#5 秘密基地
フルッフお姉ちゃんが持っていた牢獄の鍵で鉄格子が開く。
通路に出たわたしはお姉ちゃんの後を追った。
『ロワを倒せばいい』
簡単に、お姉ちゃんはそう言ったけど、わたしがロワお姉ちゃんを倒せるなんてとても思えない。
わたしたち竜の精霊は、体の部位を竜と同じそれに変える事ができるが、姉妹の中でも天才と言われるロワお姉ちゃんは、その能力を一番使いこなしていて、まだ翼と腕しか変身できないわたしは、当然、力比べに負けてしまう。
「誰が真正面から勝負を挑めと言った。
僕が一度でも、正々堂々と正面からぶつかったやり方を見た事があるか?」
「それはないかも。……威張れる事? 卑怯ってイメージがあるんだけど……」
「卑怯も手口の一つ。小さい者が大きい者に勝つために、策を弄するのと一緒さ。
力で勝てないのなら、まずは相手のそういう万全な状態を崩す事から始めるんだ。
誰がいつ、勝負は真正面から正々堂々としろ、と言った? ルールがないなら、なんでもありだ」
フルッフお姉ちゃんらしい言い分だ。
だが、そう言っているフルッフお姉ちゃんも、正々堂々と戦えばそこそこ強いのをわたしは知っている。
特別に突出している部分はないが、なんでもそつなくこなしてしまう器用貧乏だと、昔、テュアお姉ちゃんがそう評価をしていた。
普及してきたばかりのインターネットを使った情報力は姉妹の中でも飛び出ている思うが、
たぶん、テュアお姉ちゃんは評価した当時、その事を知らなかったのだろう。
テュアお姉ちゃんが旅に出た四年間で、わたしたちも色々と成長をしている。
「じゃあ……たとえば、後ろから攻撃する、とか?」
「首の後ろは死角だからな、いいかもしれない。
ただ、ロワだってそれくらい知っているし、警戒もしているだろう。簡単に攻撃をさせてはくれないだろうな」
「んー、そっか。難しいなー」
「まあ、考えるんだな。
馬鹿正直に攻撃をするのが戦いじゃないって事を知れただけでも、収穫だろう。
そのスカスカな頭で精々考えろ。時間はじゅうぶんにある」
「スカスカじゃないよ!」
比べたら、フルッフお姉ちゃんよりは詰まってはいないとは思うけど!
そんな会話をしながら、通路を進み、階段を上がって外に出る。
見上げると、神樹シャンドラが近くに見える。
その根元に、幹を囲むように建てられた屋敷があり、そこがわたしたち、シャーリック一家の住み家だ。
竜の国と呼ばれるここは、一番下の地面から、神樹シャンドラの根元まで、二つの大きな段差がある。
その段差は、もう崖と言ってもいいくらいの高さだ。
神樹が根を張るこの大地に住むのがわたしたち、亜人の中でも貴族と呼ばれるシャーリック家。
そして一段下には、お母さんが選んだ竜の精霊ではない、亜人……わたしたちと同じく、貴族が住んでいる。
わたしたち竜の精霊だけは特別で、亜人の中でも最も地位が高いらしい。
そのため、亜人の中でも王様のような扱いをされている。
そのわたしたちに選ばれた貴族は、わたしたちの次に、亜人の中で偉い存在になれる。
その地位を巡って、どこかで争いが起きたのだとか……。
竜の国とは、つまり亜人の国であり、ロワお姉ちゃんは、この国のお姫様なのだ。
お姉ちゃんが厳しいのは、長女であると同時に、多くの人の長だから、という理由もあるからだとは思うけど……、
少し、厳し過ぎるとも思うのだ。
あれでは、わたしみたいな自由奔放な子は、着いて行けないと思う。
「あれ? 下に降りるの?」
「ああ。秘密の通路を使う――と、その前に」
フルッフお姉ちゃんはわたしの両目を手で覆った。
一瞬して、もういいぞ、と言われ、手が退けられる。
わたしはなにもしていないが、今ので良かったのだろうか。
がささ、と後ろから音がした。
振り向こうとしたら、
「振り向くなよ」
と、お姉ちゃんに止められた。
そう言われると振り向きたくなる。
「振りじゃないからな。あと、早くしろ。誤魔化せなくなる」
音は後ろからだけではない。
上にもあった。
大きな布が広げられ、わたしたちを覆い隠していた。
……あ、これで、メイドたちの監視を欺いているってことなのだろうか?
