第139話 カウントダウン 3 ライバル
私は昨日のイーヴォの話を思い出して反芻する。
推測では、魔力が多いジュダムーアは、魔法による体への負担が大きい。だから、魔力を使うだけで自ら死期を早めてくれる。
……あえてジュダムーアに魔力を使わせて、自滅させる、か。
言われてみれば、ハディージャを殺した後、ジュダムーアの顔色があんまりよくなかった気がする。やはり、魔法を使うことが体の負担になっているのかもしれない。
であれば、昨日と同じ規模の攻撃をさせて弱った所を仕留めるのが有効だし、実現できそうな気がする。
まずは私のアマテラスでみんなをパワーアップさせて、サミュエルとアイザックの……
「いてっ!」
私の頭にテキストが降ってきた。
「なにをぼやぼやしているのですか? ちゃんと集中してくださいませ。さっきから三回も同じところで足を出し間違えてますよ! それに、王女となる方が『いてっ』なんて言葉を使ってはいけません」
「ひゃぃ……」
「ひゃぃ、とはなんですか、ひゃぃとは。返事はしっかり!」
ダンスのレッスン中に考え事をしているのがバレた。
先生の綺麗に撫でつけられた髪の毛は、一本のおくれ毛も見逃されてない。そして頭のてっぺんには寸分も狂わず球状に丸められたお団子。見るからに几帳面な年配の先生が怒っている。
私は叩かれた頭をなで、気持ちを切り替えた。残りあと十五分、集中集中。
反省して背筋をピンと伸ばした私は、間違わないように音に合わせ手と足を動かす。五分もすると、だんだん気分が音楽に乗って楽しくなってきた。リズムを感じるように目を閉じる。
目を閉じて無心になったとき、暗くなった瞼の裏に幼い頃のサミュエルの姿がよぎった。とても悲しそうな目をしている。生命の樹で見た、希望を無くし、生きることをあきらめていた時の姿だ。
サミュエルの次は、昨日幻覚で見た少年の姿、そしてジュダムーアがよみがえった。
————どうして誰も本当のボクを見てくれないの。
————お前はなにを見た。
そういえば、ジュダムーアは私が見たものを気にしていた。
ジュダムーアが怒ったのは、私が服従の魔法に従わないからだと思っていたが、私に魔法を破られたことよりも、なにを見たのかがジュダムーアの中で重要だった。それは、私が見たものが見られたくないものだったからだ。ジュダムーアが見られたくないもの、恐怖と力で周りを押さえつける人物が、一番見せたくないもの。それは弱みだ。
つまり、昨日幻覚の中で見た少年。あの少年は……
「……ジュダムーア!」
ジュダムーアは孤独なんだ。だから初めてお城に来た時、ジュダムーアにサミュエルが重なって見えたんだ。二人の表情が似ていたから。
もしかしてジュダムーアは……
「んきぃぃぃぃぃぃっ! シエラさん!」
ダンスの足を止めた私に先生の怒りが爆発した。
「ごめんなさぁぁぁぃっ!」
……何か分かりかけてきた気がする!
