騙し愛

総督琉

騙し愛

 言ったでしょ。

 私が負けることは、万が一にもないんだって。



※ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー※



 騒がしい騒音が奏でられる街を、一人の女性が静かに、そしてフードのポケットに手を突っ込み、退屈そうに歩いていた。

 その道を通っているのは、酔っぱらいに、会社をクビになったサラリーマンに、妻に全財産を持って逃げられた皮肉な男。そんな者たちばかりだ。


「そういえば……」


 そう呟いて、女性は足を止め、振り返った。


目標捕捉もくひょうほそく


 女性は電柱へ寄りかかって寝ている酔っ払ったサラリーマンに指を向けた。その指を銃口を向けるように構えた。

 女性は軽く息を吐き、向けた指先を思いきり振り上げた。

 すると、酔っぱらいの男の心臓部はハイビスカス色に染まっていき、生臭い血のにおいとともに、男は横たわった。地面へ広がるハイビスカスの汁。周囲からは悲鳴に満ちた喚声が聞こえる。


「ゲームオーバーだよ。《酔っ払いサラリーマン》」


 そう言って、女性は足早にその場を去った。

 男が横たわっているその場所には、野次馬たちが悲鳴を上げながらも、その死体に見入っている。


 そんな光景には目もくれず、女性は東京スカイツリーのてっぺんで、東京タワーを眺めていた。


「あの塔で……最後の戦いがあった。だから私は、負けるわけにはいかない」


 拳を強く握り、鋭いめつきで東京タワーを眺めていた。

 それは彼女の怒りの表れだったのだろう。


 そんな彼女のもとへ、一人の男が歩み寄っていた。

 金髪で両耳に二つずつピアスを付け、拳には鉄でできたメリケンサック、さらには大人だというのに学ランを着、グラサンをかけている強面の男。


「やっと見つけたよ。《神聖なる彼女》さん」

「お前は!?」

「まさか《酔っぱらいサラリーマン》を無慈悲に殺してしまうとはね、君、変わったね」

「十年ぶりだな。《完璧な侵略者》。私を殺しに来たのか?」


 彼女は何食わぬ顔でそう言って、哀しげな顔を浮かべて、男の方を振り向いた。


「もうそろそろ決着をつけようか。十年前のあの戦いの、全てに終わりをつけようじゃないか」


 だがしかし、《完璧な侵略者》は銃口を《神聖なる彼女》へと向け、狙いを定めた。


「さようなら。《神聖なる彼女》さん」


《完璧な侵略者》は引き金を引いた。それによって、一発の銃弾が火花を散らしながらくうを駆け抜けた。その銃弾が《神聖なる彼女》へと届く刹那に、彼女は過去の記憶を呼び起こしていた。



※ー・ー・ー・ー・ー十年前ー・ー・ー・ー・ー※



「なあ時雨。明日はお前の誕生日だろ。だからさ、今日一緒に東京タワーでも行こうぜ」


 彼は私に優しくそう言った。

 私は小さく頷き、彼の手に引っ張られるままに足を進めた。見えてきたのは高くそびえ立つ鉄の塔。だがしかし、今日に限って誰一人として人はいない。


「時雨。今日はお前のために東京タワーを貸し切りにしたんだ。だから今日は俺とお前の二人きりだ」


 そう言った彼の言葉に、私は少しときめいていた。

 そんな私の胸中を知ってか知らずか、私の手を掴んで歩き出す。リードされながら、私は誰もいない東京タワーの中へと入る。

 エレベーターで展望デッキへと出た。


「時雨。良い景色だろ」


 私は真夜中の街の景色を、誰もいない展望デッキから眺めていた。

 カラフルできれい、なんて思うことはなかった。だが嬉しいふりをして、私は彼の腕に抱きついた。

 少しいやがられると思った。

 だけど、彼は私の頭を優しく撫でた。その直後、ほっぺを叩いて私を吹き飛ばした。


「邪魔だよ。俺が好きでお前と付き合ってると思ったの?あり得ないっしょ。俺はお前を喰いたかっただけだよ。丁度よく脂がのっていて、尚且つ若くて旨そうだ。喰わせろよ」

「何を……言っている?」

「なるほど。気づいていなかったらしいが、俺は《酔っ払いサラリーマン》。能力は天を喰らふアマ・テラス。俺に喰えないものはない。たとえ鉄であろうと、いとも容易く噛み砕く」


 私には彼が何を言っているのか、理解できていなかった。

 彼の笑みは私とデートできて楽しい、なんていう生易しい笑みじゃない。彼の笑みは、やっと私と別れられるという、安堵の笑みであると理解できた。


 私は必要とされてなかったの?