「そうだよ、だから早くしろって言ったんだ」
「わっ――わぁあっ!?」
手を引っ張られ、そのまま空中に身を乗り出す。
二段目の地面はすぐだ。
このままだと地面に激突する。
フルッフお姉ちゃんはすぐに翼を広げ、ゆっくりと着地をした。
二段目の大地は半円になっており、直線の方が壁になる。
それに沿って端まで行くと、さらに奥、壁の内側へと進むための、小さな足場があった。
下を覗くと、川がある。
川から陸に上がると、森林街があり、わたしが家出をした後に住んでいた家も、そこにある。
ここには多種多様な亜人が集まっており、貴族ではない竜の国の国民の大半が住んでいる。
ここからここまで、という竜の国の境界はなく、竜の国の国民と名乗れる定義も曖昧だったりする。
国というのもまだ自称なので、みんなをまとめられるルールがあるわけでもなかった。
だからロワお姉ちゃんは、いつも忙しそうに働いている。
森林街を見下ろすと、夜遅いのに、活動している人がたくさんいた。
ちらほらと明かりがあり、ここから見ると、蛍の光みたいで、思わず見惚れてしまう。
「タルト、こっちだ」
「あ、待ってよ!」
狭い足場を進んで、フルッフお姉ちゃんの元へ。
わたしたちみたいに翼がなければ、怖くて進めない場所の奥に、小さな穴があり、わたしたちは中に入る。
洞窟のような通路を進むと、扉があり、それを開けると、
「――やっときたか……いつまで待たせるつもりだ、タルト」
「え……?」
わたしは、フルッフお姉ちゃんを見る――見比べる。
六台のモニターの前に座ったフルッフお姉ちゃんが、メガネを拭き、こちらを見る。
……瓜二つ。
いや、メガネがなければまったく同じ人にしか、思えなかった。
「お、お姉ちゃん!」
「「なんだ?」」
「あ、いや、わたしが呼んだのは、フルッフお姉ちゃんで、あ、違くて、こっちの、メガネの方のお姉ちゃんで――」
「混乱しているのが目に見えて分かるな……、分かりやすいやつだな、タルトは」
メガネをかけ直したお姉ちゃんは、指をぱちんっ、と鳴らす。
すると、わたしの隣にいたフルッフお姉ちゃんが、ぽんっ、という音と共に姿を消した。
「ニンジャみたい……」
「おっ、よく知っているな。外の世界にしかいない、暗殺技術の一種を扱う者らしいが……本で知ったのか?」
「そういうのはたくさん読んだからね。サヘラもそういうの大好きだし」
「あいつは現実逃避にしか使っていないだろうけどな。
まあ、よくきた。その辺りにテキトーに座ってていいぞ。今、ちょうど仕事が終わるところだ」
そう言って、フルッフお姉ちゃんは再びモニターに視線を向ける。
六台のモニター全てに、文字列が並んでおり、全てを同時に操作しているのが分かる。
ふへー、と思わず声が出た。
なにをしているのかまったく分からない。
全部、きちんと見ているのか、と思ってしまう。
すると、モニターの一つの操作が終わると、順々に操作が止まっていく。
そして最後の一つが止まると、お姉ちゃんは背中を伸ばした。
近くにあったコップに手を伸ばし、中身を飲む。
それから、
椅子ごと、くるりとこっちを振り向いた。
「なにから話そうか。そうだな、まずは僕が二人いた事を説明しようか」
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