弐ノ巻 挫刹
戸口の端を握っていた見慣れない手が握力を強くすると、家の中から遂に出てこようとする人影がありました。
開いたままの戸。柱を握る手。そして何かを家の中から引き出そうとして曲がった太い肘。
がさがさ、ごそごそと片手で家の中を漁っている何者かが刀太郎たちの暮らしている家から、何かを重く引きずるように引っ張り上げながら背を丸めて出てきました。
「ふん。思ったより、もぬけの殻だったな」
刀太郎の家からぬらりと出てきた人影は見たこともない大男でした。
「だ、だれだっ?」
無我夢中で走ってきた刀太郎は、冬の冷たい空気によって傷みが走る喉もそのままに、凍る息を荒げたまま男にむかって叫びました。
「うん?なんだお前は?どこから来た?」
刀太郎の小さな家から腰を屈んで出てきた灰色の肌をした半裸の大男は、人間と同じように喋る、仏の姿にとてもよく似た動く灰色の石像のようにも見えました。
「そ、そこはおれの家だ」
「お前の家?そうか、まだ残りがいたか」
ずしり、と重く一歩を刻んで、大人の二倍は背丈のある仏像のような腰巻だけを巻いた巨漢が物珍しそうに刀太郎を見ます。
「いまさっき、この家の中にいたお前の家族を裁いていたところだ」
「さ、さばいていた?」
「そうだ。裁きだ。ん?……なんだ?知らないのか?今は
にたり、と笑う石仏のような大男が、ついに刀太郎の家の戸口に突っ込んでいた太い腕から全てを引っ張り上げると、その大きな手はあろうことか刀太郎の母の長い髪を掴んでおりました。
「か、かあさんっ」
「刀太ッ」
「黙れ」
「……っァぐッ」
家の前の砂地。刀太郎の目の前で仏像のように巨大な男はその手に掴んでいた髪の毛を引っ張り上げると、刀太郎の母を顎ごとドカリと巨足で蹴り上げました。顔を蹴られた母親は口から何かを空中に飛ばされると掴みあげられた長い髪も離されて、その場に倒れ込んでしまいます。
「か、かあさんッ? かあさんっ!よくも、おまえッ」
「……喝」
「……?……っぅッ?ぁっ?アぁっァぁァッぁッ?!」
乱暴を働かれた母親の無残な姿を目の当たりにした刀太郎は逆上して襲いかかろうとすると、巨体の暴漢が何気に唱えた一言を聞いて思わず腕を掴んで叫びだします。
「うァッ?ぁァっ?うァぁァッぁッ、ァぁァァぁァッぁっ!」
「うるさい
痛みは罰。この言葉がなにを意味するなのかも全くワケが分からないままに刀太郎は激痛が急に走った腕の甲を反対の手で押さえながら地面に倒れ込むとのたうち回ります。
「ぅァあッ?ぁうぁぁぁッッ!ぅぁアアぁっぁアぁアッぁぁァッぁぅッ!」
「フン。まあそれぐらいの歳の
自分の腕を掴みながら地面に倒れ込んで絶叫している刀太郎を流し見しながら笑う巨漢は悠々と、声も無く倒れ込んでいる刀太郎の母親へと近づいていきます。
「……
「なんだ?
突然、巨漢に挫刹と声を掛けてきたのはまた別の巨漢でした。既に刈り終わった田畑の向こうからいつの間にか歩いてきた別の巨漢が、刀太郎の母親の髪を掴み刀太郎の母親の顔を蹴り上げて奇妙な言葉で刀太郎の腕に激痛を走らせた石仏のような巨漢に、ズシンズシンと近づいていきます。
「この林の向こうにある二軒の家は既に済ませた。
荒れ果てた田畑の向こうにある林の奥から歩いてきた巨漢は言います。外見は頭が禿げあがったやはり半裸の、仁王像によく似た木の彫刻のような肌の色をした大男でした。
「……。お前だけ先に行け。
刀太郎の家を襲った不動明王のような激しい髪形をした挫刹と呼ばれた巨漢が答えます。
「ククク。お前も物好きだな。では
刀太郎が走ってきた方角を見て満足そうに笑うと、仁刹とよばれた巨漢は狼煙のような竜巻を巻き起こして里の奥へと駆け去って行きました。
「ほ、仏さま……なのですか?」
痛む腕を押さえながら倒れる刀太郎が問います。
「なんだ。ちゃんとわかっているじゃないか。そうだ。
筋骨隆々な引き締まった身体、石像のような重厚さを感じさせる動き、人の身長をゆうに超えた身の丈。それら全てが目の前に立つ存在が人の世の理の者ではないことを物語っておりました。
「ほ、仏様が何故この様なことをなさるのですッ!」
「仏だからだッ!」
「ぁがァッ?ぐぅぁぁアぁっァァッぁァッぁっぁァッぁっァァぁぁァッぁァァぁァあぁぁぁぁァッぁっァァぁぁァッぁっァあぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!」
不動明王のような怒れる眼差しを向けながら挫刹という名の巨漢が刀太郎を睨みきります。
「愚か者め。貴様は罪の塊りの子供ではないか。そんな罪しかない子供に、この
「……ぅぁウッ、ぅぅゥううぅぅッ」
激痛で傷む自分の腕を押さえながら呻く刀太郎に、怒れる挫刹は近づいていきます。
「お前たちは一体? 今までどれだけの
何の罪もないはずの
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