#7 エゴイスタ:パスティッシュ

「エゴイスタ、か。でも、どうしてわたしに教えてくれたの?」


 フルッフお姉ちゃんのことだから、自分だけの秘密にしそうなものなのに。


「僕だって、必要があれば言うさ。

 僕があまり自分のことを話さないのは、理由がないから。

 ぺらぺらと、自分の弱点になりそうなことを喋るはずがないだろう」


 なぜか、すぐになんでも喋るわたしに、言っているようにも聞こえる。


 それにしても、必要があれば、言う……、

 わたしに話したのは、必要なことだから……。


「そうさ。ロワを倒そうって言った時、タルトはまず一番に、できっこないと思っただろ?」

「そりゃそうだよ! 実力差があり過ぎるもん!」


「先入観に騙されるな、タルト。一対一なら絶対に勝てない。でも、今のお前には僕がいるだろ。

 僕と、そしてこの能力がある。

 真正面からじゃあ、たとえ二人でも勝てない。だが――下準備と策があれば、崩れない城はない」


「フルッフお姉ちゃんは、どうして、そこまでわたしの味方で、いてくれるの?」

「理由がいるか?」


 フルッフお姉ちゃんは、当たり前のように言った。


「僕はお前の、姉だぞ?」



 散らかっていて汚い部屋ではあったが、フルッフお姉ちゃんと一緒にベッドに入る。

 家出をしてから久しぶりに、わたしは誰かの温もりを感じながら、ぐっすりと眠った。



 朝、目が覚めた時、いつも胸の上でちゅんちゅんと鳴く鳥はいなかった。


 そこで、ここがわたしの、いつもの家ではないと気づく。

 しかし、寝惚けたままのわたしでは、ここがどこだか見当もつかなかった。


 体を起こすと、首までかかっていた掛け布団がはらりと落ちる。

 ソファの背もたれを倒したベッドの半分には、一人分の空白ができていた。


「やっとお目覚めか、タルト」


 なかなか開かない目を擦り、自分の頭に朝だぞと信号を送る。


「んはよぉ」

 と、もごもごさせながら、口を動かす。


 昨日、色々とあったせいで疲れが取れていないわたしは、眠気に勝てず、

 そのまま二度寝しようと体を後ろに倒そうとして、


「おいこら」

 と同時に、頭が支えられた。


「おはようって言ったのなら起きろ。せっかく僕が朝ごはんを作ったんだぞ」


 覚醒した嗅覚が、温められたホッドドッグの匂いを感じ取る。

 重かったまぶたが上がり、ベッドから足を下ろした。


 フルッフお姉ちゃんが手に持つその朝食が、テーブルに置かれるのを待つ。


「犬みたいなやつだな……」


 呆れながら、朝食をテーブルに置いたお姉ちゃんと共に、向き合いながら朝食を済ませる。

 眠気が吹き飛んだわたしは、作戦決行が今日なのだと感じ取っていた。


「あまり日を置いても、メリットはないな。

 脱獄したのは既にばれているだろうし、時間を開けると、ロワの方にも余裕が出てしまう。

 この場所まで突き止められたら最悪だしな」


「? この部屋って、フルッフお姉ちゃんの部屋でしょ? 

 ロワお姉ちゃんも、ここにいるってことは予想してるんじゃないの?」


「ああ、この部屋は……それは後でいいか。どうせ通り道だ、そこで説明をする」


 それから、

 フルッフお姉ちゃんは自分の胸に指先を当て、タッチ画面をフリックさせるように、横へスライドさせた。

 すると、半透明だったもう一人のお姉ちゃんが現れ、次第にはっきりと、この目に映ってくる。


 テーブルを挟み、向かい側のソファにはフルッフお姉ちゃんが二人、並んでいる。

 その内の本物が、わたしに手を伸ばし、同じようにわたしの胸に指先を当て、横へスライドさせる。


 もう一人のわたしが、隣に姿を現した。


「ロワは僕の、このパスティッシュの能力を知らない。だから、偽物のワンペアが先に部屋を出れば、それを見つけた監視役のメイドは偽物二人をロワに報告する。そうなれば、僕たちを捕まえるため、ロワは刺客を放つはずだ。

 あいつは今、この時間は仕事で忙しい。山積みになっている仕事を放置して、僕たちを捕まえにくるはずがない」


「その刺客を、偽物たちに引きつけている間に……」

「ああ、本命のロワを討つ」


 フルッフお姉ちゃんが言うと、実際に成功しそうな気がしてきた。


「ロワの仕事部屋は知っている。

 扉から入ったら正面から戦うのと一緒になってしまうから、外に繋がる窓から襲撃をする。

 あいつの机の位置が、窓に背中を向ける形だからな、首の裏も隙だらけだ」


「え、でも、首の裏はもしかしたら、対策されているかもって……」


「それは僕の推測でしかない。

 性格が歪んでいる僕ならばそうするし、そう考えるだけだ。

 ロワが二十四時間、常に対策をしているとは思えない」


 すると、フルッフお姉ちゃんが驚くべき作戦を言う。


「窓の隙間から、お前が炎を吐くんだ。そして、首の裏に当てろ」


「――む、無理だよ! わたし、炎の制御ができなくて、いつも大規模な爆発になっちゃうんだから!」


 ロワお姉ちゃんだけではなく、部屋ごときれいに消し飛んでしまう。


「それくらいでちょうど良い。お前も、ロワがそれくらいでやられるとは、思っていないだろ?」


「それは、確かに……でも」


 躊躇うわたしに、フルッフお姉ちゃんは優しく囁く。


「欲しいものがあるのなら、力づくで手に入れろ。今、世界はそういう作りになっている」


 それができなければ、ずっと閉じ込められたままなのだと、お姉ちゃんは語る。


「やり過ぎなくらいがちょうど良い。それに、大丈夫。僕という味方がいる」


 フルッフお姉ちゃんは立ち上がり、わたしの頭に、ぽんっ、と、

 地面に置いたままにしていた帽子を被せてくれた。


 その仕草が、テュアお姉ちゃんに似ていた。


「妹を見捨てる姉が、いるはずないだろう?」


 ――うん。


 そしてわたしたちは、ロワお姉ちゃんを討つため、動き出す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る