#4 地下牢獄から抜け出す方法

 地下牢獄に、窓は一つしかなかった。


 わたしの身長よりも高い場所にあるから、ジャンプをして手をかけ、体を引っ張り上げないと、外の光景は見られなかった。


 外を見ても、見えるのは森の木と葉っぱだけだ。

 風によって揺れる葉の音と、夜に活動する魔獣の鳴き声が聞こえる。


 地面に立ったまま斜め上を見上げれば、星空が見える。

 それが明かりとなって差し込むと、牢獄の中も明るいが、雲によって隠れると、一気に真っ暗になる。


 窓の反対側、鉄格子によって遮られた先の通路には、明かりの一つもない。


 雲が星に重なってしまうと、自分の手の平も見られなくなる。


「こ、怖いよぉ……」


 壁に背中を預け、膝を抱え込む。

 恐怖による震えを押さえるために、できるだけ体を丸める。


 幽霊でも隣にいてくれたら、安心できるのに……。


 すると、床を歩く足音がこっちに近づいてきた。

 わたしは四つん這いで、鉄格子に近づく。

 通路の先には明かりがあり、相手が持つ物は、ろうそくだ。


 電気を節約するための、控えめな明かりが顔を照らす。


「相変わらず、一人きりの閉鎖空間が怖いんだな、タルト」

「フルッフお姉ちゃん! ……だよね?」

「なぜ疑問形なんだ」


 確信が持てなかったのは、フルッフお姉ちゃんとは滅多に会わないからだ。


 この一か月間は家出をしていたから、当然、会ってはいないが、それ以前も会う事はほとんどなかった。


 フルッフお姉ちゃんの部屋の扉は堅く閉ざされていて、開かずの間と呼ばれている。

 家族みんなが説得をして、部屋から出そうとした事もあったが、フルッフお姉ちゃんはその説得を聞き入れなかった。


 それでもその扉をロワお姉ちゃんたちが破壊しないのは、お母さんが止めたからだ。

 部屋の外に出なくとも、フルッフお姉ちゃんは勉強の成績も良いし、お母さんやロワお姉ちゃんの仕事の手伝いができている。


 することをきちんとしていれば、お母さんはそれぞれの意思を尊重してくれるのだ。


「ひ、久しぶり……、滅多に会わないから、フルッフお姉ちゃんの見た目、忘れちゃった」


 黒髪を後ろで結び、床に着きそうなくらいに大きな白衣を着ている。

 そんなフルッフお姉ちゃんの手には、ろうそくと、トレイに乗った料理があった。


「わっ! 美味しそう! どうしたのそれ?」


「メイドたちが用意していたのを持ってきたんだ。

 元々タルトに持って行く用のものだから、誰かのを盗んだわけじゃない。だから安心しなよ」


 鉄格子の下には僅かな隙間があり、トレイと料理が通れる幅になっている。

 差し込まれたトレイを引っ張って、料理を手元に引き寄せる。


 家出をしてから、魔獣のお肉や身、草やきのこを焼いて食べてばかりだったので、こんなに栄養バランスの良い料理を食べるのは久しぶりだった。


 作っているのはメイドたちだから、母の味ってわけではないが、わたしにとっては懐かしい匂いが漂ってくる。

 いただきまーす、と食べようとしたら、鉄格子の外で、フルッフお姉ちゃんが座り込む。


 ろうそくを床に立て、わたしたちの周辺が照らされた。


「どうした? 冷めない内に食べた方がいいぞ」

「……うんっ」


 フルッフお姉ちゃんはなにも言わず、ただわたしの隣にいてくれた。

 しばらくすると、フルッフお姉ちゃんがわたしを見て、眉をひそめる。


「タルト、口元が汚れてる」

「ふぉう?」


 口の中のものをごくんと飲み込み、指で拭ってぺろっと舐めた。

 するとお姉ちゃんが鉄格子の隙間から手を伸ばし、持っていたハンカチでわたしの口元を拭く。


「どれだけ手がかかるんだ、お前は……。妹たちの方がもっと手がかからないぞ」


 それは言い過ぎな気がする。

 あの子たちに比べたら、わたしの方が大人だよ。


「大人、ね。暗い場所が怖いってところを直してから言って欲しいものだな」

「ち、違うよ。怖いのは暗いからじゃなくて、一人だから怖いの!」


「同じに聞こえるが……」