そのころ、別の場所でも怒りが爆発しようとしていた。
「やあ、サミュエル。久しぶりだね。肉付きが良くなったみたいでよかったよ。愛情たっぷりシエラちゃんの手料理のおかげかな?」
「……龍人!」
これまでのことがなかったかのように、いつも通りへらへらしている龍人がサミュエルを訪れた。
自分とシエラを追い込んだ張本人の登場に、我慢し続けてきたサミュエルの怒りが瞬時に沸騰した。
わずかな備品のテーブルを軽々と持ち上げ、力の限り龍人へ投げつける。間一髪、龍人が身をかがめると、顔面があった場所にテーブルが命中し、派手な音を立てて壁と床をはねた。当たっていたら死んでいただろう。
両親に無理やり剣道を習わされていてよかった。
ひしゃげたテーブルを見た龍人はそう思いつつ、楽しいスリルに口笛を吹く。
「ひぇー、危ないなぁ。でも、鬼気迫る君もかっこよくて魅力的だよ。僕が女の子だったら恋をしていただろうね」
「なにをしに来た!」
サミュエルの神経を、龍人の猫なで声がさらに逆なでる。
「少し早いけど、大好きなサミュエルにお別れの挨拶をしに来たんだ。三日後にはシエラちゃんの婚約の儀式があるからね。それが済めば君は解放されて自由の身。シエラちゃんは僕とジュダムーアで幸せにするから心配しないでよ」
「ふざけるな! それがシエラの幸せなわけがないだろう。お前は……」
なにかを言いかけてサミュエルが口ごもる。
もしかしたら、これは龍人の罠かもしれない。わざと怒らせて情報を引き出したり、なにかに誘導したりするのは龍人の得意の手だ。
不幸なことに付き合いの長いサミュエルは龍人の手の内が見えた。そして、噴き出しそうな怒りを我慢し、龍人の口車に乗らないよう冷静を保とうとした。
それに気が付いた龍人がニヤッと笑う。
「お前は……なにかな? もしサミュエルが寂しいなら、僕とジュダムーアの仲間に入れてあげても良いよ。僕はサミュエルのことが大好きだからね」
楽しそうに笑う龍人をサミュエルが睨みつける。
「くっくっく。冗談冗談。そんなに怖い顔しないでよ。サミュエルへの恋は、僕の一方通行だってちゃんとわかってるから。……でも、実は僕、サミュエルより好きな人ができたんだ。自分でもこんな感情になるなんてびっくりだったんだけど、彼女のためならなんでもできるんだよ。たとえ……」
龍人の顔から笑みが消えた。
「君を殺すことになっても。……誰かは、もう分かってるよね?」
「無駄口をたたきにきたのか? それとも今ここでお前を殺してやろうか。俺はそれでも構わないぞ」
「親友同士の殺し合い……ゾクゾクするね。でも、僕が君を殺しても、君は本望なのかな。だって、僕はシエラちゃんを絶対に幸せにする自信があるし、サミュエルも彼女のためならどうなったって良いって思ってるんだろ? たとえ、手足を失ったり」
不気味な顔の龍人がさらに挑発した。
「命さえも落としたって。運命の日、君より僕の方がシエラちゃんにふさわしいってことを教えてあげるよ! あははははははは!」
シエラの名前に、我慢の限界を超えたサミュエルが椅子を投げつけた。
壁にあたった椅子の足が砕け、破片が龍人の頬を切る。
これで十分だ。そう判断した龍人が扉に手をかけた。
「じゃあね、未来の弟君」
「絶対お前をぶっ殺してやるからな!」
怒り狂うサミュエルを残し、龍人はヒラヒラと手を振って部屋を出た。
一方、トライアングルラボラトリーでは。
「できたぁぁっ!」
作業着を着てTIG溶接を終えた芽衣紗が、満足気な顔でフェイスシールドとゴーグルを上げた。
「これで無双確定ぇぇぇぇぇぃっ!」
「うわっ、なんだこれ!」
芽衣紗の声をききつけ、作業部屋に顔をだしたユーリが鉄の塊を見て驚いた。まるで、ジャウロンの料理を前にしたシエラのように目を輝かせている。
「へっへーん、すごいでしょ。芽衣紗様特製、大量破壊兵器!」
「大量破壊兵器⁉」
ワクワクしたユーリの声に、ガイオン、アイザック、エーファン、バーデラックが惹きつけられるように集まって、串団子のように扉の向こうから顔をのぞかせた。
男性陣の集合に気づいた芽衣紗が、獲物を見つけたようにニヤニヤ笑う。
「早速デモンストレーションをしちゃおう!」
作者:田中龍人
https://kakuyomu.jp/works/16816452219517599517/episodes/16816452220211029886
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます