6年の時を経て、俺は今両親の仇を討つ

中村 天人

前編

 俺は、これからかたきを討つ。


 もちろん、まだ人殺しの経験はない。

 ただ、目の前で人が殺されるのを見た事はある。


 俺の両親だ。

 

 6歳の時、突然やってきたこの男に殺された。

 だから今度は、俺がこいつを殺してやるんだ。


 12歳になったサミュエルの前には、自分の家の硬い床で座りながら寝ている銀髪の男がいた。

 長旅の疲れのせいだろうか。普段ならあり得ないが、殺気を隠しもしない子どもが斧を持って近づいてきたのに、全く起きる気配がない。

 サミュエルは、運が味方したのだと確信した。そして、左目で男を冷たく見下ろして、大きく振りかぶる。


 暗闇の中、月明りを反射する斧が光った。




 6年前。


「お父さん、見て見て! 僕も魔法が使えるようになったよ!」


 サミュエルがパチンと指をならすと、指先からパチパチと火花が飛び散った。

 父のサルバドールがそれをみて驚く。


「お、すごいな、サミュエル! 父さんは7歳の時だったのに、もう火を起こせるのか? こりゃあきっと大物になるぞ!」

「やったぁ! 僕、お父さんみたいな魔法使いになって、立派なお兄ちゃんになるんだ!」

「あらやだ、火を起こす練習は家の外でっていつも言ってるじゃない。その辺に燃え移ったらどうするの?」


 お腹の大きい母のミュゼットが、洗濯物を抱えて2階から降りてきた。「しょうがないわね」と言いながらも、その顔はかわいいわが子の成長を喜んでいるようだ。


「大丈夫だよ、気を付けて練習するから。それよりも見て! 僕、上手くできるようになったんだよ!」


 父に褒められて嬉しくなったサミュエルは、母にも自分の成長を見てほしくて、再びパチンと指をならした。

 上手くコツをつかんだ指先からは、先ほどよりも多く火花が飛び散っていく。


「あ、こら! だめよ!」

「うわぁっ!」


 ミュゼットが止めようとしたときにはもう遅かった。

 散った火花が、運悪く洗濯物に燃え移ってしまった。母が思わず洗濯物を投げ捨てると、火はあっという間に木造の小屋に燃え移った。


「サミュエル、ミュゼット、けろ!」


 サルバドールが大慌てで杖を取り出して、燃え盛る火に向けた。


「セレスト!」


 杖の先から水が飛び散り、すぐに火は沈下した。

しかし、床や壁が黒く焼け焦げ、あたりは一面水浸しだ。

大事になる前に火が消えて安心する両親とは対照的に、サミュエルは自分のしたことが恐ろしくなり、泣き出してしまった。


「うぇぇぇぇぇ」

「サ、サミュエル、泣くな。大丈夫だ。こんな小さなボヤ、父さんがすぐに直してやるから」


 息子を安心させるように笑顔を見せて再び杖を構えると、「ウィスターリア!」と言って杖から薄紫の光を放った。雪のようにキラキラ光が降り注ぐと、床と壁の木が時間をさかのぼっていった。そして、黒く焼け焦げたところが元の木の色へと姿を戻し、消火でまき散らした水も消えていった。


「ほら、すぐ直っただろ?」

「うわぁ、ありがとう! お父さんってやっぱりすごいな。なんでもできちゃうんだもん」


 そう言って羨望のまなざしを父に向けた。

 そんな息子に見栄を張り、額に汗をにじませるサルバドールは疲れを見せないように椅子に座り込んだ。


「サルーったらそんな大掛かりな魔法を次々に使って。馬鹿ね……」

「馬鹿っていう方がバカなんだぞ」


 子どものようにサルバドールが口を尖らせた。

 仲睦まじい夫婦のやり取りを見て、サミュエルが声を立てて笑った。


「さあさあ、良い子は外で遊んでらっしゃい」

「はーい!」


 なんとか父の威厳を保とうとする夫に、クスクスと笑いを漏らしながらミュゼットが洗濯をしに川へと出かけていった。


 サミュエルは、人里離れた山奥にポツンと建つ、この小さな山小屋が大好きだった。

父が立てた山小屋は、親子3人で暮らすと少し狭いくらいだし、近くに華々しい商店街や子どもが好む遊具はなく、まわりを取り囲む芝生と森があるだけだ。しかし、両親がいる。それだけでサミュエルは幸せだった。