「同じじゃないし!」


 言って、料理を全て平らげた。


 空になったお皿をトレイに乗せて、鉄格子の隙間から外に出す。

 ごちそうさまでした、と手を合わせて挨拶をして、改めてフルッフお姉ちゃんに聞いてみる。


「……フルッフお姉ちゃんは、どうしてここにきたの?」

「お前の食事を持ってきたんだよ。あと、一人だと怖がっていると思って」


「そっか。でも、フルッフお姉ちゃんって、そんなに優しかったっけ?」

「なんだ、今日はやけに鋭いな。いつもは馬鹿みたいに人を信じるくせに」


「馬鹿みたいにって、言う必要あった?」


 人を疑うよりも、信じる方が良いに決まっている。

 みんなだって、疑われるより、信じられた方が嬉しいだろう。


「それもそうだな。疑うよりも信じた方が良いに決まっているな」


「でしょ。……ん? でも、鋭いって、お姉ちゃん言ったよね? 

 じゃあ、わたしのために傍にいてくれた、ってわけじゃないんだ」


「いや、お前のためだよ。まあ、怖がっているお前の傍にいたのはついでだ。本題は別にある」


「本題?」

「今、お前が牢獄に入っている理由や、それまでの経緯を全て聞いた」


 誰に、とは、質問をしなかった。

 お姉ちゃんはそれを自分で調べる技術がある。


 お姉ちゃんは情報や機械に詳しいのだ。


「――あ! 疑問に思っていたんだけど、わたしとテュアお姉ちゃんが旅に出ようとしたのをロワお姉ちゃんに伝えたの、フルッフお姉ちゃんでしょ! フルッフお姉ちゃんが調べて、告げ口をしたんだなー!」


「するわけないだろ、冤罪だ、冤罪。僕がお前を捕まえさせて、こうして助けにきているのもおかしな話じゃないか。自分で仕事を増やしてどうするんだって話だし」


「あ、そっか」

「そうやってすぐに信じるなよ……」


 嘘じゃないけどな、とフルッフお姉ちゃんは付け足した。


「もしかしてお前、知らないのか? 

 ……知らなさそうだな。一か月前、誰にも言わずに家出をして、成功したと思っているかもしれないけど、家出した当日に、既に全員にばれているからな」


「え!? なんで!? ばれるの早いよ!」


「屋敷にいるメイドをただのお手伝いさんかなにかと思っているのか? 

 あれは母さんとロワの目の代わりだ。僕たち姉妹を常に監視し、報告しているんだ」


 だとすると、テュアお姉ちゃんの事も……、

 さすがに、そこまでは網羅できてはいないと、フルッフお姉ちゃんは言う。


「僕も普段、部屋にいる時は監視をさせていない。こうしてタルトと出会っている事は、既にばれ、監視されているだろうけどな」


「じゃあ、フルッフお姉ちゃんがここにいるのって、ダメなんじゃ……」


「ダメか? 僕がタルトに会おうとするのは僕の勝手じゃないか。

 それを止めるロワじゃないだろう。個人の行動を止める権利なんて、あいつにはない」


「フルッフお姉ちゃんって、ロワお姉ちゃんと仲が悪いの?」


 ロワお姉ちゃんを語る時、少しだけ、口調が攻撃的になるような気がする。


「良くはないな。まあ、僕の事はいい。話が逸れた。元に戻そう」


「話って?」

「お前の旅のことだろう。まさか、もう外の世界に出るという夢を諦めたのか?」


 あ、そうだった。

 フルッフお姉ちゃんは、これまでのわたしのあらすじを知っている。


 わたしが望む答えを、お姉ちゃんは持っているのだ。


「変わらない。絶対にここから出て、テュアお姉ちゃんと一緒に旅に出るんだ!」


「なら、この牢獄から出るとしよう。だが、ただ出ただけでは、またロワに捕まるだけだ――、

 逃げては捕まり、また逃げては捕まり……その繰り返しになるだろう。不毛な争いは断ち切らないとな」


「え、と……じゃあ、どうするの?」


 フルッフお姉ちゃんは、手を銃の形に変えて、

 鉄格子の間から腕を伸ばし、わたしの額に指先を向けた。


 ぱあん、と銃撃音を口で表現し、


「――ロワを、倒せばいい」

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