第138話 功名
————魔石の贈与が終わるまで命は取らないだろう。
ここに来る途中、イオラが言っていたことを思い出す。しかし、あれはただの気休めに過ぎなかった。だって、ジュダムーアは今ここで私を殺す気なのだから。
私の目の前には地獄の鬼よりも恐ろしい形相のジュダムーア。杖を向けられ、腰が抜けてしまった。逃げたいのに足に力が入らず動くことができない。
「待って待って待ってぇぇぇぇぇ!」
「だめだ」
ジュダムーアの杖の先が赤い光をまとい始める。サミュエルの足を吹き飛ばした攻撃だ。恐怖が絶頂に達する。私とポッケの悲鳴が震えた。
……私の頭がコチニールの実のようになってしまう!
「ぎやぁぁぁぁぁっ!」
「ぴぃぃぃぃぃぃっ!」
手を前にかざすというささやかな抵抗、そして女子にあるまじき悲鳴を上げた時、異変が訪れた。ジュダムーアの手が小刻みに震えている。
「ぁぁぁぁぁぁ……あ?」
変だと思った瞬間、ジュダムーアの手から杖が落ち、体の力が抜けたように床に膝をつけた。
なにが起きたのだろう。
呆気に取られて固まる私と、手で体を支え私を睨みつけるジュダムーア。しかしその体力もすぐに失せ、ジュダムーアは倒れるように床に転がった。身動き一つしない。
死んでしまったのだろうか。
息は?
なにがどうしたの?
突然の展開に頭がついて行かない。
とりあえずジュダムーアの生存を確認しようと、這うように震える手を伸ばした。
「失礼します! 大きな物音が……ジュダムーア様⁉」
物音に駆けつけたイオラ、そして一つ下の階を警備していた騎士が部屋になだれ込んできた。
腰を抜かして這いつくばる私、床から生えた豆の木の残骸、倒れているジュダムーアを見て驚愕する。
「お前、ジュダムーア様になにをした!」
「わ、私はなにもしてない! えっ、これってやっぱり私がなにかしたの? 死んじゃった⁉︎」
反撃すらした覚えがない私は、騎士の怒鳴り声と、人を殺してしまったかもしれないことにパニックを起こす。
どうしよう、私、人殺しになっちゃった……。もともと倒す予定だったから良いのかな。……でも!
騎士の後ろから龍人が入ってきた。人を殺した事実を受け入れられない私は、「龍人ならなんとかしてくれる」と心の中で無意識にすがる。
龍人がゆっくりジュダムーアに歩み寄り、自分の膝の上にのせた。ジュダムーアが微かに口を動かし、龍人になにかを言っている。どうやら死んではいないようだ。私は敵の生存に安堵の息を漏らす。
龍人が騎士を振り返った。
「ちょっとごめん。男の人たち、ジュダムーア様を運びたいから手伝ってくれる?」
龍人の促しで騎士が動き出した時、イオラは「シエラから事情を聴く」と言って、動揺する私の手をひき部屋の外へ連れ出した。
龍人はジュダムーアに集中しており、一度も私を見ない。生きてはいても、あまり良くない状態なのだろうか。
階段をくだりながら、私はたまらずイオラに話しかける。
「本当に私、何もしてないんだよ。本当だよ!」
「話はあとだ」
私とイオラは足早に騎士団長室へ向かう。
途中、いてもたってもいられなくなったイーヴォが、ひょっこり階段の影から顔を出した。そわそわしているイーヴォを回収し、三人で騎士団長室に入る。扉を閉めると、涙目のイーヴォが私の頬っぺたをぺたぺた触ってきた。
「大丈夫? 大丈夫? シエラちゃん、怪我してない?」
「大丈夫! でも怖かったよぉぉぉ!」
私は安全な部屋に来たことでやっと生き延びたことを実感し、おたおたしているイーヴォと抱擁を交わした。イーヴォも安心したようで、二人で背中をさすり合って落ち着きを取り戻す。
二人の様子を冷静沈着に見ているイオラが、「何があった」と私に聞く。
「えっと、ジュダムーアが私に変な術をかけたの。そしたら、昔の嫌な思い出が出てきたり、私の大事な人たちが私を嫌いになったり、すごく嫌な夢を見せられた。でも、ポッケが私を守ってくれたみたいで、目を覚ますことができたの」
「さすがポルテの精霊だ」
褒められたポッケが、私の頭の上で「ぴ……!」と鳴いて小さな親指を立てた。
「ジュダムーアは、相手が一番嫌がる経験をさせ、心が折れたところで自分の想い通りにするという話だ。ポッケがいなかったら、シエラは自我を失ってジュダムーアの言いなりになっていただろう」
「げっ、そうなの?」
「回避できたのだからとりあえず今は良しとしよう。それよりももっと重要なことがある。私たちの行動に関わる、重要なことが」
「重要なこと?」
私とポッケとイーヴォが首をかしげると、イオラが続けた。
「そうだ。シルバーとガーネットでは、大人と子どもほど魔力が違う。それに、生前贈与を受け続けたジュダムーアは通常のガーネットのさらに上を行くのは間違いない。ジュダムーアの命がこのまま尽きてくれればいいが、最後まで楽観はできないだろう。このまま予定通りに革命を起こすとして、どうやってシエラがダメージを与えたのかが分かれば、より勝率の高い戦略を立てられる。つまり、シエラがしたことが非常に重要なのだ」
イオラは、パニックの最中でも革命のことを考えていたらしい。
確かに、ジュダムーアがなににダメージを受けて倒れたのかはっきりすれば勝率は上がるだろう。しかし、私はなにもした覚えがないから困る。
「それが私にも分からないんだよね。ポッケが豆の木で私を守ってくれて、ジュダムーアが魔法でそれを爆発させたの。そのあと私の頭を吹き飛ばそうとしたら、急にジュダムーアの手が震えだして力が抜けたみたいになっただけ。私がなにかしたとは思えないんだけど……」
「良く思いだせ。絶対になにかあったはずだ」
私は一生懸命思い出そうとするが、よみがえってくるのは嫌な夢と、木っ端みじんになった豆の木と、狂気じみたジュダムーアだけ。やはり、理由が良く分からない。
私がうんうん唸っていると、ハッと顔をあげたイーヴォが「分かった」と呟いた。イオラがきりっとした視線を向ける。
「なんだ?」
「龍人がなぜ一日三回もジュダムーアの診察をしているか、考えたことある?」
「無駄な謎かけはいいから結論を話せ」
先をせかすイオラに、イーヴォが「せっかちだなぁ」と苦笑する。
「そもそも、なぜガーネットが他の人種より先に寿命を迎えるのかを思い出して」
「寿命……、なんかその話、聞いた覚えがあるような」
……無いような。
私は曖昧に相づちを打つ。
「未完成の現代人は、多すぎる魔力がDNAを傷つけてアポトーシスを起こし、ヘイフリック限界を迎える。龍人が言っていたでしょ」
イオラは「初耳だ。全く理解できんな」と腕を組んだ。
その横で、私は大きく頷きイーヴォに同意する。
「そうだ。そんなこと言っていた!」
自信満々に答える私にイオラが感心して目を見張る。
そして私は勢いよく聞いた。
「それって、どういう意味だっけ!」
イーヴォとイオラがずっこけた。
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