 私はただ喰われるだけなの?

 そんなの、嫌だ……。


轟く黄電シルバー…サンダー


 彼が私を喰おうとした瞬間、突如駆け抜けた電撃に彼は体を焦がした。そして彼の頭部を蹴り飛ばし、救世主のように私の前にあらわれた一人の男。


「大丈夫ですか?」

「…………は、はい」


 とまあ返事をすると、蹴り飛ばされた彼が顔を上げ、鋭い殺気を放って男を睨んでいる。


「お前、邪魔をするな」

「駄目だよ。女の子を傷つけちゃ。ということで、君はここで脱落してもらうよ」


 男は彼に手をかざすと、電撃が放たれて彼は窓ガラスへと体を吹き飛ばした。


「終わりだ」


 銀色の電撃が放たれ、窓ガラスは砕け、割れた窓ガラスとともに彼は高さ百メートル以上の展望デッキから落ちた。


「さすがに死んだか」

「あのー、電撃を出したり、何もかもを喰らったり、一体それって何なんですか?」


 あまりにも状況が呑み込めなかったため、私は男に問う。


「今ここ東京では、能力を与えられた九人の者が、生き残りをかけた勝負をしている。生き残った者は願いを叶えられる。そういう条件付きで。ここもすぐ戦場に変わる。だから遠くへ逃げな」


 私が逃げようと走ると、その行く手を全身に漆黒の鎧を纏い、巨大な大剣を片手で軽々と握っている。がたいがよく巨大なその体格からは、凶暴さがうかがえる。


轟く黄電シルバー・サンダー


 銀色の電撃が放たれ、漆黒の戦士へと襲いかかる。だが漆黒の戦士は大剣で電撃を振り払い、私へと無慈悲にも襲いかかった。


「やめろぉぉぉおおおおおお」


 大剣が振り下ろされた途端、私は目を瞑って両手を漆黒の戦士に向けていた。だがいつまで経っても大剣は振るわれず、私はゆっくりと目を開けた。

 視界にいたのは、何百もの小さな穴が空いた漆黒の戦士。

 床を見ると、薬莢らしきものが無数に転がっていた。


「黒騎士。なぜ……私の従属者アクマが……!?」


 漆黒の戦士の背後に隠れていた一人の女性は、漆黒の戦士が死んだことに目をまん丸くして驚いていた。

 その女性を知っているのか、男は彼女に話しかけた。


「《使い魔使い》。そいつを失ったお前には、もう何もできない。ここで死ね」


 男は女性へと手をかざした。だがしかし、男の口からは血がこぼれていた。徐々に視線を下げると、心臓部が剣で貫かれていた。剣は勢いよく抜かれ、その衝撃で男は血を吹き出しながら倒れた。

 倒れた男の背後には、さっきよりはがたいが整っただけの漆黒の戦士がいた。


「黒騎士二号。そいつを殺せ」

「了解」


 私を指して命じられたその指示に、漆黒の戦士は返事をし、すぐさま私へと駆ける。

 逃げ場がないかと模索していると、すぐ近くには従業員階段。子犬のようにふらつく足で立ち上がり、震えた腕でドアノブを回す。そのまま転がるようにして階段を下った。

 下の階に出てすぐフロアへと出ると、一人の少年が孤高という表現を連想させながら立っていた。


「既に二人が死に、残りは七名となった。だがまだ七名もいる。私は願いを叶えなければならない。だからここで負けるわけにはいかないんだよ」


 少年が私を狼のような鋭い視線で睨むと、それに怯えたかのようにこの階の窓ガラスは全て砕け散り、彼の付近に飛んだ硝子片は消失した。


「僕の能力は消滅する円ゼロ・サークル。僕の付近のほぼ全ての物体は消滅する。まあ地面など、意識を向けているものは消滅しないがな。とはいっても、僕の能力は無敵だよ。僕の半径三メートル以内に入れば、全身は消滅するんだから」

「おいおい。パートナーの私もいるんだ。少しは協力させてくれ」


 少年の背後には、火炎を纏った女がいた。


「私は《神楽姫》。火炎を自在に操る者さ」


 継から次へと現れる能力者たち。

 私はその展開についていけず、頭の中で何も整理できないまま苦痛に苦しむ。


「なあ《神楽姫》。どう殺す?」

「お前の能力で消滅させるのは少しつまらないだろ。だからこの拳銃で手足を撃ち抜くっていうのはどうだ?」

「それは面白い。やってくれ」

「いやいや。君がやった方が良いって。それに私が利き手の右手からは常に火炎が出ている。だから拳銃を握れば溶けてしまう。だから頼むぞ」


 そう言って、女は拳銃を少年へと渡すようにグリップを少年へと向けている。

 少年は対応に困るも、能力を解除して拳銃を受け取ったーーその瞬間、女は拳銃を右手に持ち変え、少年の額に銃弾を放った。能力を解除していた少年の頭部には穴が空き、血まみれとなって死んでいく。


「騙しちゃってごめんね。私、常に火炎を出しちゃうなんてありえないよね。もしそうだったとしても何?火炎ノイローゼですか私は?」


 女は少年を見下すようにして見つめ、倒れた少年を蹴り飛ばした。


「神楽……僕は…………」

「私はね、自分の願いさえ叶えられればいいの。どうせあんたはすぐ死ぬ。だからせめて私が殺してあげたの。感謝しなさいよね。がきが」


 女は少年が倒れたことで喜び、心の声を漏らしていった。


「神楽……。僕は君が大……」


 その言葉を遮るように、女は少年の顔を踏み潰した。


「さあ、次はあなたね。どう死にたい?」


 まるで子供と話しているように、女は楽しそうに会話を投げ掛けてくる。

 状況が見えなかったら、きっとブラックジョーク交じりに会話をしているようにしか見えないのだろう。とはいっても、これから私は死ぬのだが……。


「さようなら」


 火炎の手が私の頭部へと進んでいる。

 私は目を瞑り、近づく死に怯えて何かをすることなどできない。


 やっぱ私は……弱いままだね。

 ーー君は力を持っているだろ。何者にも負けない力を。


 その言葉が聞こえた途端、周囲は一面花畑に変わっていた。

 さきほどまでは硝子片が散らばる東京タワーの中だったというのに、なぜか移動していた。いや、これが走馬灯というやつなのかもしれないな。


 様々な思考を巡らせていると、全身が見えるが見えない存在が現れた。


「何者だ?」

「君は力を持っている。だが君は恋人を殺され、記憶を閉ざしてしまった。だから今、私が君の真の力を解放しよう」


 何を言っているんだ?この存在は。


「君の力を取り戻させるには、記憶を君の中に再び出現させなければならない。だから君には閉ざしたはずの記憶を呼び起こさせてもらうよ」


 その存在が私の頭部に手らしき何かをかざすと、私の脳内ではまるで一年ほどの記憶がたった一瞬にして脳内を流れた。まるで走馬灯のように想われたその現象であったが、私はその記憶に困惑していた。

 知らないはずなのに知っている。知っているはずなのに知らない。


「神鳴時雨。戦わないと、この世界では生き残れないよ」

「戦う……か……」


 そんな言葉、私には似合わないよ。

 いつだって逃げて、嫌なことからは目を背けて、何かあったらすぐ嘘をつく。

 私はそんな人間なんだよ。

 でもさ、消したはずの記憶に根強く残っていた彼が言っていたんだよ。

 ーー変わりたくなければ変わらなくてもいいんだ。本当にしなきゃいけないのは、自分に正直になること。それさえできればさ、君は少しくらいは自分を好きになれるんじゃないかな?


