第132話 カウントダウン 5 母の愛

 次の日の朝。

 目覚めたらトワの姿が無く、かわりにテーブルの上にはバブルサンフラワーを生けた花瓶が置いてあった。


 ……トワが置いていったのかな。


 黄色い花弁をつつくと、花の中心からシャボン玉のような花粉が飛び出し、ゆっくり、優雅に、プカプカと部屋をただよう。

 天井へ向かう花粉に故郷の光景を重ね、独り言をつぶやいた。


「ショーハの池にも、まだ咲いてるのかな」


 以前のあの平和な日々を懐かしむと、お母さんからもらった沢山の愛情も思い出される。


 ……私が知っている愛情の答えはこれしかない。


 私はジュダムーアに投げかけられた問題の答えを決め、「よし!」と気合を入れた。





 ほどなくやって来た龍人に連れられて、悪魔のようなジュダムーアの部屋に向かう。

 龍人はいつも通りの笑顔で、昨日のことを特に聞いてはこなかった。

 あえて詮索しないことに、私の中でさらに信頼感が増す。


 ……やっぱり、私は龍人を信じたい。





 王の部屋に到着すると、侍女によってすでに朝食の準備が始まっていた。

 相変わらず不機嫌そうな態度で座っているジュダムーアが私を睨む。


 ……き、今日は負けないもんね。


 覚悟を決めてきた私は、フワフワの絨毯を一歩ずつ踏みしめながら、威圧感に屈さずジュダムーアの横に立った。


「今からあなたに私が知っている愛を教えます!」


 私は、とても愛とは縁遠い、気合いの入れた顔でジュダムーアを睨んだ。

 警戒して胸元から杖を取り出したジュダムーアが、いつでも殺せる様私の額に杖をあてて睨み返す。


「……随分大きな態度じゃないか」


 二人の剣幕に、龍人が慌てた顔で手を伸ばした。


「シエラちゃん、やめ……」

「五秒!」


 止めようとする龍人、そして私を殺そうとしているジュダムーアに向かって叫ぶ。


「五秒だけ私にちょうだい!」

「……五秒でなにができると言うんだ」

「それを私に任せたのはあなたでしょう。一度任せたのだから黙ってて。気に入らなかったらその時は殺せばいいんだから」


 ジュダムーアが珍しく面食らった顔を見せ、横に控える侍女たちが恐怖でソワソワしはじめる。


 どうせ殺すつもりなら、私にできることを精いっぱいやってからにして欲しい。

 そう思い、ジュダムーアの威圧にも負けず、その場に仁王立ちになって踏みとどまった。

 私の気持ちが伝わったのか、睨み合いのあとにジュダムーアが杖を降ろす。


「ボクにそんなことを言う人間ははじめてだ。良いだろう。気に入らなかったら遠慮なくそうさせてもらう」


 ジュダムーアの了承を得た私は龍人の顔を見た。

 なにをするつもりかとヒヤヒヤする龍人と目が合う。


 ……もし失敗したら、その時はよろしく!


 心の中で念じつつ龍人へ向かってうなずくと、口が半開きの龍人もつられてうなずいた。

 よし、伝わった。多分!


「いざっ!」


 気合いの入った私の掛け声が広い部屋に響く。

 ジュダムーアが睨みつけた。

 無言で両手を出す私に、警戒したジュダムーアが体を後ろにそらせる。


 それにもかまわず、私は目の前にある綿あめのように真っ白な頭に両手をまわし、ふんわり抱えた。

 侍女たちが「きゃっ」と小さく悲鳴を漏らし、口に手をあててお化けを見るような顔でこちらを見ている。

 すぐに怒られるかと思ったが、体をこわばらせたジュダムーアは意外となすがままだ。もしかして、何が起きたのか分からないのか、私の行動に驚いたのか。

 龍人も驚いて目を見開いている。

 しばらくの沈黙の後、やっと言葉を取り戻したジュダムーアが私を押しのけた。


「ボクを馬鹿にするな。何のつもりだ」

「……何のつもりだって、お母さんに抱いてもらったこと、あるでしょ?」

「母上が抱く? なぜだ」


 ジュダムーアがわずかに首を傾げて目を細めた。


 母が子を抱くことに理由があると思っていなかった私は、愛が何かと聞かれた時と同様に説明に困る。


「なぜって、お母さんだから……。まさか、抱いてもらったことがないの?」

「あるわけないだろう」


 ジュダムーアの返答を聞いた私が言葉に詰まる。


 私は孤児院で育ったけど、お母さんやユーリ、他の孤児たちに囲まれて暮らし、毎日抱きしめてもらって愛情をいっぱいもらってきた。

 孤児院のみんながいなかったら、私はどうなっていただろう。


 そう思うと衝動的に体が動いた。

 龍人が「あっ」と小さな声を漏らす。


「ジュダムーア、かわいそう」


 私は後先考えず、もう一度ジュダムーアの頭を抱きしめた。


「……かわいそう、だと?」


 目をつぶると、優しいユリミエラお母さんの姿が見えた。

 村人にいじめられても、いつも私を勇気づけてくれたお母さん。

 その魂が私に宿る。


「ジュダムーアは強い子ね。ジュダムーアは神様が私に送ってくださった宝物。あなたは生まれた時から完璧だから、足りないものは何もないの」


 ジュダムーアの、純白の美しい髪の毛を撫でると、お母さんが私にしてくれたこと、伝えてくれたことが溢れてきた。


 私の言葉を聞いたジュダムーアが急に立ち上がる。

 ハッと我に返った私を残し、背を向けたジュダムーアが早口に言った。


「食事は辞めだ。これからカトリーナの生前贈与を行う。今すぐにだ」

「そんな! 生前贈与なんかしたら、カトリーナは……」


 機嫌を損ねて不機嫌そうなジュダムーアが振り返った。


「カトリーナの子どもの方がいいか?」

「生前贈与なんてやっぱりやめようよ。もう私は人が死ぬのは見たくない」

「不服か。では、お前の母親は……」

「シルビアは絶対だめ!」


 母親に矛先が向いてしまうと思った私が、叫ぶようにその名を告げた。

 すると、ジュダムーアが予想もしていなかった反応を示した。


「シルビアが……母だと?」

「……えっ?」

「そうか。シルビアがお前の母親だったのか。だからあの時さらいに来たと言う訳だ。どうせすぐ野垂れ死ぬと思って放っておいたが、そうか。あれがお前の母親か。龍人」

「はい」

「知っていたか」

「初耳でございますが……」


 ……どうしよう。

 私は取り返しのつかないはやとちりをしてしまった。

 祈る気持ちで龍人を振り返る。


 お願いだからこのまま知らないふりをして!


「居場所の検討はつきます」

「どこだ」

「やめて、龍人!」


 私の制止に、龍人が一瞬口をつぐむ。

 そしてゆっくり瞬きをして、ジュダムーアを見据えた。


「ダイバー……シティ」


 龍人が母の居場所を告げると、ジュダムーアが指示を返す。


「伝令を出せ。午前中のうちにシルビアが出てこなかったら午後に騎士団を仕向けると。ダイバーシティを破壊してでも連れて来い」


 私のせいでシルビアを危険にさらしてしまった。

 自分の愚かさを呪う私が、その場に崩れ落ちた。





作者:田中龍人

https://kakuyomu.jp/works/16816452219517599517/episodes/16816452220006559846

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