第37話 真実の天秤

「本当のことを知ってるんでしょ。だったらもっと教えて。私の両親のこと!」


 私は両手でバンッとテーブルを叩いた。

 その行動に、一度驚いたような顔をしたアイザックだったが、すぐに表情を崩してフッと笑っう。


「シエラはたくましく育ったんだな。私も、魔石がないままいつまで生きていられるか分からない。だから、私が死ぬ前にシエラに両親のことを伝えたいと思っている」

「ほんとっ⁉」


 アイザックの色よい返事に、私は喜びで胸を躍らせた。

 しかし、次の一言ですぐに現実に引き戻される。


「ただ……」


 ただ……そのあとに続くのが、いい言葉であったためしがない。

 一抹の不安を感じつつ、きらりと目を光らせるアイザックを見て固唾を飲んだ。


「興味本位で聞くのならすすめない。事情を知ってしまえばシエラが辛い思いをするかもしれないし、もしかしたら周りの人を傷つけたり、失ってしまうかもしれない。それでも聞く覚悟はあるかい?」

「周りの人って、例えば、ユーリとかお母さんとかっていうこと?」

「そうだ」

「なんで、みんなが傷つくことになるの?」


 ちっぽけな私がそんなに影響力があるとは思えない。


 私の問いに、アイザックは答えなかった。

 その代わりに、違う質問を投げかけてくる。


「シエラはどうして自分の両親のことを知りたいのかな?」

「どうしてって……」

「知って仕舞えば、もう元には戻れないかもしれないぞ」


 私はすぐに返事ができなかった。

 

 私は今のままでも十分に幸せだ。

 ユーリも、お母さんも、孤児たちもいる。それに、今はトワとサミュエルも。はたして、この人たちを失ってまで私は両親のことを知る必要があるのだろうか。

 ……でも、ここで聞かないと、二度と知る機会が訪れないとしたら。


 どうしよう。


 簡単に決めて良いことではない。

 私が本当のお母さんの存在を知ったことで、育ての母との関係が変わってしまった。それは悪い方向ではなかったけれど、次も良い方向に変わるとは限らない。


「ちょっと……一人で考えさせて」


 二つの選択肢に挟まれて答えを出し切れず、みんなを残して一人家を出た。

 ユーリとトワが心配そうに私を見送る。


 外に出て庭先を通ると、リリーの足元で子どもたちがぐるぐる回って追いかけっこをしていた。優しく子どもたちを見守るリリーの表情が、私の胸を締め付ける。


「私も、本当のお母さんがいたら、あんな感じだったのかな」


 幸せそうな親子が眩しく、家から少し離れた木陰から様子を眺める。しばらくして親子が家の中に入って行くのを見届けた私は、一人ポツンと膝を抱えた。

 そのまま誰もいなくなった庭先をボーっと眺めていると、駆け足でこちらに向かってくるユーリの姿が見えた。


「シエラ、大丈夫か?」

「ユーリ……」

「一人で思いつめてないかと思って来ちゃった」


 息を切らせたユーリがペロッと舌を出した。


「どうせ俺たちが傷つくって言われて悩んでるんだろ? 聞いてやるから話してみろよ」

「はぁ、ユーリは本当に私のことはお見通しだね」


 すぐに心を見ぬくユーリに、私は呆れ顔で笑った。


「一気に色々あって疲れたと思うからさ、気分転換に散歩しながら話さないか?」


 ユーリに促され、私は誰もいない森の中へ入って行った。

 お昼を過ぎた森の中は、湿度が高く木の香りが充満している。

 その香りを味わうように、深く息を吸い込んで上を見上げると、緑のベールの隙間から太陽が私をのぞいていた。

 半乾きの髪の毛が、そよそよと風にそよいで心地いい。

 

