#6 英雄譚のカラクリ
立ち上がり、お姉ちゃんは部屋の小さなキッチンへ行き、棚を開ける。
がさごそとなにかを漁りながら、
「タルトもなにか飲むか?」
うん、と頷くと、お姉ちゃんは湯を沸かし始める。
しばらくして、沸いたお湯をコップに注ぐ。
スプーンで中をかき混ぜ、一つがわたしに手渡された。
「熱いからな」
ふーふー、と冷ましながら飲む。
「苦っ!」
苦過ぎて、べー、と舌を出す。
フルッフお姉ちゃんは、けらけらと笑っていた。
「大人までは程遠いな、タルト。ほら、ミルク。砂糖もいるか?」
渡されたミルクと砂糖を入れて、かき混ぜる。
ブラックコーヒーを飲めたからと言って、大人ってわけではないと思う。
「だが、そこまでたくさんのミルクと砂糖を入れて甘くするのは、子供だと思うけどな」
「まだ子供でいいよーだっ」
甘くて飲めるようになった白いコーヒーを飲む。
体の芯から温まる感覚があった。
「さっきの、もう一人の僕のことだけど……偽物だって気づかなかっただろ」
「おかしいとは思っていたんだよ」
「今、嘘はいらないよ。思い切り信じていたじゃないか。
偽物とタルトの会話は僕だって見えるし、聞こえるんだ、お前からの疑いの視線など、一度もなかったぞ」
うぐぐ、ばれている……。
降参して、気づかなかったと白状をする。
「じゃあ、あのお姉ちゃんは誰なの?」
「誰なの、と言われると、説明に困るのだがな……偽物ではあるんだが、僕に限りなく近い、偽物だ。
器が違うだけで、中身は同じなんだよ。
基本的には自動操縦される人形なのだが、僕が直接操作する場合もある。だから、僕自身と言ってもいいかもしれないな」
「ふーん」
「お前、分かっていないだろ」
「えへへ。難しい話なら、説明してくれなくてもいいよ。どうせ分からないし」
「――お前は、九死に一生って言葉を、知っているか?」
フルッフお姉ちゃんは構わず続けた……その言葉は知っている。
「絶体絶命の場面で、奇跡的に助かった……って事でしょ?」
「お前は、それが偶然だと思うか?」
「偶然で、凄いから、騒がれてるんじゃないの?」
九死に一生で助かった人の話はよく聞く。
珍しいことだから、みんなが興味津々で聞くし、ニュースにもなったりする。
でもお姉ちゃんは、それにはタネがあるような口ぶりだった。
「全部が全部、そうだとは言わないけどな。九割、その生還にはタネがある」
お姉ちゃんはコップを持ったまま、モニターを操作し始めた。
「外の世界では、人間、亜人、魔獣――それぞれの基礎能力とはまた違った、新たな能力が発現する場合がある。
その発現タイミングというのが、危機的状況……ほとんど助からない、つまり死が九割、確定された瞬間なのだと僕は思う」
九死に一生で助かった者はその後、大きな成功を手にしている。
成功は多種多様で、名を上げている者がほとんどだった。
「国で有名になっている者の歴史を遡ると、大抵は大事件や大事故、大災害に巻き込まれていて、被害者の名簿に載っている。
もちろん例外もいるが、ほとんどの者が、こうして証拠を提示できる。さて、能力の発現と、九割死にかけたこの繋がりが、偶然か?」
お姉ちゃんの言葉に、わたしは既に引き込まれている。
「偶然ではない。能力が発現し、危険を回避し、生還をした。
その能力を使い、成功を収め、有名になった。そう繋がるシナリオが、一番きれいだろう?」
「お姉ちゃんも、そうなの……?」
フルッフお姉ちゃんが二人いる。
そっくりさんや、双子のような、似ているってレベルではない。
近くで見て分かった……まったく一緒だった。
そういう能力なのだとしたら……。
「死にかけた事が――」
「ある。僕の自業自得だがな。外の世界に出た時、魔獣の巣に迷い込んでしまって――」
「フルッフお姉ちゃん、外の世界に出たことがあるのっ!?」
「今はその話はいいだろ! 顔が近い、後でたくさん話してやるから、顔を離せ」
片手でぐいぐいと顔を押され、仕方なく引く。
わくわく、と胸が躍ってきた。
「外の世界の話となると見境がないな。お前は一度、外に行くべきだよ」
「じゃあ連れて行ってよ!」
「僕とテュア、どっちと一緒に行きたいんだ?」
「そりゃあ、テュアお姉ちゃん一択だよ?」
「即答もムカつくな……僕もお前がいると邪魔だからいいんだけど――ともかくだ」
話を戻すぞ、とフルッフお姉ちゃんはコップの中身を飲み干した。
「魔獣の巣に迷い込んだ僕は、発現した自分の能力に救われた。
それが、この『物、人を問わずに、二つ目を作れる』能力だ。この能力は『パスティッシュ』と言う」
お姉ちゃんは、手に持つコップを両手で持ち直した。
そして片方の手を横に引くと、離した方の手に、もう一つのコップが握られていた。
「コップを二つにする事もできるし――タルト」
増やしたコップを消し、わたしのおでこを、とんっ、と指先で押す。
すると、幽体離脱したように、もう一人のわたしが後ろに現れた。
「「わっ!?」」
同時に驚き、次の瞬間には、もう一人のわたしは姿を消していた。
お姉ちゃんが指を鳴らして、能力を解除したためだ。
「タルトのように――、こうして人を二人に増やすこともできる。
だが、同時に三種類までしか増やせないから、四種類目を増やした瞬間に、一種類目が自然と消えるようになっている。
あとは、そうだな……、僕自身を増やした場合、互いの位置を入れ替える事ができる。今のところ、距離によってできない場所はないが……たとえば雪の国に僕の偽物がいたとして、僕は一瞬で雪の国へ行くことができる。まあ、偽物をそこまで送るのが大変なんだけどな」
「す、凄いね……そんな能力を使える人が、外にはたくさんいる……の?」
「いるね。大物でなくとも、宿に泊めてくれた亭主が、能力者という事もある。
死にかけるような窮地に陥った者が得られる能力だ。
そもそもで、窮地に陥らない強者には無縁の能力だ。だからこそ、ロワやテュアは、この能力の存在すら知らない」
「テュアお姉ちゃんでも、知らないことがあるんだね……っ」
少し先回りできたような気がして、嬉しくなる。
「あ、いや、テュアなら知っていそうだな……、四年も旅をしていれば耳にするだろうし」
「ええー……」
「だが、テュアに能力はないだろう。あいつが死にかける危機なんてあるはずがない」
フルッフお姉ちゃんは自信満々だった。
確かに、テュアお姉ちゃんは、強い。
「僕は、この能力を――『エゴイスタ』、と、そう呼んでいる」
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