第2話 慢心

幸蔵は1年前くらいから足の不調を時々訴えていた

日によって症状は変わるものの

酷い時は歩くことすらきつくなっていた


そのため、妻は幸蔵に杖を渡した

幸蔵も始めの頃は嫌がっていたが、最近はいつも杖を使うようになっていた


年齢もあり、歩行に支障をきたすようになることも出てきたことから、

幸蔵は主治医に相談をしたことがある


普段の生活の中において気を付けねばならぬこと



「先生、車の運転はもう止めてください。主治医として、許可出来ません」



先生とは幸蔵のことだ

周囲の人間は今も幸蔵を先生と呼ぶ


「先生に何かあってはいけません」


主治医は幸蔵の足の不調をパーキンソン病に起因する可能性があると認め、

万が一を考え、車の運転を禁じたのだった

幸蔵自身の心配もそうだが、車の事故は、周囲を巻き込み重大化する危険がある

要するに、あなたはもう危ないから運転してはいけない、ということなのだ


主治医は言葉を慎重に選んだつもりだったが、

幸蔵には伝わらなかった


「全く、おいぼれ扱いしやがって。自分の事は自分が一番よくわかっているんだよ」


帰路の道中、タクシーの後部座席で幸蔵はそう妻に嘯くと、

自分の心の中にふと湧き出した慢心を感じ、


大丈夫。


そう静かに自らに言い聞かせるかのように一言だけ呟き、

眉間に皺を寄せて目を閉じたのだった


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仇。池袋 @7jpn

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