第30話 ファーストキス
周囲が再び静寂を取り戻すと、ジュドーは大きく息を吐き出した。安堵の吐息という奴である。
「……最大の災難は去ったってとこか?」
「んー、そうだね……。聖竜脈の復活で
「聖竜脈がきちんと働いていてもか?」
「だってさっきの見たでしょう? 戦おうとしてたじゃない。全然引く気配無かった。ライラの顔を立てて、今回は引き下がっただけだと思う」
ベンジャミンがそう指摘する。
「力をそがれてパワーダウンしてても、四天王あたりなら十分驚異だと思うよ? 聖竜脈の力が働いている
「素敵な意見を、どうもありがとーよ。ありがたくて涙がでらぁ」
ジュドーが手を振ってベンジャミンの言葉を遮った。
ピートがライラの顔を覗き込む。
「……ライラちゃん、大丈夫か?」
「んー? 大丈夫だぁ……。心配かけてごめんなー、ピート」
そう答えたライラに、ベンジャミンは目を向けた。
「それとね、ライラにも気を配った方が良いと思う」
首を傾げたジュドーに向かって、
「攫われないようにね?」
ベンジャミンがそう忠告した。ジュドーはヒュッと息を飲む。攫う……確かにあり得る話だと、そう思ったのだ。
闇王がライラの存在を知ったならば、何としてでも彼女を取り戻そうとするだろう。ライラは闇王の分身体だ。魂を分け与えた存在で、他の
ジュドーは握った聖剣にぐっと力を込めた。
そんな真似はさせない、絶対に……。
ライラに目を向ければ、彼女が無邪気に笑った。
「そうそう、ベンジャミンもありがとーな。お前はほんと優秀な
「い、いやぁー。それほどでも」
ライラが褒めると、照れたようにベンジャミンが笑う。
「……歩けるか?」
ジュドーがそう尋ねると、ライラが笑った。
「大丈夫だぁー。少しふらつくけど、ほら、へーき、へーき」
ライラの明るい笑顔に、ジュドーがほっと安堵する。
そこへ、ベンジャミンの軽快な笑い声が重なった。
「あ、そーだ。ジュドー君もご苦労様ね。ライラもお礼を言っておくといいよ。竜気をライラの体内に吹き込んで、闇の毒を解毒してくれたのはジュドー君だからさ」
「解毒? ジュドーがか?」
ライラが不思議そうに尋ね、ジュドーが慌てて待ったをかけるが、
「そうそう、竜気をこう口移しで、君の体内に送り込んでくれたんだよ。まー、人工呼吸みたいなものだから、別に色気ある場面ってわけでもなかったけどねー」
ベンジャミンがさらっと悪気なく、全てを暴露した。
笑うベンジャミンの頭をジュドーが小突く。
「ベンジャミン! お前、ほんっとーに一言多いぞ! よけーな事ばっか言いやがって! 少しは口を閉じてるとか……」
ジュドーは言葉途中で、ぎょっとしたように口を閉じた。
ライラが仰向けにばったり倒れ、心底慌てたのだ。
「おい! どーしたんだ? いきなり……」
ジュドーがライラを抱き起こせば、ライラがさも苦しげな声を出す。
「うーん、うーん……。ライラ具合悪い。気持ち悪い。竜気欲しい。だからジュドー、ライラに、ちゅーして」
「……は?」
思いっ切り間の抜けた声を上げてしまう。
ライラが再び言った。
「だから、ちゅー……」
内容を理解した途端、どう見てもみえみえな仮病に、ジュドーが顔を真っ赤にさせた。
「お前! どーみても、そりゃ、嘘八百だろーが! さっきまで、なんともねーって言ってたくせに! いー加減にしろっつーの!」
ライラからぱっと手を離し、勢いよく立ち上がる。
するとライラは、床に寝そべったまま、まるで子供のように手足をばたばたさせながら、駄々をこね始めた。
「やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだあ! だって、だって、ライラ全然覚えてない! ファーストキスなのにぃ!」
「キスじゃねぇ! キスじゃ! さっきも言ったように人工呼吸と一緒だ馬鹿! しかも、キスならさんざん以前……いや、なんでもねぇ…………」
周囲の視線を感じたジュドーが、最後の言葉を濁す。
ライラがさらに声を張り上げた。元気いっぱいである。
「だってだってだって、みんなみんな言ってるもん! ファーストキスは、レモン味とかイチゴ味とか! 人間同士のキスは、そんなんなんだぁーって、ライラずっとずっと憧れてたんだもん! ジュドーがライラのこと愛してるって言ってくれたから、それ、すっごく楽しみにしてたのにぃぃーーー! やだあーーーーーーーーーー!」
「ガキかお前は! ええい、分かったよ! 人のいねーとこでなら、百万回でもしてやるから、少し黙れっつーの!」
やけくそ気味にジュドーが叫ぶと、ライラの泣き声がぴたりと止んだ。
「百万回……ほんとーか、ジュドー?」
「二言はねぇよ!」
やけっぱちでそう言えば、ライラが頬をぽっと染める。
「分かった、後でだな、ジュドー」
もじもじと恥じらう姿は何とも可愛らしい。
ぱたぱたと足早に歩み去るライラの背に視線を送りながら、ジュドーは背後にぴったりと迫ったピートの妬み嫉み恨み僻みの声を聞いていた。
「ほーお……? 百万回……ふーん? おさかんで結構ですな。こーの、超ど級にくそうらやましい奴め。いっぺん死にさらせ」
「羨ましいか こんなんで? ほんとーに? ほんとーか? お前」
冗談ぶっこくな、このタコ! と言わんばかりに、ジュドーがピートの顔に押し迫っても、ピートが動ずることもない。胸を反らし、きっぱりと言い切った。
「断然羨ましい! 俺なら人前でも、どーどーと、百万回どころか一千万回でもキスできるってーのに。なーんでお前みたいな朴念仁をライラちゃんは……」
ピートが上げた不満の声に、ジュドーはがっくりと膝をついた。そうか、そうだよな、お前はそういう奴だった、という思いを抱きながら。
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