#8 怒ってる?

 部屋の家具を退かすと、一部、壁がない部分があった。


 現れた狭い通路の先へ進むと、梯子があり、お姉ちゃんが先導して上る。

 辿り着いた天井を上に押すと、正方形の石が簡単にずれた。


 梯子を上り切った後、ずれた正方形の石を再び戻す。

 ぴったりと、きれいにはまった。

 こっちからでは、正方形の石同士が密着していて、ずらすことができなさそうだ。


「この部屋、さっきのお姉ちゃんの部屋にそっくり……」


 物が多くて汚いのは、さっきまでいた部屋の方だ。

 ただし、だからこそ生活感があった。


「この部屋は、タルトが良く知る、開かずの間だ。

 かつてはここで過ごしていたが、今ではこの部屋は、ただのダミーだ」


「ダミーって……なんのために……?」


「あんまりプライベートを詮索されたくない僕の自己満足だから、気にするな。

 さて、そろそろ、僕たちの偽物を、まずは外に出す頃合いだな」


 フルッフお姉ちゃんとわたしの偽物が姿を現す。

 この二人が囮になってくれている隙に、わたしたちはロワお姉ちゃんの元へと急ぐ――そういう作戦だ。


 ……遂に、始まるのだ……。


「緊張しているのか? タルトらしくないな。お前は不安なんて、抱かないだろうに」

「わたしだって緊張くらいするよ! だって、相手は……ロワお姉ちゃんだもん」


「ああ、そうか……お前の苦手な相手だからな。だとしても、お前らしくない」


 わたし、らしくない? 

 わたしらしいって、なんなのだろう。


「なにが起こっても、お前は『なんとかなるよ』と、元気に言うだろう?」


 病は気から、そういう言葉があるのだとお姉ちゃんは言う。


「解決策などなくとも、気持ちが強ければなんとかなる。それが一つの解決策として現れる。

 苦手な相手だからと言って、緊張する事はない。一人ならばまだしも、こちらは二人だ。

 なにが起こったとしても、最終的にはなんとかなるものさ」


 その言葉は、緊張していて動きづらかったわたしの体を、柔らかくしてくれた。


「――うん! じゃあ、行こう!」


 偽物のフルッフお姉ちゃんが、扉の鍵を、がちゃん、と開けた。


 二人が出て行ってしばらくしてから、お姉ちゃんが腰を上げる。


「そろそろか……。

 五分もあれば、メイドが発見し、ロワに報告し、刺客が移動するくらいの時間にはなっただろう。

 あまり長く待っても、それはそれで、偽物二人がやられる危険もあるしな」


「あの二人がやられることもあるの?」


「今は自動操縦にしているからな。臨機応変には対応できない。

 それでも、捕まるくらいなら……できるだろ。

 ダメージによって偽物が消えることはないから、時間稼ぎとしての目的は果たせるがな」


 言いながら、フルッフお姉ちゃんは扉を慎重に開ける。

 顔を少し出して、通路の右と左を確認し、わたしに手だけで合図をする。


 通路には、音がなかった。

 その静寂さが、わたしたちの一挙一動の音を増幅させている気がして、不気味だった。


 扉を閉め、鍵をかける。

 神樹が根を張る大地から数えて、二段目にあったフルッフお姉ちゃんの部屋から上がって、開かずの間にきたのだから、ここは一段目の一階になる。


 屋敷は三階まであり、神樹の幹の周りを囲むように建てられている。

 そのため、今わたしたちがいる通路は、進めば一周ができる作りになっているため、ずっとカーブになっている。


 曲がっていく通路の先までは、ここからでは見えなかった。


「ロワの仕事部屋は三階だ。なら、まずは階段だな。

 僕の部屋から階段までは、どっちから行こうと距離は同じくらいだ。

 ――まあ、偽物と同じ道を通って鉢合わせしても馬鹿みたいだ、左へ進もう」


 そうだね、と、

 フルッフお姉ちゃんと共に足を踏み出した時だった。



「お姉、ちゃん……?」



 呟かれた小さな声は、この静寂の中では、はっきりと聞こえた。


 声の方へ振り向くと、瞳が前髪に隠れた、おとなしめの女の子がいた。


 肌を出したくないため、夏でも長袖を着るその真っ黒なコーディネートは変わっていない。


 わたしはこの子をよく知っている。

 この子が生まれたばかりの頃から、一緒にいる。


「わっ、サヘラだ! 久しぶり、元気だった!?」


 たぶん、一番長く一緒に過ごしたと思う妹に、わたしは勢いよく抱き着こうとした。


 しかし、引っ込み思案なサヘラの、聞いた事のない叫び声に、わたしは思わず足を止める。


「――こないでッ!」


 髪の間からちらっと見えた瞳には、怒りの色が広がっていた。

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