第32話 約束のキス
その後、食事を終えたジュドーが、そろって部屋へと引き上げると、
「ね、ね、もう一度君の口から、詳しく話して聞かせてよ!」
期待に声を弾ませる見習生達を追い返すわけにも行かず、渋々ながらもジュドーが詳細を報告すると、疑問の声が、あちらこちらから上がった。
「えー? あいつら聖竜石の力で追い払われたの? ベンジャミンは、竜騎士にこてんぱんにやっつけられて手も足も出なくなった
謝罪したのは主人であるライラに対してだな。俺にじゃねぇ。
そんな突っ込みが心の内で漏れた。
「ええ? 違うよ。ほら、竜騎士の強さに感服した
「えー? そーじゃないよ。ほらほら、最後の最後に、悪あがきにあらわれた闇王グリードを、こう、竜騎士がばっさり打ち倒して終わったんだろ?」
闇王グリードは、
「あいつ……どーいう報告の仕方をしてやがるんだ?」
突っ込みどころ満載である。ため息しか出ない。
「いーから、んなデタラメすっぱり忘れろ。頼むから……」
げんなりとしたジュドーの言いように、見習生一同が顔を見合わせる。
その後、見習生達と竜舎を訪れたジュドーは、自分の持ち竜の区画から出てきたユージンとばったり出くわした。
ユージンは、見習生に取り囲まれているジュドーに気が付くなり、不愉快そうに眉根を寄せた。目障りだと言いたげに。ジュドーとユージンの視線が交差し、二人の様子に気が付いた周囲がしんっとなる。
緊迫した空気の中、ユージンは、ゆったりとした足取りでジュドーに近づき、すれ違いざまに言った。
「……これだけは言っておく。俺は化石化した英雄なんぞ、へでもねぇからな。絶対ライラは渡さねぇ。覚悟しやがれ! 分かったな?」
そんな言葉を投げかけ、立ち去った。立ち去るユージンの後ろ姿を、ジュドーが眺めていると、見習生アレンが囁いた。
「あー、その。ユージンは多分、本気なんだ。ライラのこと……」
遠慮がちに言う。
「ユージンにとっては、ライラは、その、特別な存在みたいなんだ。口には出さないけど、みんな知ってる。だから、多分、さっきのは、本当、言葉通りなんじゃないかな。君と張り合う気なんだよ、ユージンは。伝説の竜騎士相手でも引く気なんかないんだね。ある意味、そこまでいくとほんと凄いなって、僕、思うけど」
ジュドーは、ユージンが立ち去った方角を眺め、次いで見習生達達と楽しそうに雑談しているライラの姿をみやった。「絶対、君、男達のやっかみの的になるよ」というベンジャミンの警告の真実性をかみしめながら。
その夜、ジュドーはライラと共にテラスに出た。
ライラの吐く息が白い。聖竜脈の回復と同時に、
貸し与えられた白いドレスを身にまとったライラはこの上もなく美しい。
ジュドーはその姿に眩しそうに目を細め、そう言えばシアは白が好きだったな、ふとそんな事を思い出す。
けれど、その意味はこの上も無く悲しい。赤い血は白いドレスに映える、なんて、そんなことを思っていたとは、ついぞ知らなかった。知らないことばかりだった。きっとシアの表の顔と裏の顔は天と地ほども違ったのだろう。
――ライラ、たくさんたくさん嘘ついたけど、でも、お前を愛した心だけは本当だったんだって、そう伝えたかったんだ。
ライラの声が耳に蘇り、ジュドーの口元に笑みが浮かんだ。
それでも、自分に向けられたシアの愛情は本物だった、そう信じたい。いや、シアを愛した自分の気持ちは本物だった……そう告げたいと思う。
さらりと流れるライラの黒髪に手を伸ばせば、
「黒髪はジュドー、好きか?」
おずおずとそんなことを言い出して、
「ん、まぁ……綺麗だと思う」
そう答えれば、ぱっとライラの表情が明るくなった。
――アシュレイはこれ、好きか?
自分の返答一つで、顔を輝かせるシアは今も昔も可愛らしい。本当、こういうところは変わっていないんだな。苦笑が浮かんでしまう。
そこではたと気が付いたライラが、
「そうだぁー、ジュドー! ライラ、しっかり覚えてるぞ! 百万回キスしてくれるって、ジュドー、言った! 今なら、だーれもいないぞ。約束守ってくれるな? ジュドー!」
ジュドーはライラの顔を見上げるも、ふとその表情が曇る。
どうして俺がライラを見上げているんだ? ジュドーはついそんな苛立ちを覚えた。また子供時代に逆戻りしたような妙な気分だ。子供扱いされたくなくて必死だったっていうのに、元の木阿弥かよ、そう心の中でぼやいてしまう。
ライラが不思議そうに首を傾げた。
「……どーしたんだぁ? ジュドー? だーれも人いないぞぉ? まさか、ライラにキスするのが嫌なのかぁー?」
「は? あ、ああ、いや、そうじゃなくて……」
ふいっと視線をそらす。
「いや、つい、な。何で俺はお前を見上げてるんだ? って思ったら気が滅入ってな」
「……見上げるとまずいのか?」
「ふつー、男は見下ろすもんだ」
ジュドーから沈鬱な溜め息がもれる。
「あー……ああ。背が低いこと気にしてるんだな?」
「まーな……」
自分の頭に手をやりつつぼやいた。
「……もーちょっと背、伸びねーかな? まだ一六だから可能性はあると思うんだけど」
「んー、まあなあ……。けど、ライラはそんな事気にしないぞ。大きくても、小さくても同じジュドーだぁ」
ライラがきゅうっとジュドーを抱き締める。
だから、俺は子供じゃねーって……ついそんな文句が漏れてしまう。抱きしめられるのは嬉しいが、子供扱いされているようで素直に喜べない。
「それに、ほら、気になるんなら、こうやって座ればいいんだぁー、ジュドー。そうすれば身長差なんか分からなくなるぞ」
ライラがジュドーの腕を引っ張り、その場に一緒に座り込む。目の前には、花のように微笑むライラの顔がある。ジュドーは笑った。か細いライラの肩を抱き、しっかりと引き寄せる。まるで今度こそ、二度と離さないとでも言うように。
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第一部完結しました。最後までお読み下さった方、ありがとうございました。
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もう一度巡り会えたら 白乃いちじく @siroitijiku
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