修学旅行2日目の夜

消灯時間を迎え、修学旅行2日目は無事に終了した。しかし、僕たち学生の夜は長い。むしろここからが本番だとか言い出す奴までいる。

 2日目の宿泊施設は、修学旅行で来るにはチョット豪華な気がするホテルであった。ロビーは体育館くらい広かったし、外にはプールまであった。当然、学生は立ち入り禁止と言われたけれども。

 そんな豪華なホテルだけあって、1部屋に1班4人で寝るわけだが、ベッドが4つしっかりと用意されていた。なんだか味気ない気もするものだ。修学旅行と言ったら、みんなで布団を敷いて輪になって寝るものだろう。

 僕はこれまで、小学校・中学校と修学旅行を経験してきた、いわば修学旅行のプロである。これ以上の修学旅行経験者なんて、学校の先生かワケアリの人だけだ。そんなプロでさえ初体験。それどころか先生まで驚いていた。やっぱり凄いホテルなのだという事実が段々と湧いてきた。班員の1人は部屋に入るなりトイレに行き

「やった!!!ウォシュレットある!!」

なんて興奮していた。

 なんというか。修学旅行というただでさえ非日常の中に、豪華なホテルという新たな体験があったのだ。テンションが上がらないわけがない。みんな、1日目以上に興奮していた。


 そんな興奮の中で「どうやら階によっては部屋の作りが違う」なんて噂が流れてきた。そんなものに、こんな状況の男子高校生が食いつかないわけがない。風呂を上がるや否や、みんなは他の階の友人に部屋へと繰り出した。

 僕はというと部屋に残り、今日撮った写真を吟味していた。考えなしに撮った見るに耐えない写真や、いつの間にか友人が撮ったであろうよく分からない写真を消す。そして出来のいいものはSNSにアップする。そんな作業を今日を振り返りながらしていた。

 一応、僕の名誉のために記しておくと、決して仲間外れにされていたわけではない。他の部屋探検にも誘われたが、辞退しただけだ。というのも、僕はすでに他の部屋を見ているのである。わざわざ2回も見に行かなくてもいいだろう。それに、旅のしおりの注意書きに「宿泊施設での部屋移動は禁止とする。破ったものは反省文」と書かれているのだ。「消灯時間後の外出も禁じる」とも書かれている。わざわざ危険を冒す必要もない。僕は慎重なのだ。そんなわけで、部屋でベットに入りながらこうしているわけだ。決して意気地なしとか、ノリが悪いとか、そういうわけではない。


 一体どのくらいの時間が経っただろうか。他の部屋を見に行くにしては時間が経ちすぎている気がする。どこかの部屋にみんなで集まったりしているのだろうか。そうなると僕だけ仲間外れのようではないか。それはいけない!明日以降のみんなの話題についていけなくなる恐れがある。それどころか、卒業式で思い出を語り合う時に、僕だけ何も語れない疎外感に悩まされることだってありうる。そんな惨めな思いはしたくない。頼む!僕も混ぜてくれ!


 そんな被害妄想にふけっていると、みんながゾロゾロと帰ってきた。いや、トボトボと言って方が良いかもしれない。どことなく落ち込んだ雰囲気であった。


「まじ最悪」

「バレて反省文」

「2枚も書けないわ」

そんなことを口々言いながらみんな布団へと倒れ込む。どうやら他の部屋に行ったことがバレて反省文を書かされていたらしい。こういう物って帰ってから書かされるのだと思ってた。まさかホテルで書かされるとは。ともあれどうやらついていかなくて正解だったようだ。

 そんなこんなで仲間達の愚痴を聞きつつ、明日の話やいつもの下らない話をしていたところ、窓際にいたやつが急に声を上げた。

「みんなこっち来いよ!見てみろ!星!星!」

その声に全員が反応し、すぐさま窓際に集まる。そこで見た夜空には、今までテレビでしか見たことがないほどの星が煌めいていた。


「外行こう」「海だ!海!砂浜出るぞ!」そんなことを言い出したのは誰だったか。気づけば全員でホテルを抜けて、正面の砂浜に出ていた。外出禁止の反省文など、なんの抑止にもなりやしない。

 皆んなそれぞれに星を楽しんでいた。ただ眺めるやつ、なんとか写真に収めようとするやつ、すごいすごいと叫ぶやつ。僕はどうなのかと言うと、星ではなく、そんなみんなの様子を見て楽しんでいた。なんだかそっちの方が面白かったのだ。それで周りを見渡して気づくことがある。どうやら他にも生徒が出てきているみたいだ。正確な人数はわからないが、僕らを合わせれば20は越えているだろうか。それに釣られて、入り口の方からはさらに生徒が出てくるのがわかる。これは反省文を読む先生も大変だな。そんなことを考えていると声をかけられた。

