第133話 捨て身の賭け

 騎士たちが右へ左へと城内を走り回る。


 シエラが作った卵のサンドイッチを食べ終えたイーヴォは、いつもと違う雰囲気に顔をしかめ、騎士の様子を眺めた。不思議に思いつつ、本日分の回復薬を三階にある騎士団長室に運ぶ。


「イオラさん、今日の分の薬を持ってきました……」


 騎士団長室に入ると、殺気立つイオラと目が合い、そしていかにも獰猛そうな副騎士団長がイーヴォを振り返った。エルディグタールの二強に睨まれたイーヴォの笑顔が引きつる。


「では、そのように準備を進めてくれ」

「わかりました、イオラ騎士団長」


 話を終えた副騎士団長が颯爽と退室する。

 それを回復薬の箱を抱えたイーヴォが見送ると、イオラが騎士団長用の大きな椅子にドカッと腰を下ろしてため息をついた。


「イーヴォ、ご苦労。ちょうど良いところに来た。急だが、午前中のうちに回復薬を千本ほど用意してほしい」

「千本⁉ いくらなんでもあと三時間で千本は無理ですよ。どれだけがんばっても五百が限界です」

「仕方あるまい。では五百でいいから用意しろ」

「わかりました。つかぬことをお聞きしますが……」


 鋭く目を光らせるイオラに、イーヴォがギクッと硬直する。

 しかし、通常の訓練ではありえない数の回復薬の注文。異常を確信したイーヴォは、よそいきの笑顔を張りつけて情報を聞き出す。


「なにかあったんですか? みんなばたばたしてて、まるで戦争を始めるみたいですよ」

「……戦争、ではないが、それに近いだろう。午後からダイバーシティを殲滅するかもしれんのだ」

「えっ⁉ ダイバーシティを⁉」


 頭痛がするかのようにイオラが頭を抱える。


「分かったら早く薬の準備をしろ」

「ま、待ってください! なんで突然ダイバーシティを攻撃することになったんですか?」

「お前には関係がないだろう。これ以上話すつもりはない!」


 イオラにピシャッと言い放たれたイーヴォ。

 いつもならここで退散するのだが、シエラの顔が頭をよぎって足を止めた。


 ————ダイバーシティでシエラちゃんのお母さんが療養しているのに。


「関係ありますよ。だって、あそこには……」


 シエラに心を動かされ始めていたイーヴォは、確信がないままいちかばちかの賭けに出た。


「ガイオンもいるんだから」


 幼馴染のガイオンとイルカーダを出て、異国の地で騎士団のトップに登り詰めた二人。とても殺し合いを歓迎するとは思えない。


 ガイオンがいると分かれば攻撃の手を緩めてはくれないだろうか。余計なことに首を突っ込むなと叱責されるだろうか。それともすでに、ガイオンとイオラが手を組んでいるということは無いだろうか。


 しかし、イオラがジュダムーアに忠実で、ガイオンが革命を起こそうとしていることがバレて襲撃しに行く可能性もある。

 自分がその仲間だと思われれば命はない。


 今まで、他人をおとしいれても自分が生きのびることを優先してきたイーヴォは、確信がないままとってしまった浅はかな行動に呆れ、そして自分自身に驚いていた。

 そして必死に思考を巡らす。


 ————いや、きっと大丈夫。ガイオンは以前からホテルリディクラスをひいきにしていたから、言い逃れはできる。むしろ、イオラの本心を探る、ギリギリを攻めた言葉だったはずだ。


 重苦しい沈黙の中、イーヴォの背中に冷や汗が流れる。


 相手の胸の内を推し量りたいのはイオラも同じだ。

 ダイバーシティにガイオンがいることはイオラも知っている。そして、彼らがこれから何をしようとしているのかも。


 革命の片棒を担ごうとしているイオラは、龍人と行動を共にしているイーヴォがどこまで知っているのか確認しておく必要があった。

 そして、革命の障害になり得るとしたら、息の根を止めなくてはならない。


 沈黙を破り、イオラが探りをいれる。


「お前は、龍人の手下だろう」


 その一言でイーヴォは理解した。

 龍人の手下かどうか探りを入れた。龍人はジュダムーアのいいなりだ。つまりイオラは、ジュダムーアに知られてはいけないことを隠している。

 イーヴォは賭けの勝利を確信して微笑んだ。


「いいえ。僕はあなたと同じ、シエラちゃんの味方ですよ」






「龍人!」


 勢いよく開いた扉の音に、研究室で書類に目を通していた龍人が顔を上げる。

 中に入ってきたイーヴォが興奮のまま龍人につかみかかり、壁際の本棚へ押し付けた。衝撃で本が二冊落ちてくる。


「わ……お……、イーヴォ君。穏やかじゃないね」


 襟首を締め上げられた龍人が苦しそうにイーヴォを見下ろす。


「お前、なんてことをしたんだ! ダイバーシティには、シエラちゃんの……」


 なぜイーヴォが興奮しているのか理解した龍人が、とぼけるように「あぁ」と天井を仰ぎ、あっけらかんと言った。


「そうだよ。シエラちゃんのお母さんがどこにいるか聞かれたから、ダイバーシティにいると言ったまでさ」

「ふざけるなよ。そんなことをしたら、シエラちゃんが……」


 イーヴォの顔が悲痛にゆがむ。


「シエラちゃんがまた苦しむだろう……」

「まあ、ね。でも仕方がない。僕の計画を止めるわけにはいかないんだ」


 少しも悪びれていない龍人に、イーヴォの怒りが沸騰した。


「お前の計画がなんだ! これ以上シエラちゃんを追い詰めるなんてどうかしてる。もう彼女は十分苦しんでいるじゃないか。そんなにジュダムーアを大切に思うなら……」

「思うなら、なに?」


 挑戦的に龍人が笑う。

 手を離したイーヴォが、軽蔑の目で龍人を見た。


「……せめて、シエラちゃんを傷つけないでくれ。もう彼女に近づくな」


 真剣な訴えにもかかわらず、胸元を払った龍人がへらへら笑う。


「そう、分かった。じゃあこれからはイーヴォ君が素敵なナイトになって、シエラちゃんを守ってあげてね。心から応援するよ」


 イーヴォは龍人の今までの行いも納得していたわけではない。

 しかし、ノラを助けてくれたり、バーデラックから薬を取り戻したりしてくれた。それに、シエラに対する想いは本物だと思っていた。

 だから、龍人の心のどこかに優しさがあるのではないかとわずかに期待していた。


 でも、今回はやり過ぎだ。

 そう感じたイーヴォの中で、龍人への信頼が砂のように崩れ落ちていく。


「……分かった」


 落胆したイーヴォが虚しく呟く。

 そして研究室に置いてあるわずかな荷物を抱え、龍人には目もくれずに去って行った。

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