕は別に、こんなことをしようとは思っていなかった。


 その様子を見たベリーが、僕がトランプをしようとしているのだと勘違いし、ぱぁっ、と表情を輝かせた。


「やっぱり、フルッフはなんだかんだと一緒に遊んでくれるんだよなー」

 と、ベリーもまた、カードを集め直し、シャッフルさせる。


 ショコナもベリーの隣に座り、

「さっきの続き、ババ抜きしよっ、ババ抜き!」


 とベリーが提案する。

 ショコナが頷いた。


 集めたカードを持ち、ベリーが僕の元へきて、無意識にいじっていた僕のカードを取ろうとした。


 カードを全員に配るため、一度全てをまとめるためで、僕がいじっているのを邪魔しようとしたわけではない。

 考えれば分かることだ。

 だが、エゴイスタのことを考えていた僕は、忍び寄る手に、はっ、として、思わずベリーの手を振り払ってしまった。


 思考の邪魔をされたことで、僕も機嫌が悪かった。


 だから強めの口調で思わず、


「邪魔をするなッ!」


 と、言ってしまった。


 ベリーの手を振り払った時、集めていたカードも一緒に払ってしまい、大量のカードが宙を舞う。

 部屋のあちこちに散らばる光景を見て、僕も冷静になった。


「あ……っ、今のは、僕が悪い……っ」

「なんでこんなことするんだッ、フルッフの、バカぁ!」


 僕の言葉など聞く気がないように、ベリーは散らばったトランプの上を踏んで去って行く。


「ショコナ、僕が悪かった。分かっている。ベリーの傍にいてくれ」


 言われなくてもそうする……、

 そんな表情で、ショコナも、去ったベリーのあとを追う。


 ベリーのフォローをお願いしたが、実は一人になりたかっただけであり、厄介払いが本音だった。

 右腕を見る。

 腕の数字が、『32』と、下がっているのだ。


「なにがきっかけだ……僕自身か、それとも、ベリーか、ショコナか……」


 僕以外を無差別に閉じ込めながらも、対象者が僕だけだとして、

 ベリーやショコナが、僕への攻撃の手段になるのだとしたら、このパターンもおかしいわけではない。


 ベリーやショコナが逃げられるのだとしたら、僕への攻撃手段がなくなるのだから。


 攻撃でなくとも、今の場合、なにかの条件に、あの二人が組み込まれている可能性が高い。

 二人を始末できれば、脱出は簡単かもしれないが……、

 だからこそ、このエゴイスタは、身内で閉じ込めてしまうと効果は絶大だ。


 現に、僕は二人を始末できない。


「くそっ。卑怯者が……ッ」


 閉鎖型エゴイスタは卑怯なものが多いが、分かっていながらも悪態をつかずにはいられなかった。

 手でいじっていたはずのトランプは床に落ちており、ベリーが握っていた山札もばらばらになっている。

 せめて、僕が拾うべきか、と手を伸ばす。


 ……トランプの一枚も、僕は掴めなかった。


 触れることはできる。

 正確に言えば、掴むことも、できないわけではない。

 ただ、持ち上げられないのだ。


 地面に助けられながら、指で『挟む』ことはできても、僕だけの力でカードを『掴む』ことができなかった。


 立ち上がり、別の物でも試す。

 棚に置いてあるコップを握る。


 持ち上げようとすると、するりと、握っているはずの手の中からコップが抜ける。

 滑っているわけではない。

 僕が力を入れた瞬間、コップが実体を保てなくなったように、手の感覚がなくなるのだ。


「なんだ、なにが、起きている……?」

「フルッフー……」


 すると、ショコナに背中を押され、

 僕と目を合わせないながらも、傍までやってくるベリーがいた。


 目を泳がせながら、ベリーが言葉に詰まっていた。


 ショコナが耳打ちをする。

 ベリーは、

「……分かってるってば」

 と、口を尖らせた。


「邪魔をして、ごめんなさい。

 フルッフにも、用事があったのに……ベリーが、無理を言っちゃって……」


 僕はびっくりして、ぽかんと口を開けてしまう。


「珍しいな、ベリーが謝るなんて。ベリーでもショコナには弱いか」


「ショコナのおかげじゃないよ。『お姉様に謝ろう?』って言っただけ。

 フルッフ姉様が怒った原因を考えたのは、ベリー自身だから、褒めてあげて」


 犬のように見上げながら、ベリーが物欲しそうに見つめてくる。

 仕方ないなと頭を撫でる。

 気持ち良さそうにするベリーを見て、ショコナも嬉しそうだった。

 こうして見ると、ショコナの方が姉のように見える。


 撫で終わった後、ベリーが床に散らばったトランプを集める。

 片づけようとしたのを、僕は止める。

 一人で抱え込んでいても、エゴイスタについて、考えは進展しない。

 この子たちがここにいることを、利用しよう。


 今はエゴイスタのせいで物が掴めない。

 そうだな……神経衰弱なら、できるだろう。


 提案すると、ベリーは今まで以上に喜び、すぐにテーブルにトランプを広げる。


 すると、ショコナがひそひそと聞いてくる。

 ベリーに気を遣わせないためだろう。


「フルッフ姉様、いいの? なにか用事があったって、さっき……」


「用事? ああ……いいんだ。気にするな、妹と遊ぶくらいの時間は、捻出できる」


 それに、今はそれどころではない。

 閉鎖型エゴイスタをどうにかして早く脱出しなければ、これから先、なにが起こるか分かったものではない。


 既に今、僕はショコナの言う、自分の『用事』が、思い出せないのだから。


「むずかしい顔をして、どうしたの、姉様」

「いや、なんでもない。少し頭痛がしただけだ。……考えごとをしていてな」


「ゆっくりしていて。ベリーと遊ぶのは、疲れて、大変なんだから」


 実感のこもった言葉だった。

 ショコナの本音が垣間見える。


 ソファに座った僕は背もたれに背中を預ける。

 ふと見れば、腕の数値は、『84』と、跳ね上がっていた。


 そして、目覚まし時計のような音が鳴り響く。

 驚いた僕は周囲を見回す。

 音の発信源は、遠くから聞こえた気がしたが、点滅する緑の光を見て、僕の腕だと分かった。


「フルッフー、誰かいるのか?」

「いや、……ベリー。音、聞こえないか?」


「? なんも聞こえないぞー」


 ショコナも同じ反応だった。

 僕にしか、聞こえていない音、か。


 恐らくは、発動中のエゴイスタの中で、なにかしらの変化が起こった合図なのだろうが……、

 変化が分からない今、この音が僕にとって有利なのか不利なのか、判断がつかない。


 結局、音の正体を探すにも手がかりがなく、なにもできない。

 腕の数値の隣に、丸い緑の光がついた……、

 変化と言えば、これくらいか。


 薄っすらと、あと二つ、光るだろう空白がある。

 それを点灯させることが、僕への課題なのか。


 そうこうしている内に、カードが並べられた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る