そして、親の愛情をたっぷり受けて、すくすくと育っていった。


 この日までは。




 サミュエルは、友達である白い小鳥を肩に乗せ、元気よく外へ飛び出して行った。


「シジミ、行くぞ! 今日は大蛇を仲間にするんだ!」


 森の中に入っていくと、銀髪の見知らぬ男がサミュエルの前に現れた。

 鎧を身に着け、立派な剣を腰に差している。

 男は柔和な笑顔で語りかけた。


「こんにちは、坊や。この辺にサルバドールさんって人がいるって聞いたんだけど、知ってるかな?」

「おじさん、だれ?」

「私はアイザックと言ってね、この国の兵隊をしているんだ」

「えっ兵隊さん? じゃあ、おじさんはこの国を守ってくれてるんだね!」

「そうだよ。それで、ちょっとサルバドールさんに用事があって訪ねてきたんだけど」

「わかった! 案内するからついてきて」


 サミュエルは、アイザックが自分の父と同じ銀髪だったせいか、出会った時から親しみを感じていた。それに、強さの象徴でもある兵隊に、少年らしく微かなあこがれも抱いた。その兵隊を自分が案内できることを名誉に感じ、サミュエルは元気に小屋を目指して歩き出した。


「ここだよ、おじさん! お父さん、お客さんがきたよ」

「お客さんだって? こんなところにお客さんなんか……」


 そう言いながら出てきたサルバドールは、アイザックを見ると目を見開いて固まった。


「お前……」

「会いたかったよ、兄さん。こんなところで何をやっているんだ。みんな心配しているんだよ? 噂で魔力を持たない人間と結婚したなんて聞いて、生きた心地がしなかったんだ。さあ、一緒に帰ろうよ」

「おじさん、お父さんの弟なの?」


 サミュエルがそう言うと、アイザックは冷たい目で見下ろした。


「サミュエル、そいつから離れろ!」

「本当に残念だ。この子は兄さんの子どもなんだね。黒い髪なんて、魔力を持たない人間の色じゃないか。魔力があれば、兄さんと同じ銀色の髪をしているはずなのに。どうしてこんな馬鹿げたことをしてしまったんだ」


 魔法使いは、魔力の量によって髪の色が白くなっていく。サミュエルの黒髪は、サルバドールとは違う血が混じっていることを証明していた。


 アイザックは怒りで顔をゆがませ、サミュエルに杖を向けた。

 サルバドールも急いで杖を出し、すぐにアイザックに向けて閃光を飛ばした。閃光はアイザックの手の甲をかすめた。


「くっ……兄さん……」

「サミュエル!」


 サルバドールは、アイザックが怯んだ隙にサミュエルを抱きかかえて走った。


「兄さん……っ!」


 火傷した手を押さえながら、アイザックが憎しみを込めて名前を呼んだ。


「この子どものせいか。こいつが兄さんを狂わせたんだな」

「違う! 俺たちは間違っていたんだ。魔力があっても無くても、みんな同じ人であることには変わりない。それに、俺の妻は魔力が無くたって強くて素晴らしい人間だ。俺は妻を心から愛している。人間の間に壁はないんだ!」

「自分が何を言っているのか分かってるのか? 異人種間の婚姻は重罪だ。兄さんの貴重な魔力が子どもに伝わらず失われるんだぞ。それがこの国にどれだけの損失を与えるか。魔力も持たないゴミどものせいで、兄さんや、私たち家族が重罪人になってしまうんだぞ!」