「で、何を考えてるんだ?」


 アイザックの家が見えないところまで来ると、ユーリが切り出した。

 私はいつも通り優しい兄に甘え、自分の考えを整理するためにも思っていることを素直に話し始める。


「私、どうしたらいいのかな。難しくって分からない。孤児院でお母さんに『本当のお母さんがいる』って聞いたときも、何かが変わった気がして、もう何も知らなかった頃には戻れないんだって感じたの。それに、もしユーリやお母さんが傷つくようなことになるなら、聞かない方がいいに決まってる。でも、アイザックがいなくなれば、私の両親のことを知っている人が誰もいなくなっちゃうんだって思ったら……」

「うん、シエラの気持ち、わかるよ。でもな、そんなことで悩んでるんなら思い切って聞いちゃえよ。本当のことを知ったって、俺は今までと何も変わらない。俺とシエラは、そんなことでだめになる絆じゃないよ。シエラだってそう思うだろ?」

「……うん!」


 ユーリが力強く言い切った。

 それにこたえて私も力強くうなずく。


「それに、真実を知ったことで何か危険がおきたって、俺がみんなを守ってやるさ」

「ユーリってば、本当に頼もしくなったね」


 嬉しくなってフフッと笑う私に、「前から頼もしいの間違いだろ」とユーリが小突いた。そして、へへへっと恥ずかしそうに笑ってから、仕切りなおすように質問をしてきた。


「で、シエラはなんで両親のことを知りたいのか、考えてみた?」

「うん……。私って、今まで生命の樹から生まれたと思ってたじゃない? そのせいで、自分だけ髪の毛が白っぽいのがずっと嫌だったし、人間の両親から生まれれば、どれだけよかったかって自分の運命を呪ったこともあった。だから、私にも人間の両親がいるんだって分かったとき、すごく嬉しかったんだ。宙ぶらりんで不完全だったけど、自分のルーツがきちんとあるかもしれないって知っただけで、私は生まれてきても良かったんだって思えたの」


 ユーリは黙って私の話を真剣に聞いてくれた。


「それに、このネックレス……」


 私のことを良く分かってくれるユーリなら、きっとこれを見て喜んでくれるだろう。そんな期待と共に、服の下にあるアイビーのネックレスを取り出した。


「シエラ……これって」

「私の本当のお母さんがくれたものなんだって。何かの理由で育てられなかったけど、これを見たら私を愛してくれていたのかもしれないって感じたの」

「これが、シエラのお母さんのもの?」

「そう!」


 ユーリが私のネックレスをまじまじと見てネックレスに触れた。

 私は「良かったな!」と言ってくれることを期待していたが、いつまでもその言葉が出てこない。


 ……あれ、ユーリ、喜んでくれてないのかな。


 私が疑問を感じていると、ユーリはハッとした顔をして何かに興奮したように口角を上げた。


「……そうか、わかった。わかったぞ! これはすごいことを知ってしまった」

「わかったって、何が?」


 私の質問にユーリは答えなかった。


「ユーリ?」


 何かがおかしい。

 異変を感じた私は、すぐにユーリの服をめくってお腹を見た。

 しかし、そこにあるはずのジャウロンの絵がない。


「まさか……あなたはイーヴォ⁉」

「ごめんね、シエラちゃん。君に恨みはないよ。でも僕にも譲れないものがあるんだ」


 なんでここにイーヴォがいるの?

 ジュダムーアの仲間は辞めたって言ってたのに、なんでまた私をだますようなことをするの⁉


 まだ何か言っている声が聞こえていたが、甘い香りがして目の前が良く見えなくなってくる。


「どうし……て……!」


 にやりと笑うイーヴォの顔が、徐々にかすんで見えてくる。

 

 ……このままじゃやばい!


 危険を感じた私は必死に意識にしがみつき、最後の力を振り絞って天に向けて光を放った。指先から青い光が飛んでいく。


 その直後、抵抗できないほどまぶたが重くなり、目の前が真っ暗になった。

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