物語の主人公
レックスは逃げるように砦を後にし、南へと向かっていた。
特に目的地はないが、一刻も早くあの場から逃げたかった。
勇者と魔族から少しでも離れたかった。
傷ついた体を引きずりながら、数日前に通った道を歩き、南へと戻っていく。
道中、レックスは戦うことが出来ない自分に気付いた。魔物を前にすると、足がすくんでしまう。前に出られない。剣を抜けない。戦おうとすると、ニヤけた魔族の顔がちらつく。戦うことが怖かった。
魔族との戦いで、レックスは自信だけでなく勇気も失っていた。
魔物を避けながら、グレースフィールドへと辿り着く。数日前、意気揚々と悪霊退治を成し遂げた町。あのときは輝いて見えた町並みも、なんとなく薄暗い気がする。自分が勇者であると疑わず、自信に道溢れていたあの時が懐かしい。
町に入るとすぐに宿をとり、疲れた体を癒す。
回復魔法のお陰か、3日ほどで魔族に蹴られた胸の怪我は治っていた。だが、どうにも気力が戻らない。
もはや、魔物と闘うことすら考えられない。魔族を討伐するなんてなおさらだ。レックスの心は死んでいた。
宿にこもって5日目の朝。コンコンとドアが鳴る。誰かがレックスを訪ねてきたようだ。レックスはベッドに横たわったまま、反応しない。
ガチャッ、とドアが開く。立っていたのは、神殿長であった。
「ご加減はいかがでしょうか、勇者殿」
レックスが怪我で伏せっているのが耳に入ったのだろうか、神殿長はレックスに声をかける。
「その呼び方はやめてくれ。オレは勇者ではない。勇者では……なかった。」
レックスはうつむきながらボソッと言う。
「そうですか……レックス殿、あなたの肩書がなんであれ、あなたはこの町の英雄です。我々は、あなたにとても感謝しています。それをお忘れなく。」
神殿長は微笑みながら言う。だが、レックスは浮かない顔をしている。
「オレは、魔族と戦って敗れた。オレでは魔族を倒せない。オレは勇者ではなかった。神殿長、なぜオレが勇者じゃないんだ? 勇者とは、何なんだ?」
なぜこんなことを聞いたのか、レックスにも良く分からない。だがレックスは、神殿長ならこの質問に答えてくれる気がした。
「そうですね、私がお答えしてもいいのですが……あなたは多分、勇者様がどういうお方なのか、よくご存じのはずです。本物の勇者様にお会いになったのでしょう?」
「だが、俺の知っている勇者は……」
答えようとしたレックスを神殿長が遮る。
「あなたがこれまで見てきた勇者様は、紛れもなく本物の勇者様でしょう。あなたがその目で見てきたもの、それは全て真実です。歴代勇者の伝記を『紛い物だ』と言った私の言葉を覚えていますか? まずはそれを受け入れなさい。」
レックスは神殿長の目をまっすぐ見つめながら、勇者の伝記の内容を思い返す。強い勇者が力で魔族を圧倒する。誰もが思い描く勇者の姿がそこには描かれていた。
確かに、少年心をくすぐる内容だ。しかし、なぜだろう。実際に魔族と戦った今では、伝記が薄っぺらく感じてしまう。
レックスは、その違和感の正体に気づいていた。そんなことはあり得ないからだ。
魔族は、人間が叶うような強さではない。実際に魔族と戦った自分だからこそ断言できる。人間は魔族に
レックスは唐突に理解した。だからだ。だから、アイツは勇者なんだ。
あの勇者は、自分の弱さを認め、仲間を頼っていた。
魔族に対して、自分の力で立ち向かうのではなく、仲間と一緒に、チームとして挑んでいた。
攻撃魔法を、あえて相手の攻撃を阻害するために使う戦略。相手の意表を突く、絶妙なチームワーク。徹底した役割分担。強い信頼感。
これが、勇者の強さだった。パーティーとして、仲間全員で立ち向かうから、彼らは強い魔族にも勝てたのだ。
レックスは『力こそが強さ』だと思っていた。だが、それは違った。人間より強い魔族には、力では勝てない。
勇者は弱い。だが、弱いからこそ魔族に対抗できる。弱いからこそ、最強なのだ。
レックスは、自分が勇者ではない理由を理解した。
そして、遂に認めることができた。自分には勇者の才能はないのだ、ということを。
神殿長が続ける。
「そして、自分では魔族を倒せないというレックス殿のお言葉。それは間違いです。あなたはきっと、この世界を救うお方。勇者様はあなたを必要としているはずです。」
レックスの目に光が戻る。
レックスは不意に立ち上がり、宿を出ていく。
町をあとにし、北へと向かう。
もう、レックスの心の中には恐怖はない。
自分一人では魔族には勝てない、だが、アイツと一緒なら……
一緒に戦えば、絶対に魔族に勝てる。根拠はないが、レックスは確信していた。
サカイ砦を抜け、さらに北へ向かう。
森を抜け、だだっ広い平原が目の前に広がる。遠くで、見覚えのある四人組が戦っているのが見える。相手は上位魔族。どうやら、苦戦しているようだ。
だが、レックスは微塵の恐怖も感じない。迷うことなく、彼らに向かって駆け出していた。
ーー数日後。
勇者と共に魔族と闘うレックスの姿がそこにはあった。
レックスは思う。
どうやら、オレは勇者ではないようだ。真の勇者は目の前のアイツだ。多分、アイツは魔族を滅ぼし、後生に伝えられる伝説となるだろう。神殿で読んだ、古の勇者の伝記のように。そこにオレの名前が載ることはない。オレは、物語の主人公ではなかったようだ。
物語の主人公にはなれなくても、世界はオレを必要としている。オレがいなければ、勇者は魔族を倒せない。自分には自分の役割がある。勇者と、仲間たちと一緒なら、平和を勝ち取ることだってできる。今ならそう信じられる。
勇者の傍らで剣を振るうレックスの表情は、これまでになく晴れやかだった。
俺は勇者じゃないらしい。でも勇者を名乗ることにした。 武井トシヒサ @ttakei
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