第131話 死を知る

 今朝、ハディージャが殺された。

 それも、私のすぐ横で。


 ライオットの村にいた頃は、自分の容姿を気味悪がる村人から距離を置いていたため、どこかの家の人が亡くなっても私はお葬式に参加することはなかった。それでなくても、ライオットは体が丈夫で寿命も長く、死はどこか遠くのもの。


 さっきまで生きていた人がもういない。

 初めて死を知った。

 明日が来ると無意識に思っていた私は、失われた命が二度と戻ってこないことに恐怖を感じている。




 ハディージャはいなくなったのに、私は昨日と同じ一日を繰り返した。

 三つのお稽古をこなし、食事を作り、サミュエルに運ぶ。


 しかし、朝の出来事が頭から離れず、今日をどうやって過ごしたのか覚えていない。

 サミュエルが心配そうにしていたのは分かったけど、現実を受け入れられない私は、朝のショックを素直に打ち明けることすらできなかった。


 昼からはジュダムーアが多忙だったらしく、別々に食事を摂ることになった。

 それだけが今日の救い。




 一日が終わり、ようやくベッドに横になる。


 静かな部屋に聞こえてくる、ハディージャの最後の声。脳裏に浮かぶジュダムーアの冷酷な赤い目。


 よみがえってくる恐怖の感覚に、私は自分の腕を抱きしめて布団の中で小さく丸まった。


 人は死んでしまうんだ。

 死んだらもう会えなくなってしまうんだ。

 この先、サミュエルもユーリも龍人も、みんなが死んでしまうかもしれないんだ。


 ハディージャに仲間の姿を重ね、さらに恐怖が増してくる。


 ……怖い怖い怖い。


 私はやっと、これか起ころうとしていることの危険を実感し、一人で震えた。

 絶対みんなをジュダムーアから護らなきゃ。


 一人眠れぬ夜を過ごしていると、誰かが扉をノックした。


 ……こんな時間に誰だろう。


「はい、どなたですか?」


 ベッドから体を起こして返答すると、静かに扉が開いた。

 そしてひょっこり隙間から顔を出したのは、いつも私に元気をくれる人。


 トワがやってきた。


「はぁい♪ シエラちゃん。ひさしぶり!」

「トワ! どこにいたの?」

「ちょっと壁にはりついてたの」

「か、壁⁉」


 驚く私に、トワが「うふふ!」と笑った。


「それより、今日は大変だったみたいね。大丈夫?」


 トワが隣に座り、今にも泣きだしそうな私をギューッと抱きしめてくれた。

 心細かった私は、包容力を感じさせるトワの温もりに安心し、耐えきれずポロリと涙をこぼす。


「あんまり大丈夫じゃないかも……」

「良かったら話してみて」


 トワに優しく語り掛けられ、ゆっくり気持ちをこぼし始めた。


「小さい頃、木にとまっていた虫がポロって落ちて、それが死だとユーリから聞いたの。あの日、自分より先にお母さんが死んでしまうんだって思って、とっても怖かった。自分の命をあげてもいいから死なないでほしいって毎日願って、怖さを忘れようとしたの。……でも、今日はその何倍も怖い。本当に人が死んじゃったんだよ。朝のことを何度も思い出して、怖くて、怖くてしょうがないよ」


 トワはしくしく泣く私の背中に手をまわしたまま、もう片方の手で頭をなでる。


「うん、そうよね」


 黙って頭を撫でる手の温もりに、少しだけ恐怖がやわらいできた。

 ため込んでいた気持ちが涙と一緒に流れたのか、落ち着きを取り戻した私は上手く息が吸えるよう三回深呼吸をする。


「トワは、なんで来てくれたの?」

「龍人様から、シエラちゃんの様子を見てきてほしいって言われたの」

「そうなんだ……」


 どうやら龍人は、私の様子が心配でトワを送り込んだらしい。

 私を心配したり、優しくしたり、追い詰めたり。相変わらず龍人の本心が分からない。


「龍人は、なんで私をここに連れてきたの?」

「なぜかしらね。シエラちゃんはどう思ってる?」

「……分かんない」


 私はため息交じりに答えた。


「シエラちゃんは龍人様のこと、恨んだり嫌いになったりしちゃった?」


 トワの問いかけに、出会った時から今までの龍人を思い出し、正直な気持ちを打ち明けた。


「……やってることは変だし良く分からないけど、龍人は優しいと思う。人の本当の気持ちって、言葉だけでは表せないでしょ。だから、今日のことで私が眠れないでいるんじゃないかって考えてくれて、トワをここに来させてくれた龍人は、やっぱり優しい人だと思う」

「さすがシエラちゃんね。龍人様が好きになった理由が分かるわ」


 龍人を肯定した私の言葉を、トワは否定しない。

 やっぱり龍人は、私たちのために不可解な行動をしているのだろうか。

 わずかな希望が胸に灯る。


「ねえ、龍人はまだ私たちの仲間なんでしょ?」


 私の問いかけに、トワが目を上に向けて思案顔をした。


「うーん、なにを仲間と言うか、にもよるかもしれないわね。一口に仲間と言っても色々あるじゃない? 例えば、ずっと仲良く一緒にいること、進む方向は違ってもお互いを思い続けること、相手のために悪になること」

「それって、龍人は自分から悪になって、私たちのために動いているっていうこと?」

「どうかしら。龍人様の考えは龍人様にしか分からないわ」

「……じゃあ、龍人じゃなくてトワはどうなの?」


 ふふふ、と可愛らしく笑うトワがはっきりと答える。


「私が一番優先させるようプログラムされているのは、芽衣紗様のことよ」

「……トワが龍人の言うことを聞いてるのって、芽衣紗のためなの?」

「そうよ」

「一体なにをしようとしているの?」

「それはまだ言えないの。ごめんなさいね」


 やはり確信は教えてくれないトワに、私はしょんぼり肩を落とす。

 すると、トワが私を励ますように、さらに明るい声で言った。


「でも、これだけは伝えられる」

「なに?」

「この先どんなことがあっても、シエラちゃんはシエラちゃんらしく、みんなで全力を出して龍人様にぶつかっていって。それが龍人様のためにもなるから」

「龍人の……ため?」


 にっこり笑うトワが、「私が伝えれることはここまで」と言って、もう一度頭をなでた。


「少しは落ち着いたかしら?」

「……うん」


 そういえば、いつの間にか恐怖が無くなっている。

 思い出すとまだ怖いけど、トワに抱きしめられていることで、かなり気持ちが落ち着いていた。


「疲れたでしょう? 今日はこのまま眠るまで一緒にいてあげるから、そろそろ寝ましょうね」


 トワが布団をめくって「よいしょ」と横になり、私を迎え入れてくれた。

 そしてそのまま、トワのふわふわの胸に抱かれて私は眠りについた。




作者:田中龍人

https://kakuyomu.jp/works/16816452219517599517/episodes/16816452219999835937

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