第36話 女は度胸
※お知らせ
お時間がある方は、サミュエルのスピンオフ【6年の時を経て、俺は今両親の敵を討つ】をご覧いただいてからこちらの本編36話に戻ってくると、さらに楽しめるかと思います。よろしければ見てみてくださいm(_ _)m(読まなくても話は通じるのでどちらでも大丈夫です)
https://kakuyomu.jp/works/1177354054967899326/episodes/1177354054968347561
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私は気合いを入れてパシーンと勢いよくタオルを肩にかけると、勇ましい足音を立てて浴室を出た。そして、トワを後ろに引き連れて、みんなが集まっている居間へと向かう。
居間では、サミュエル、アイザック、ユーリ、それにイーヴォがお茶のテーブルを囲んでくつろいでいた。私は「温泉はどうだった?」と呑気に聞いてくるユーリを通り過ぎ、サミュエルの前に歩いていく。
そして、でんっと仁王立ちになって、高らかに声をあげた。
「お父さん!」
ぎゃ! いきなり間違った!
落ち着け、私!
意気込み過ぎて、思っていることが口から出てしまった。
私は自分自身にびっくりして口に手をあてる。ユーリもギョッとしてかたまっている。
湯上りで血行の良くなった私の頬が、恥ずかしさでさらに真っ赤になった。湯気が揺らめく頭を落ち着かせるために、一度咳払いをしてから再び話し出す。
「ゴホン……サミュエルに話があります」
チラリと見えたトワが拳をにぎり、私を応援してくれる。笑顔でうなずくトワに、私もドキドキしながらうなずき返した。
ここまできたら女は度胸。
正直に気持ちをぶつけよう。
私とトワの様子を見ていたサミュエルが、なにをしでかすのかと警戒するように目を細めた。
しかし、そんなことは気にしない。私は口から飛び出そうな心臓を飲み込み、ビシッと指をさして勢いよくサミュエルに問いかけた。
「あなたは、私のなんですか⁉」
「はぁ? なんのことだ?」
サミュエルは、塩を入れ過ぎたクロムオレンジ天然水を飲み干したかのように顔をしかめた。
アイザックが呆気に取られ、その横でユーリが「シエラの得意な鉄砲玉か?」と呟きながらヒヤヒヤし、イーヴォはキョトンとした顔で様子を伺っている。
サミュエルがなんだか怖い顔をしているが、覚悟を決めた私はそんなことで
「今日だけはしらばっくれてもダメだから、正直に言ってねっ。三人寄れば……もにょもにょ……なんだから!」
「おい、トワ。こいつに何を吹き込んだ?」
「文殊の知恵よ」と私に囁くトワを睨んだサミュエルが、いったん気持ちを落ち着かせるかのようにお茶を口に含んだ。
「何も吹き込んでなんかないわよ。シエラちゃんがサミュエルのことを自分のお父さんなんじゃないかって思ってるから、直接聞いてみましょうって言っただけよ」
トワが「ね、シエラちゃん」と私を見ると、サミュエルがお茶を噴き出した。
「ブッ……! な、なんだって、父親⁉」
「だって、サミュエルが私を孤児院に連れてきたんでしょ。それに、今までのことを色々考えていたら確信したの。もう分かってるから、本当のことを教えて!」
私はこれ以上絞れないくらいに勇気をふりしぼって言った。興奮しすぎてフーフー肩で息をする。トワが「よく言ったわ」と囁き、震える拳をそっと包んでくれた。
「ありがと、トワ」
いつも優しいトワに、ちょっとだけ肩の力が抜ける。
サミュエルはめまいがしたように頭を抱え、「勘弁してくれ」と呟いた。そして言葉を選んでいるのか、戸惑いがちに私に向かって言った。
「あー、悪いが……俺はお前の父親ではない」
「そう、父親ではな……えっ! 父親ではない⁉ うそっ!」
そんなばかな。
絶対サミュエルが父親だ。
証拠だって沢山そろっているんだ。
「俺はまだ二十五歳なんだから、年齢的に無理があるだろ」
「え、サミュエルって二十五歳なの⁉ 嘘だ!」
「嘘ついてどうするんだ……」
見た目は三十歳くらいだが、もし本当に二十五歳なら、十二歳でお父さんになったことになる。
そりゃさすがに無理があるか…。
絶対間違いないと思っていた私の推理が、年齢を前にガラガラと音を立てて崩れていった。実年齢よりだいぶ老けて見えるサミュエルを恨みつつ、私は真相が遠ざかったことに半ベソをかき、がっかりとうなだれた。
そんな私の目の前では、サミュエルが意味ありげにアイザックに目くばせをしている。それにつられて私も視線をうつすと、アイザックの困ったような顔が見えた。
……そう言えば、アイザックがなぜ私のことを知っていたのか、まだ詳しい事情を聞いていなかったな。
アイザックを見てそんなことを思い出していると、サミュエルが私に向き直り、姿勢を正してから言った。
「いいか、お前の父親は」
「私の父親は?」
今度こそ本当の父親の名前が聞けるの?
