第134話 シルビアの生前贈与

「シルビアを連れてまいりました」


 先頭に立つ、騎士団長イオラの凛々しい声が王の間に響いた。


 イバラの冠をかぶり玉座に座るジュダムーアと、壁際を固める騎士の目が扉に向く中、玉座の下に立たされている私の手足が氷のように冷たく、小刻みに震えた。


 私のせいで、お母さんがまた捉えられてしまった。しかも、これから無理やり生前贈与の儀式が始まる。

 次から次に押し寄せる後悔と申し訳なさでゆがみはじめる私の視界。


 列をなす騎士に挟まれ、手を縛られている母が入室してきた。

 母の豊かな純白の髪には、二人が親子であることを証明するかのように、私の胸に輝くネックレスと同じアイビーの髪飾りが光っている。


 久しぶりに見る母の姿に胸が張り裂けそうなほど痛む。


 王の間の中央まで来ると、騎士の一人が母の背中を乱暴に押し、バランスを崩した母がよろけながらジュダムーアの前に出た。


「シルビア……」


 母の名を呼ぶ玉座のジュダムーアは、どこか喜びを孕んだ冷酷な目で見下ろした。


「ボクの人生を狂わせた女。まさか、シエラがお前の娘とは。最高の余興だ」


 玉座を睨み上げたシルビアが、視線を私にうつした。

 そして慰めるように優しく微笑む。


「さあ、娘に生前贈与を」


 儀式のために騎士が縄をほどくと、すぐにシルビアが両手を広げた。

 私は躊躇なくその胸に飛び込む。


「お母さん、お母さん、ごめんなさい!」

「いいのよ、シエラ」


 シルビアが震えている私をきつく抱きしめ、すり寄るようにして髪の毛の間に顔を埋めてきた。私もこたえるように手をまわすと、母が耳元に口を寄せて囁いた。


「シエラちゃんも、顔が見えないよう僕の髪に隠れて聞いて」

「えっ……」


 言葉遣いで、目の前にいる人が誰なのかをすぐに察した。

 シルビアの姿をしたイーヴォは、私の驚きが周囲に見えないよう頭を抱き寄せる。


「本当のお母さんは無事だよ。今から僕の魔石を贈与するから安心して」

「そんなことをしたら……」


 魔法がほとんど使えなくなってしまう。

 私が全てを言い終える前に、イーヴォが静かに言葉を重ねる。


「気にしないで。でも僕はもともとの魔力が弱いから、魔石を失った途端に元の姿に戻ってしまうかもしれない。だから、シエラちゃんのアマテラスで僕の魔力を補助して欲しいんだ」

「でも、ブレスレットが……」

「僕の腕にも同じブレスレットが付いてる。今魔法を使っているけど、僕は生きているよ。きっと、爆発するっていうのは龍人のフェイクだ。僕らに言うことを聞かせたかっただけだよ」


 確かに、私をイルカーダから連れ出した時、イーヴォはサミュエルの姿になっていた。あの時すでに、ブレスレットで拘束されていたのに。

 私の中でずっと引っ掛かっていた疑問はこれだったんだ。


 私の疑問が解消された時、いつまでも抱擁している私たちに苛立ちを覚えたジュダムーアが怒鳴った。


「いつまで待たせる気だ。早く生前贈与を!」

「僕の魔石は赤じゃないからすぐに隠して。いいね、シエラちゃん」


 シルビアの姿をしているイーヴォが体を離して微笑んだ。


「愛してます、シエラ」

「私も……愛してる」


 イーヴォが私の額にキスをした。

 目を閉じてそれを受け入れると、次に視界に映ったイーヴォの顔は、今まで見たこともないほどに穏やかだった。

 そしてネックレスのチェーンを引き上げ、胸元の魔石を両手で包みながら取り出し、祈りをささげる。


「神よ。私の祈りを受け入れたまえ。シエラの人生が慈しみに溢れ、たくさんの人に恵まれ、悲しみのない幸せな日々とならんことを。この言葉の真実のしるしとして、私の魔石を最愛なるシエラに生前贈与します」


 ……ありがとう、イーヴォ。


 イーヴォの祝詞のりとが終わる時、金色の光となった私の魔法が、涙と共に二人に降りそそいだ。






 生前贈与が終わると、再び両手を縛られたシルビアが退室して行った。

 イオラが連行した先は、極悪人が収容される三階の軟禁部屋。サミュエルの隣の部屋に入り扉を閉めると、汗を流すイーヴォが姿を戻し、壁にもたれておどけてみせた。


「はー、疲れた。僕の演技、なかなかでしょ?」


 魔石を失うと、その衝動で莫大な疲労感が襲う。

 わざと辛さを隠すようなイーヴォの言葉に、イオラが呆れて腕を組んだ。


「たいしたもんだな。それで、その能力でどれだけの悪事を働いてきたんだ」

「まあ、過去のことはいいじゃない。魔石のない僕は、二度と他人になりすませないんだから。シエラちゃん抜きではね」

「はぁ……詳しくは聞かないでおこう。それで、これからお前はどうするつもりだ。龍人とは距離を置くのだろう。シエラたちと共に動くのか?」


 ため息を吐くイオラが腰にぶら下げていた回復薬入りの瓶を掴み、気休めにと差し出す。それを受け取ったイーヴォが、一口にグイッと飲み干してへらへら笑う。


「へへっ、どうしよっかなー。僕、日ごろの行いが悪くてみんなから信用されてないから、行き場所がないんだよね。だからイオラさん、拾ってくれる?」


 人懐っこいイーヴォの笑顔に、イオラが顔をひきつらせた。




 軟禁部屋からひょっこり顔を出し、前室の騎士に退室を命じるイオラ。騎士がいなくなったことを確認すると、首をかしげているイーヴォの首根っこをつかむ。

 嫌な予感を敏感に感じ取ったイーヴォが大慌てで訴えた。


「ちょっと待ってちょっと待って! それはまずいって、すぐ殺されちゃうよ僕!」

「大丈夫だ。私が面倒をみる。葬式のな」


 足を踏ん張って嫌がるイーヴォをズリズリ引きずり、イオラは隣の部屋へ向かった。

 

「それは大丈夫って言わないよ! サミュエルはずっと前から僕のことを殺したがってるんだから本当にまずいんだって!」

「なぁに、利用価値のあるやつを殺すほど馬鹿じゃあるまい」


 イオラがはじめてイーヴォに笑いかけた。


「お前は、私に拾って欲しいんだろう?」


 悲鳴を上げるイーヴォをよそに、足取りの軽いイオラが扉の鍵をまわした。

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