第127話 シエラの策略

 サミュエルの軟禁部屋を後にした私と龍人は、厨房を目指して薄暗い城内をとぼとぼ歩いていた。


 二人の靴音だけを聞いているうちに、徐々に不安が増していく。沈黙に耐えきれなくなった私は、突き動かされるように龍人へ話しかけた。


「ねえ、龍人……。イーヴォはどこにいるの?」

「イーヴォ? なんで?」

「夕方、イーヴォにもシチューを持って行ってあげる約束をしたの」

「えぇぇっ⁉」


 龍人が足を止めて大きな声を出した。私がビクッと飛び上がる。

 チラッと私を振り返った龍人の横顔は、かなり不機嫌そうだ。


「イーヴォにも? ちゃっかりしてるなぁ、本当に要領が良いんだから。あいつのしたたかさには、さすがの僕も敵わないね。イーヴォも僕の研究室にいるよ。なんでも、小さい頃からの夢を叶えるんだってさ」

「夢?」


 龍人は、私がイーヴォにシチューを持って行くことが面白くないらしい。先ほどの不気味な様子から一変、唇を尖らせて歩き出した。


 話しながら薄暗い廊下を歩いているうちに厨房へたどり着いた。

 中では数名のライオットたちが後片付けに追われており、食器のぶつかり合う音や水の流れる音に活気を感じ、安心感が漂う。

 そこには、私がシチューを作るときに隣にいたおばさんもいた。

 あの人にお膳を返さなきゃ。


 暗号が描かれた紙を見られるとまずいので、龍人には扉の前で待っててもらうことにした。


「龍人はちょっとここで待っててね。シチューをあっためたらすぐに来るから」

「はーい」


 イーヴォの件でふてくされている龍人を扉の前に置き去りにし、私は挨拶をして厨房へ入って行った。そして挨拶を返すおばさんにまっすぐ歩み寄り、持っていたお膳を返す。おばさんの視線が、お皿の下からわずかに角をのぞかせる紙に移った。

 私は、おばさんのさりげないアイコンタクトで確信を持つ。


 ……シジミちゃんの絵を忍ばせたのは、やっぱりこのおばさんだったんだ。


 ライオットのおばさんが伝言に協力してくれたと言うことは、やはりユーリが地下に潜入していると見て間違いない。であれば、婚約の日取りが決まった今、一刻も早くユーリと会って話をしなくては。

 しかし、常に龍人かイーヴォが私を監視している。どうやって地下へもぐりこんだらいいだろう。


 考え事をしながら龍人とイーヴォの分のシチューをよそっていると、ライオットの男の人が龍人に話しかけているのに気が付いた。


「あぁ、龍人先生! 良い所に。同じ部屋のやつがちょっと風邪っぽいって言うんですよ。急がないので、もしお時間があれば後で来てもらえますか?」


 下働きが生活している地下はジメジメして室温も低かった。あんな場所で生活していれば体調を崩すのも納得できる。


 しかし、これでも龍人が来てからは栄養状態に配慮されるようになり、かなりみんなの健康状態は改善したそうだ。厨房のおばさんが言っていた。だから、サミュエルの読み通り、ここで龍人の信頼が厚いのも事実だろう。


「それは心配だね。分かった、食事の後でお伺いするよ」


 龍人の返答に、ライオットの男の人は嬉しそうな顔をして去って行った。同時に、私の中でピーンと勘が働く。


 ……今、後で行くって言った?


 それについて行けば、上手く行ったらユーリと会えるかも。

 でも、どうやって? もう少し考える時間が欲しい。

 ……とりあえず、一緒に食事をしながらチャンスを見つけよう!


 私は三人分のシチューとパンを用意した。

 しかし、流石に三人分だとお皿がおぼんからはみ出て乗りきらない。

 困った。


「あれ? 三人分用意したの?」

「う、うん。私も一緒に食べたいなって……えへへ」


 実際、龍人のせいでお腹が空いた。

 私もジャウロンのシチューが食べたいし嘘ではない。


 そんな下心があるとは知らない龍人が、「シエラちゃんと一緒の食事か」と言って嬉しそうにしている。そして、パンのお皿だけを私に渡し、シチューが乗ったおぼんを持ってくれた。