「よ!君も星を見にきたの?」

そう声をかけたのは、同じクラスの春乃であった。


 荒川春乃。同じクラスであり、小学校からの友人。幼馴染とかそんな運命めいた物ではないけど、それでも僕の中で特別な存在であることは変わりなかった。

「星綺麗だよね〜、なんか特別って感じがする。こうやってみんなで夜にホテル抜け出してさ。青春っていうのかな?わかんないけど」

そう言って話しかけてくる。

「どうだろうね、まだわかんない」


もっと気の利いた返事はできないのか。情けない。きっとこれは何年も後悔するぞ。「あの時に気の利いた返事をしていれば」なんて惨めに思うんだ。


そんな後悔している僕を彼女は何も気にせず続ける。

「ねぇ、明日の自由行動ってどうするの?やっぱり国際通り?それとも海にでも行く?」

「まぁそんなとこ。まだ決まってないんだ。直前に決めようって」

「へぇ、そうなんだ。ちなみに私たちは国際通りに行くよ」

そんな短い会話だったと思う。それでも僕の中では先ほどよりも速く、様々な思考が巡っていた。

 実は、「まだ決まっていない」というのは嘘なのだ。とりあえず海ということになっている。しかし、「女子が絡むのであれば抜け出しok」そんなルールを決めていたのだ。仲間内で。だが当然のように誰もそんな気配はなく。どうせ海で過ごすものと思っていた。まぁそれも悪くないだろう。クラスの仲間と過ごす沖縄の海なんて、きっとこれっきりだ。そう思っていた。ついさっきまでは。

 これは誘っているのか?「じゃあ国際通り行こうかな」なんて言えば一緒に回ってくれるのだろうか。そんなロマンスが。本当に?

 これはチャンスなのだと思う。星の美しい砂浜。修学旅行の夜。周囲に人はいるものの、会話は2人きり。これ以上に有利な状況などあるのだろうかというほどだ。場面だけ見れば、遊びに誘うのではなく、告白だってありうる。むしろここで誘って断られたら、それはフラれたも同然。ならば今ここで。誘うだけでも。

「じゃあ、さ…」

そう言ったところで邪魔が入る

「なーに2人で話してんの!まさか…そういう感じ?邪魔しちゃった?」

春乃の友達だ。「いいタイミングで…。」と思う自分と「よくやった!」と思う自分がい

る。

「そんなんじゃないよ!!」

笑って彼女は否定した。

「あらそーお?ならよかった。そろそろ戻るよ!稜子が部屋に来いって!」

「はいはい…じゃ、そういうことで!」

そう言ってホテルに戻る彼女、引き止めることはできなかった。


しばらくして僕たちも部屋に戻った。それからくだらない話をして、軽くトランプなんかして。それで、明日の予定の話になった。

「誰か女子と抜けるやついねーの?つまんねーな」

「お前もだろ?」

「そーだけどさ。誰か告白とかしろよな」

こうなるのは必然の流れだ。修学旅行と言ったらコレだろ。話は移り、クラスの女子の話題となる。

「そう言えばさ…さっきお前、春乃と話してたでしょ」

そう言われた。見られていたか。まずいことになったな。

 男子高校生、それも修学旅行の夜、こんな話題に食いつかないわけがない。すぐさま話題の中心となる。

「告白しちまえよ!」

「電話だ、電話!」

「とりあえず、明日誘うだけ誘ってみようぜ!」

口々にみんな言う。他人事だと思いやがって。僕はその全てを受け流した。「まだ告白はいい」「向こうに迷惑だ」「明日は海に行きたい」そんなとってつけたような理由で受け流す。

「まだいいってなんだよ、好きなんだろ?」

「いや、今いってもうまく行く気しないし」

「弱気かよ!」

「誘うだけ誘えって!」

「別にいいよ、海行きたいし」

「とりあえず電話しようぜ、なんか話せよ」

「なんだよそれ」

こんな具合にしつこく責められる。こうなると大変だ。どうしよう。

「考えてもみろ!こんな修学旅行の夜!今ダメならこの先ずっと無理だろ!思い切っていっちまえって!勇気だよ!」

こんな励ますことを言ってくる。「今ダメならこの先ずっと無理」その言葉は僕の心に結構刺さる。実際その通りだ。中学生の頃もこんなやりとりがあって、僕は逃げた。そして今に至る。この先も逃げ続けるのだろうか。

「だいたい、向こうから話しかけてきたんだろ?それ誘ってるって!気がない相手にそんなこと言わないよ」

「そうそう!いけるいける!」

周りからそんなことを言われる。コイツら、面白い物を見たいが本音だろうに。でも、確かに一理あるか?

 なんにせよ、このまま変わらないのはダメな気がする。どこかで行かなければ、それは僕も薄々感じているのだ。

 「とりあえずさ、電話してみよ!ダメそうだったら適当に切ればいいじゃん!」

そうだな。まぁ電話だけなら。とりあえず何かはしないとな。

「わかった」

そう言ってスマホを手に取る。

「うおお!」

「いいぞ!」

「頑張れよ!」

周りも応援してくれている。震える手で電話をかける。………繋がった。

「もしもし…」

「………もしもし」

すこし遅れて震えた声が伝わってきた。向こうも緊張しているようだ。周りの奴らはニヤけながらこちらを見守っている。さぁ、ここからが勝負だ、ここまできたら小細工なんて無用だろう。修学旅行の夜という環境で高まった僕を止めるものはなかった。一時のテンションに身を任せてしまえ。勢いだ。明日は国際通りを観光するんだ!


 そこからどんな話をしたのかはあまり覚えていない。

 次の日に行った海が綺麗だったことは覚えている。

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夢現・失恋短編集 @Hisa-Kado

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