この場にいる全員の視線がサミュエルに集中した。しんと静まり返る広い部屋の中に、外で遊んでいる子どもと、母親のリリーの声が聞こえてくる。
私は、ドキドキしっぱなしの胸を押さえ、前のめりでサミュエルの言葉を待った。
そして、サミュエルがゆっくり口を開いてその名を告げる。
「アイザックだ」
聞いた瞬間、雷が私のこめかみを貫いた。
ア、アイザックが父親⁉
まさか、サミュエルの両親を殺した男が私の父親だったの?
だから私を遠ざけようとしたの?
じゃあなんで、アイザックじゃなくてサミュエルが私を孤児院に連れて行ったの?
私は処理能力の限界にガシガシ頭をかいていると、私の耳に、ユーリの「ほらやっぱり!」と言う自慢げな声と、アイザックの「私は父親ではない」と言う戸惑いの声が同時に聞こえてきた。
全員の視線がアイザックに集中する。
……ん? 今、父親ではないって言った?
もう訳がわからない。
サミュエルでもアイザックでもないのなら、私の父親は一体だれ⁉
コロコロ変わっていく情報に、私の脳みそが焦げついてパンクした。めまいを感じていると、父親候補一位だったサミュエルが、驚きと疑いの入り混じった顔でアイザックを指さした。
「おい、冗談はよせ。シエラはお前の娘だろ。父親ではないとはどういうことだ?」
「私はシエラの命を守ったがそれだけだ。父親は別にいる」
困り顔のアイザックが言った。
「はぁ⁉ 嘘だろ……。俺は十三年間ずっとお前が父親だと思ってたんだぞ」
サミュエルが目に手を当ててぐったりと背もたれに寄りかかり、後ろにのけぞった。
私よりショックを受けるのはやめてほしい。後ろにのけぞりたいのはこっちの方だ。
「そういえば、サミュエルには言ってなかったか」
少し申し訳なさそうにアイザックが説明を始める。
「軍の隊長に任命されるまで、私はシルビアの護衛をしていたんだ。彼女が七歳の時からだ。護衛を離れたあと、私は婚姻前のシルビアが身篭っていることを知った。しかし、それは到底許されることではないとすぐに分かった。私は小さい頃から面倒を見てきたシルビアが、みすみす目の前で殺されることが受け入れられず、彼女を助けるために危険を承知で城を抜け出した。そして向かったのは、唯一知っているお前のところだったと言うわけだ。まあ、そこにいるのは私の兄だと思っていたんだが……。それが真実だ。シルビアの手助けはしたが、私は父親ではない」
「マジかよ」
サミュエルは意気消沈し、ぐったりしてうつろな目でアイザックを見た。
サミュエルがなんでそこまでショックを受けているのか気になるけど、それよりもっと詳しいことを知っていそうなアイザックの言葉の方が気になる。
新しく出てきた、シルビアって人は何者なんだろう。城で護衛がつくほどの人物って……?
それに、命を狙われるほどの罪って……。
私は真相がすぐそこにあることを感じ、全ての秘密を知っていそうなアイザックに詰め寄った。
「アイザックは、本当のことを知ってるんでしょ。だったらもっと教えて。私の両親のこと!」
鬼気迫る私に、茶化すようなイーヴォが小さく口笛を吹いた。
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