ボーイ・ミーツ・ガールズ

岳石祭人

ボーイ・ミーツ・ガールズ


 高校に入って、学園生活にもすっかり慣れてきた一学期も半ばになった頃だ。

 高校へは、バスを降りて、「学校町通り」を20分ほど歩いて通う。

 通りの入り口からしばらく歩いた所で、

(あれ?)

 と思う事があった。

 女子三人組が誰かを待っているように立っているのだが、俺が近づいていくと、歩き出す。時間になったから待つのをやめて歩き出したのだろうか?

 そんなことが連日続いて、

(もしかして、俺のことを待ってんの?)

 と思うようになった。

 なんとなく、チラチラこっちを見て、なんとなく、思わせぶりな感じで歩き出すのだ。

 うちの学校の生徒ではない。

「学校町通り」には俺の通う県立N高校、通称「ケンタカ」と、その手前に女子校の県立N女子高、通称「N女エヌジョ」がある。

 そのN女の生徒だ。

 どうも真ん中の子が俺に気があるらしく、両隣の子に「ほらあ、声かけてみなよう」とかニヤニヤ言われて、俺に気のある真ん中の子は、「えー…、でもお……」とか恥ずかしがって、俺を待たずに逃げてしまう。そんな感じだ。

(いやあ、まいったなあ。フッ、モテる男って、罪だぜ)

 とか気分よくなりながら、でも実際は俺の方も、

(いやあ…、勘違いだったら…………超絶恥ずかしいなあ……)

 と、自信が持てずにいた。


 しかし連日続くので、俺の勘違いでもないだろう、と思ったし、思わせぶりにされながらいつまでも声をかけないって言うのも男としてどうなんだ?、と、両隣の友だち女子に、

(ほらあ、あんたも。早くう〜〜)

 と睨まれているような気がして、


 よお〜〜し。


 と、こっちから声をかける決心をした。

 まあ、ぶっちゃけ、こっちを向いてる時はまだ距離があって、近づくと向こうを向いて歩き出してしまうので、なかなかはっきりとは分からないのだが、なかなか、かわいい子みたいだし。俺は残念ながら女の子とお付き合いしたことはないし。実はもう親しくお知り合いになりたい気まんまんなのだ。

 N女は通りに面する正門から奥の校舎まで長い坂道になっている。男の俺の方が歩くのは早いのだが、いつも三人組は計算したように俺がギリギリ追いつく前に正門に入ってしまう。

 この日は彼女たちが歩き出すと、いつもよりスピードを上げて追いかけて、正門に入る前に追い越そうと思った。

 グングン早足で歩く俺に、友だち女子が気づいて、(ほらっ)と恋する女子に教えて、彼女が(え?)と振り返った。

 その「(え?)」及び振り返った顔は、嬉し恥ずかし、喜びが溢れていたと思う。

 俺も彼女の好意を確信して、にやけるのを抑えようと頑張った。

 ところが、振り返った彼女は、重ねてビックリした顔をすると、慌てて向こうに向き直って、走り出すと、後を追った友人二人と共に校門に駆け込んでいってしまった。

 俺は、思わず立ち止まって呆然としてしまった。


 あっれええ〜〜〜〜〜〜???


 である。

 はっとして、振り返った。

 うーーーん……。いない……な。

 彼女の意中の男子は、俺ではなかったのかと思ったのだ。バスを降りたケンタカ生はだいたいこの道をぞろぞろ連なって歩いてくるから、俺と同じタイミングで歩いてくる男子がいたって不思議はないわけだ……どうも後続にそれらしいイケメン男子は見当たらないが。それが勘違いした男子(=俺)がズンズン迫ってきたから、ビックリして、逃げ出した……のか? 

 うーーん、そうなんだろうか?

 俺はけっこう傷つきながら、残りの道をとぼとぼ歩いた。




 翌日も、三人組はいつもの所に立っていた。

 けれど、前日よりも早く歩き出した……まるでもう俺に追い付かれまいとするように…………。


 更にその翌日からも、いつもの所に立ってはいたが、彼女一人だった。友だち二人は、先の方に、まるで

(早く来なよ!)

 とでも言うように立っていて、彼女も、俺が近づくのを待つ事なく、うつむき加減に歩き出してしまった。


 どういうことなのか、俺には分からない。

 友だち二人の態度は、なんだかまるで俺を毛嫌いしているみたいで、なかなか未練の断ちがたい彼女を半分怒りながら心配している、と言う風に見える。

 彼女の方も、なんだか、俺を恨んでるような、暗い表情をしている。

 俺は、他校の女子に悪評が立つような事したっけかなあ……、と悩んだが、思い当たる節はなかった。



 そんな、なんとも煮え切らない、嫌な状態が続いたので、俺は思い切った解決策を取る事にした。


 いつもより一本バスを早くして、いつもより30分早く着くと、いつも彼女の立っている場所の先の横道の角に隠れて、彼女たちの来るのを見張った。

 20分ほどして、三人がやって来た。

 三人で一旦いつもの所で止まって、残ろうとする彼女に、友だち二人が「いい加減あきらめようよ?」と説得しているようだ。諦め切れない彼女にため息をついて、二人が歩き出した所で、俺は道の先から彼女たちに近づいて行った。

「あっ・・」

 と三人ともビックリした顔をした。

 その驚き方が予想以上だったのにひるみつつ、

「えーと、おはよう」

 と、彼女たちを安心させるように柔らかく声をかけた。照れ笑いを浮かべつつ、

「こっちの勘違いだったらかっこ悪いんだけど……、毎朝、俺の事、待ってくれてない?」

 彼女の反応を伺うと、彼女は顔を真っ赤にして困りつつも……嬉しそうだ。

 勘違い……ではなかったようだ。

 俺はほっとして、一気に緊張が抜けた。

 でも、じゃあ、ここ数日の態度は、なんなんだろう?