 龍人の研究室。

 私がここに来るのは初めてだ。


 扉をくぐる時、薬草を燻したような、香ばしい匂いが鼻へ届いた。イーヴォと同じ匂いだ。

 そして視界に飛び込んできたのは、天井まで届く棚とそこに並ぶ実験器具や薬品、あちこちに積み上げられた本や書類、実験途中らしいビーカーや試験管。

 見慣れない物が壁、床、机を埋め尽くし、ここだけ別の世界のようだ。


 部屋の奥に目を移すと、瓶が並ぶ長机で薄い紫色の髪のイーヴォが作業をしていた。


 私は近くの机、といっても散らかっていてほとんど場所はないが、かろうじて物が置けるスペースにおぼんを置いた。


「イーヴォ、一生懸命なにをしてるの?」


 ずいぶん集中しているのか、私の声かけにも気づく様子が無い。

 イーヴォの真剣な眼差しの先にあるは、両端にお皿がつるされた金色の天秤。白く細い指がつまむスプーンで、白い陶器製のすり鉢から粉をすくう。


 私は横に近寄って、興味深く作業を見つめた。

 少し癖のある柔らかな髪に縁取られた中性的な横顔。イーヴォが息をひそめ、慎重に粉を天秤へ乗せていく。


 ここで私がフッと息を吐いたら、粉が飛んで行ってしまいそうだ。

 私もつられて息をひそめる。


 天秤が釣り合った時、何かに納得してうなずいたイーヴォが体を起こし、やっと隣の私に気が付いた。


「わっ! シエラちゃん。いつからいたの?」

「ついさっきだよ。イーヴォ、何を作ってるの?」

「えっとね、これは漢方薬だよ」

「お薬を作ってるの?」

「うん。僕が小さい時、お父さんと世界中の植物を集めたんだけど、お父さんが死んだあとにバーデラックに横取りされちゃったんだ。それがそのままここにあったんだよ」


 私はイーヴォと初めて出会った時を思い出した。ユーリの姿で私たちの前にあらわれた時だ。


 ————僕は病気で苦しんでいる人をたっくさん助けたい。僕の作った薬で!


「もしかして、私と初めて会った時に言っていた夢のこと?」

「覚えていてくれたんだ! やっぱりシエラちゃんは優しいんだね」


 たき火の前で夢を語っていた時と同じ、キラキラしたイーヴォの可愛らしい笑顔が私の胸を打つ。


 ……あの時一瞬見せた寂しげな表情は、薬草を取られて夢を諦めていたからだったんだ。


「夢が叶って本当に良かったね、イーヴォ!」

「えへへ、ありがとう」


 イーヴォがほんのり頬を染めた。

 ところで、この薬を用意したのって……まさか龍人なのかな?


 龍人は、トワの見た事を映像として見ているはず。だから、イーヴォの夢のことも知っていることになる。


 やっぱり龍人は良い人なんじゃないのかな。

 となると、さっき言っていた「エルディグタール城が崩壊しても」って、私たちのための計画……?


 考えている私の耳に、龍人の不機嫌な声が聞こえてきた。


「もー、二人とも。僕を抜きにイチャイチャしないでよ。早くご飯食べよう?」


 私とイーヴォが同時に振り向くと、三人分の飲み物を持ってきた龍人が子どもっぽく頬っぺたを膨らませていた。その様子に、私とイーヴォが顔を合わせて笑う。

 気持ちが緩んだ私は、つい本音を漏らした。


「もー、龍人ってば、コロコロ変わりすぎて百面相みたい。どれが本当の龍人か分かんなくて疲れたよ」

「大体シエラちゃんが絡んでる時は嘘ついてないから、今の龍人は本当の龍人だよ」

「そうなの? じゃあ、さっきの怖い龍人はやっぱり嘘なのかな」

「怖い龍人? なにそれ、龍人ってばシエラちゃんを怖がらせたの? 本当にひどいヤツだね。知ってたけど」


 イーヴォが肩をすくめて下唇を出し、おどけて見せた。

 それが面白くて私がケラケラ笑う。

 こうやって笑うのなんて、何日ぶりだろうか。


「やだなぁ。嘘なんてつかないよ。また二人とも僕のことを誤解してるでしょ。僕はいつもいたって紳士なのに」

「紳士ぃ⁉」


 私とイーヴォの驚く声がそろい、そして笑った。


「もー! いいもん。二人が食べないなら、僕がみんなの分のシチューも全部食べちゃうから。いっただっきまーす」

「あ、だめ、食べる食べる!」


 私とイーヴォも散らかった食事の席につく。

 そして、シチューを食べながら子どものように拗ねる龍人を見た私は、良いことを思いついた。

 やるなら今だ!


「ねえ、イーヴォが頑張ってる姿がとっても素敵だったから、龍人の仕事も見てみたいな」


 イーヴォがポッと頬を赤らめ、龍人がキョトンとした。


「え? 僕の仕事?」

「この後、地下に行くんでしょ? 龍人の頑張ってる姿も見せて。お願いっ!」


 私は顔の前で手を組み、目を潤ませて龍人を見つめた。いつだったか、トワに好評だった表情だ。


 私と目が合った龍人が、ガシャンとスプーンをお皿に落とし、下を向いて顔を手で覆った。


 ……あれ、なにかまずかったかな。


 作戦の失敗を危惧していると、困った顔の龍人が指の隙間から私を見て言った。


「……良いよ」

「ほんとっ⁉」


 今日中に、ユーリと会えるかもしれない!






同時進行中

作者:田中龍人 日記

https://kakuyomu.jp/works/16816452219517599517/episodes/16816452219718694620

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