第31話 平和な朝

「しかし……四天王とやらは、その……聖竜脈に守護された緑の大地グリーンランドでも、えー……自由に動き回れるのか?」

「ええ、恐らく」

 不安げなシャルル国王に向かって、ベンジャミンがきっぱりとそう言い切った。

 緑あふれるテラスで、そろって優雅な朝食の一時だ。

 聖竜脈が正常化され、既に雪解けが始まっており、至って平和な光景が広がっている。各地で起こっていた魔物の被害の報告も、この先なくなるだろう。

 しかし、シャルル国王は気が気では無い。

 不安を拭い切れ無かった国王が、ぐっと身を乗り出した。

「な、なら、完全に安全というわけでもないのだな? こ、この先、わ、わ、わしが、い、い、命を狙われるというような事も……」

「はあ、そうですね。絶対にないとは言い切れませんが、陛下が狙われる理由は今のところ思い当たりませんし、してもしょうがないような心配は、するだけ無駄かと思いますが……」

「ちょ、ちょい待て。お前、少し無責任すぎやせんか? もう少し対策を、だな……」

「はあ、でしたら、腕利きの王宮魔法士メイジに、陛下の護衛をするように命じたら如何です? 魔法士メイジであれば、陛下の寝室に結界を張り巡らせて、転移による侵入を防いでくれるはずですから。ただ、結界の外から力尽くで、堂々と入ってこられたりすると、これまた意味ありませんから、あいつらを追い返せるだけの腕を持った者が傍にいないと、やはり無意味ですかね。やー、四天王を追い返せるだけの実力者……。ちょっと難しいですねー、はっはっはっ!」

 国王が目を剥いた。

「だから、待て! なんで、お前は、そう他人事というか、妙に嬉しそうなんだ?」

「いやですねー、陛下。別に喜んでなんかいませんよ。それとも僕が陛下の不幸を喜ぶような何かに、心当たりでもあるんですか?」

 心当たりがありまくったが、あえて国王は押し黙った。苦虫をかみつぶしたような顔である。そこへ、ライラがのんびりと割り込んだ。

「王様~、大丈夫だぁ。あいつらは人間が嫌いで、地上から一掃したいとか思ってるけど、やっても意味がない殺しは、まずやらないからな~」

「やっても意味がない?」

「そうだぁ~。王様殺しても何のメリットもないからなぁ。あいつら、地上に生息するアリを一掃できる機会なら喜んで飛びつくけど、ちまちま踏みつぶす行為なんかは、それこそやるだけ無駄って感じで、面倒臭がるんだぁ。ほら人間も、害虫を駆除しようと奮闘しても、数が多すぎる時は、本当にうんざりするだろ? それと同じだぁ」

「害虫って……」

 ライラの言いように国王が絶句し、裏事情を知りまくっているベンジャミンはぶぅっと吹き出した。ライラ、ちょっとその表現はきつくないか? などと思いつつ。

「時に、ジュドー殿……」

 会話に割り込んだのは、朝食の場に同席していたアーネスト殿下だった。不思議と紅茶を飲む姿でさえ優雅で様になる。その端正な顔を僅かに歪め、

「あなたがライラと出来ているというのは本当ですか?」

 直球の質問に、ジュドーがぶっと口にした紅茶を吹き出した。げほげほとむせる。アーネスト殿下の笑顔が何やら薄ら寒い。貼り付けたような笑みだ。

「エリザベス嬢がですね、既にあなたがライラと肉体関係にあると吹聴して回っているのですが、本当の所はどうなのでしょう?」

「あ、あれは! ご、誤解だ、誤解! 完全な誤解だ!」

 ライラの膝枕で寝ただけだと言いそうになり、ジュドーは押し黙る。こちらもまた、吹聴されてはたまらない。黙っていた方が賢明だった。

 アーネスト殿下が柔らかく微笑んだ。

「ああ、そうですよね。可笑しいと思ったんですよ。ライラは純真無垢ですからね。婚姻前にそんな真似をするとは到底思えません。ええ、わかりました。ライラの名誉にかけて全否定しておきますので、どうぞご安心を」

 にっこり笑ってそう言った。

 そこへ、ベンジャミンが口を挟んだ。

「ね、提案なんだけどさ、ジュドー君、この先は魔法学院で暮らさない? あそこは身を守るにはうってつけの場所だよ。魔法士メイジがわんさといるから、いざって時にはいろんなサポートが期待できる。どう? 悪くないと思うけど?」

「んー、そーだな。ま、確かに悪くねーな……」

 四天王に命を狙われている以上、村に戻る気にはなれない。危険が無くなるまで、ここにいたほうがいいだろう。そう考えたジュドーは頷きかけるも、

「だ、だったら、だったら、ライラも引っ越しする! 学生寮に入れば、ずうっとジュドーと一緒だぁ!」

 ライラの台詞に動きが止まってしまう。

「あー、どーすっかな。やっぱ別の場所のほうが……」

「……ジュドーはライラの事が嫌いなのかぁ?」

 いきなり渋りだしたジュドーの態度に、ライラがうなだれた。

 ジュドーが慌てふためく。

「い、いや、そーじゃねぇ。全然んなことはねーけど、魔法学院みたいに、人がわんさといるような場所で、お前に抱きつかれたりだとか、キスを迫られたりとかすると非常に困るというか……」

「ほーお? それのどこに文句がありやがるんだ? いっぺんこの世の地獄ってやつを見てきたらどーだよ、ジュドー?」

 ピートが発散するオーラが何やらどす黒い。だが、今回ばかりは気にする余裕もないようで、ジュドーは必死でライラを宥めにかかった。

「だから、頼む、泣くな! き、嫌ってなんかいねーから、な、な? ああ、もう! 愛してる、愛してる、愛してる! これでどーだ!」

 やけっぱちの大音量だ。ジュドーの愛してる宣言を聞いたライラは、ぴたりと泣きやみ、目をぱちくりさせるが、やがて無邪気に笑った。

「えへへ……やっぱりジュドーはアシュレイだなー……」

「……は?」

 心底嬉しそうなライラの台詞に、ジュドーが首をひねる。

「アシュレイは昔から、こうだった。ライラが泣くと、本当に大弱りで、もう必死になって慰めてくれた……」

 ああ、そういや、そうだった。ジュドーは心の中で思わず賛同していた。

 転んで痛いと言っては泣き、俺が言うことを聞かないと言っては泣き……今から思うと、あれ、全部嘘泣きだったんじゃあ? シアの性格から考えると、あれっくらいで泣くっていうのも、ちょっと考えられねーよな。俺ってほんと振り回されてたっていうか、世間知らずもいいとこだったよーな気が……。

 過去の思い出が走馬灯の如く蘇る中、ジュドーは軽いめまいに襲われるが、次いでふと、ライラの嬉しげな笑みに目を止め、その輝くばかりの笑顔を前に、ジュドーは、まぁ、いいか、と思ってしまう。

 こんな笑顔が見られるんなら、騙されるのも悪かねーな、などと考え、茶の入ったカップを手に、ふっと顔をほころばせた。


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