 それを訊こうとした時、俺は、彼女の後ろの方に、異様な物を見た。


 全力疾走してくる女子がいる。


 なんだあれ?と俺が眺めていると、それに気づいた三人が振り返り、

「ヒイ…」

 と、恐怖の息をのんだ。

 再び全力疾走女子に目をやると、制服からケンタカの生徒だ。

 グングン迫ってきて、その表情を見て、俺は思いっきり引いた。

 物凄い顔で、泣いている。

「きゃあっ」

 N女の彼女が悲鳴を上げて、俺の胸に飛び込んできた。俺は彼女を抱きとめつつ、えへへと喜ぶ余裕もなく、彼女をかばうように抱きしめて通りに背中を向けた。

 物凄い泣き顔で疾走してきたケンタカ女子は、そのまま俺たちを追い越し、走っていってしまった。

 周りはみんな、なんだ?、と怪訝に眺めて、俺はドクドク心臓を鳴らして、腰が砕けるような思いをしていた。

「あ、あのう……」

 遠慮がちに言われて、俺は慌てて彼女を放した。

 彼女の恥ずかしそうな笑顔は、やっぱり俺に好意を抱いたものだった。



 どういうことなのか、三人から事情を聞いた。

 あの泣きながら走っていったケンタカ女子は、ずっと俺の周りを歩いていたのだそうだ。だいたい付かず離れずで後ろを、時に横に並んで、時に前に出て。

 同じ道を歩いているのだから、彼女たちも特に不思議にも思わなかったそうだ。俺もそんな女子がいたなんて、全然、気がつかなかった。

 ところが、その彼女が、自分……俺に好意を抱いてくれている彼女はアイちゃんと言った……を睨んでくるようになった。あ、この人もオレ君を好きなんだ、と思ったけれど、負けるもんか、と思って無視していた。

 ところが、あの日、俺が積極的にアイちゃんに追い付いて話しかけようとした時だ、あの瞬間、早足の俺に後ろの方に引き離されていた彼女が、もの凄く頑張った早足で迫ってきて、その時の顔が、


「ふつうじゃなく怖かった」


 んだそうだ。それで慌てて逃げ出した、と。


 その夜、家に不審な電話がかかってきたそうだ。

 同窓会の案内、と中学時代のクラス委員を母親には名乗ったそうだが、アイちゃんが出ると、「もしもし」と問うても無言で、ポツリと暗い声で、

『殺すよ』

 と一言言って、切れたそうだ。

 絶対あの彼女だろうと思ったけれど、証拠もないし、怖いし、翌日の朝から、はっきり、

『殺すよ』

 という目で睨まれるようになって、それで俺から距離を取り、友人二人は危険を感じてアイちゃんに諦めるよう促していた、ということだった。


 三人は逆に俺に訊いてきた。

「あの人、元カノとかじゃあ、ないんですよね?」

 俺が手ひどく振って、それを恨んで……と疑ったのか。

「いやいや、全然、違う違う!」

 と俺は慌てて否定した。


 本当に、全く、存在すら、意識した事のない女子だった。




 学校に着いてからそれとなく探りを入れると、

 彼女……A子としておこう……は、同じ1年の、別のクラスの生徒だった。

 どうも入学以来、クラス、学校に馴染めず、孤立するようになっていったらしい。

 ……俺は、他クラスの孤立した孤独な女子を優しく慰めてやった覚えなんてない。

 どうして俺なんかに執着したのか…………


 その日、彼女は学校に来ず、以来、学校に来なくなった。



 俺はアイちゃんといっしょに登校するようになった。

 友だち二人は、いつもの所で俺がやって来ると、

「お邪魔虫は退散しまーす」

 と二人で先に行く。

 俺とアイちゃんはその後ろ姿を眺めつつ、頬を赤らめながら、並んで歩く。

 今度デートしようと約束した。夏休みも楽しみだ。

 ああ、夢みた春色の高校生活。最高だ。


 ただ。

 二人並んで歩きながら、そっと振り返ると、

 彼女がいる。

 学校には来ていないはずのA子が、毎日、登校する生徒たちに紛れて、俺の後ろを付けてくる。

 今はまだ遠くだが、日に日に、近づいてきているようだ。

 まだ表情がなんとかうかがえるくらいだが、その目だけは、じっとりと、俺と、アイちゃんを、恨みを込めて睨んでいるのがはっきり分かる。

 俺はアイちゃんに気づかれないようにそっと視線を前に戻す。

 頼むから、俺の事は諦めてくれよと、切実に思うのだ。



 終わり

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