 そこに、洗濯を終えた母が何も知らずに戻ってきた。


「ふん、あいつか。あいつが元凶だな」

「ミュゼット、来るな!」


 妻の姿を見つけたサルバドールが叫ぶが、お腹の大きいミュゼットが異変に気が付いたころには、もう逃げることもできなかった。

 焦るサルバドールの杖から閃光が放たれるが、先ほどと同じ攻撃は軽くかわされ、今度は反対にアイザックがミュゼットめがけて閃光を放った。


「きゃあっ!」


 一言だけ叫び声をあげたミュゼットは、その場に倒れて動かなくなった。

 芝生には、虚しく洗濯物が散らばっている。

 サミュエルは、父の腕の中で母が殺されるのをだまって見ていた。


「ミュゼット……!」


 小さく呟くサルバドールは、射すような眼差しでアイザックを睨むとサミュエルから手を離した。


「サミュエル、すぐに父さんも行くから、お前は先に逃げなさい」

「お父さん……」

「早く!」


 父の叫び声に背中を押されるように、サミュエルは無我夢中で走り出し、森の中へと消えて行った。


 ––––お父さん、負けたりしないよね。お父さんはなんだってできるんだもん。


 父のすごさを知っているサミュエルは、父の勝利を確信しながら森の中からこっそり様子を見ていた。


 しかし、今日はいつもと状況が違う。

 つい先ほど、消火で大量の水をまいた上に、時間を戻す魔法で魔力を大量に消費したばかりなのだ。

 サルバドールはそのことに気が付いていたが、まだ幼いサミュエルはそれを知る由もなかった。


 サルバドールとアイザックが杖を構えながら睨み合う。

 ピーンと張りつめた緊迫感の中、アイザックが先に閃光を放った。サルバドールが体をひるがえして避けると、的をなくした閃光は飛び石が跳ねるように芝生を破壊しながら飛んで行った。

 サルバドールも閃光を放つが、またしてもアイザックが杖で軽く受け流す。


「兄さん、ここにいる間に魔力まで弱くなったのかい? 悲しいよ」


 じりじりと詰め寄るアイザックに、一歩ずつサルバドールがさがっていく。

 父が追い詰められていることが、嫌でもサミュエルに伝わった。


 ––––まさか、お父さんまで殺されてしまうの⁉ そんなの嫌だよ!


 母が倒れるのを見たばかりのサミュエルは、父が同じ目に合うのではないかと恐ろしくなり、森の中から飛び出した。


「お父さん!」

「来るな、サミュエル!」


 アイザックはにやりと笑い、サミュエルに向かって閃光を放った。

 サルバドールがそれを防ごうと急いで攻撃を繰り出すが、アイザックの放った閃光はサミュエルの頭に当たり、皮膚が割け血が噴き出した。


「そんな……! サミュエル! サミュエル……」


 よろけながら息子の元へ向かったサルバドールが、頭の右半分を撃ち抜かれて動かなくなったサミュエルを抱き起こした。


「もう手遅れだよ、兄さん。それしか魔力が残っていないんじゃ、もう何もできやしないだろ。生きているだけで精いっぱいのはずだ。さようなら兄さん。兄さんは今死んだ。もう二度と会うことはないだろう」


 アイザックが憐みの目を向けてからその場を立ち去った。


「サミュエル……」


 サルバドールはサミュエルの頭に手を当て、力の限り魔力を込めた。

 緑の柔らかい光がサミュエルの頭を包み、次第に傷が塞がっていった。サルバドールの顔には滝のような汗が流れ、目がうつろになっていく。

 サルバドールの力がつきかけたころ、サミュエルが意識を取り戻した。

しかし、右目だけは再生していなかった。


「……お、父さん?」

「サミュエル、気が付いたか」

「あれ、さっきのおじさんはどうしたの? やっぱりお父さんがやっつけたの?」


 父の勝利を予感したサミュエルが力なく微笑んだ。


「サミュエル、愛してる」

「お父さん? ……お父さん!」


 そう言ってサルバドールは動かなくなった。

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