How much is it?

長月瓦礫

How much is it?


「人間っていくらで売れるか、知ってるかい?」


講義が終わる十数分前、師匠は私に問うた。

誰もが一度は子どもの頃に聞かれ、回答に迷う質問シリーズのひとつだ。


人間界に突如現れた『魔界』を取り扱う講義のはずだが、我らが先生は講義が終わる十数分前に、必ずこのような質問をする。


哲学的というか、奇才しか考えないような質問を投げかける。

その奇才っぷりに感銘を受けた他の学生から「師匠」と呼ばれており、私もそのように呼んでいる。

名前は最初の方に名乗ったはずだが、すっかり忘れてしまった。


しかし、これはどういう意図の質問なんだろう。

人体錬成でもするつもりなのだろうか。


「体を構成する成分だけなら五千円くらいなんでしたっけ?」


「成分だけならね。けど、スペックは人によるだろ?」


確かに能力差は個人によって違うが、なんだか機械の扱いに悩む人みたいだ。

まあ、具体的に聞いてきたからには、この人は値段を求めているのだろう。


「強いて言うなら、0円ですか?」


人には感情や魂があるから、値段はつけられない。

個性がそれぞれあるから、具体的な数値は分からない。


これが先生の喜ぶ模範解答だったのは確かだ。

当時の優秀なクラスメイトがそのように答えており、私は「なるほど」と思いながら感心していた。その言葉を何のひねりもなく引用しただけだ。


ただ、こんな道徳的な答えをこの人は好まない。

今のように普通の人なら思いつかないような、突飛なことしか考えていないのだ。

その答えも必然的にエグいものになる。


「一番高い値段をつけた奴がその問いの答えになるね」


ほら、身もふたもない答えが返ってきた。

当時の私に聞かせたら、どんな反応をするだろうか。

優秀だったあの生徒だったら怒っていたかもしれない。


「奴隷市場なんてそんなもんだよ」


ああ、ダメだこの人。道徳や倫理って言葉がまるで通じない。

この手の問題って奴隷とかそういうのは考えられていないはずなのに。

何でこう、混ぜっ返すような真似をするのだろうか。


「ていうか、見たことあるんですか。奴隷市場」


「特別に見せて下さったんだ。

とんでもないくらい危険なのは承知の上でね」


「自分がセリにかけられる感じですか」


なるほど、この人は『魔界』が抱えている闇を直接見てきたらしい。

さすが、自分の足で冒険してきただけある。

それだけ信頼も厚いということか。


「とんでもない。口だけ達者な奴はすぐに殺されておしまいだってよ」


彼は両手をひらひらと振った。

奴隷として使い物になるとかならないとか、それ以前の話だった。


師匠によれば、私たちの知らないところで人身売買は常に行われているらしい。

人間界から人をさらい、強制的に『魔界』で働かせているようだ。

もちろん、『魔界』にいる人々を拉致する例も少なからずある。


しかし、現状は前者の方が圧倒的に多い。

単純な肉体労働から始まり、富裕層の家事やら売春宿やら数え上げたらキリがない。


商売が成り立っている時点で、人間に値段が付けられる。

業者側は高く、買い手側は手頃な価格での取引が求められるのだろうか。


その対応に追われているのが、統治者である『悪魔』なのだから皮肉なものだ。

人身売買を行っている業者の方がよほど悪者だというのに、見事に立場が逆転しているではないか。


「喋るな話すなとにかく黙れって、かなりきつく言われたね」


両手の人差し指を交差させ、口の前でバツ印をつくる。

完全に理解できたわけじゃないけど、何かとうるさそうだもんな。

今みたいに変なこと聞いてきそうだし、公共の場では黙らせるに限る。


「まあ、取り締まりにかなり苦労してたみたいだけどね。

ルートが多すぎて、仕入れ先が分からないんだって」


「仕入れ先って……」


拉致しやすい人たちを狙っているんだろうけど、もう少し言い方を考えてほしい。

この人、大学教授に見せかけた人身売買の業者か何かなんじゃないの?

そう思われても仕方がない発言だ。


「かなり難しい問題ではあるんだけどね。

現実を踏まえた上で考えた場合、こういう解答だって許されてもいいと思うんだよなあ……」


「無理だと思いますよ。師匠の答えにドン引きする人が大半だと思いますし」


かくいう私もその一人だ。

慣れてしまえばなんてことはないんだろうが、本当に人を選ぶと思う。

どんなことをしてきたらそういう答えに行きつくんだろう。


そういえば、この鬼みたいな発想に耐え切れず、講義をドロップアウトした人が大半だと聞いたことがある。現に私以外に受けている学生はいないわけだし。

「確かにおもしろいはおもしろいけど、ライラってメンタル強かったっけ?」と同期生からも聞かれたくらいだ。


縛られない自由な発想力はうらやましいが、何も鬼になる必要はないだろう。

師匠の答えに呆れながら、終了の鐘が鳴り響いたのだった。


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