 戦わないといけないのならば、

 戦わないと変われないのならば、

 戦うことが私が今できる全力の足掻きだとするならば、

 私はーー戦う。


 花束は舞い散り、景色は再びあの世界。

《神楽姫》が私に火炎の手を近づけている。


雨の弾丸レイン・ブレッド


 弾丸が《神楽姫》へと咲き乱れ、《神楽姫》は脱落した。


「私は、最低だ」

 ーーそれでも、


 私は階段へと戻ると、そこでは《使い魔使い》が黒い騎士を三体出現させて私を待っていた。


「死ぬ覚悟はできたかな?」

「死ぬ覚悟?何を言っている。私はようやく気づいただけなんだよ。このまま逃げていたって、何一つ変えることのできない弱者になってしまうって。だから、私はーー与えられた能力を酷使し、敵をつ」


《使い魔使い》が私を指差すと、黒騎士が一斉に私を襲う。けどね、もう弱い私はーーどこにもいないんだよ。

 たとえ何度死んだとしても、彼の帰りを待ちたいんだよ。

 だって私は、彼が好きだから。


雨の弾丸レイン・ブレッド


 弾丸が雨の如く降り注ぎ、三体の黒騎士はいとも容易く消滅した。

 消えた黒騎士がいたはずの場所を駆け抜け、私は《使い魔使い》の額に人差し指を当てる。


「ごめんね」


 一発の銃声が響き渡り、《使い魔使い》は倒れた。

 私は階段を駆け上がり、他の能力者を探した。が、やはりどこにもいない。

 私はふと外に視線を向けると、そこには巨大な木の根が東京スカイツリーからここーー東京タワーへと伸びていた。


「能力者か」


 木の根を走る人影。私はその人影目掛け、人差し指をかざした。

 たった一呼吸置き、私が放った一発の銃弾はその人影の額を貫いた。


「あと、三人か……」


 小さくため息を吐く私の背後には、いつの間にか男が立っていた。

 男は拳銃を握り、私の後頭部に向けている。


「ありがとな。俺の計画通りに動いてくれて」

「ああ。もう終わりか……」

「さようなら。《神聖なる彼女》さん」


 銃声が響く。それと同時に、銃弾が放たれた。

 そんな時、駆け足の音が聞こえる。


「《完璧な侵略者》。お前の敗けだ」


 突如背後に出現した一人の男。彼が放たれた銃弾に手を触れると、銃弾は消えた。


「《完璧な侵略者》。未来へ、消えろ」


 一人の男が《完璧な侵略者》へ触れようとするも、飛んで窓の方へと割れた逃げる。

 私は彼へと二発の銃弾を放つ、が、それは一人の男の手によって消されたーー正確には未来へ飛ばされた。


「時雨。この男とは、俺が決着をつける」


 私の知っている一人の男が、《完璧な侵略者》へと駆ける。


「邪魔だ。《時の支配人》」


 そう叫ぶ《完璧な侵略者》、だが、《時の支配人》は男の体に触れ、そして未来へと飛ばした。


「お帰り」

「終わりだ。これで」


 だがしかし、《酔っ払いサラリーマン》は突然現れ、《時の支配人》の体を喰らった。


「時雨。すま……ん……」

「死ぬなぁぁぁあああ」


《時の支配人》は《酔っ払いサラリーマン》に触れ、未来へと飛ばした。けど、《時の支配人》は血まみれになって倒れた。


「未来で……二人を倒せ。そしたら、御前は救われる」

「私はね、君がいないと苦しいんだよ。君が救ってくれたから、私は……」


 けれど、彼は私の腕の中で静かに息を引き取った。


「あああぁぁぁぁぁああああぁぁあ」



※ー・ー・ー・ー・ー十年後ー・ー・ー・ー・ー※



「さようなら。《神聖なる彼女》さん」

「十年越しの弾丸。やっとお前に届けられるよ」


《完璧な侵略者》が放った弾丸。

 だがしかし、東京タワーから放たれた二発の銃弾の一つは男が放った銃弾へと当たり弾け、もう一つの弾丸は男の脳天を貫いた。


「ほら。最後には私が勝つんだよ」


 最後に生き残った者は願いを一つ叶えられるらしい。

 私の願いは一つーー救われること。

 だから、最所から願いの内容は決まっていたんだよ。


 ーーアゲイン

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