第14話 仕事場よこんにちは その12

計画の肝は、テリアの嗅覚と聴覚にある。

使う毒はスズラン。

残念ながら薬棚には無かったが、小屋の外に生えた生花をテリアが見つけてくれた。


「ジギタリスとかシャクナゲなんかも候補だがな、スズランの毒は飲んでから効くまでのスピードが早い。」

「これ、飲むとどうなるんだい?」

「最初は強く大きく心臓が鼓動して、息も荒くなるってえらくシンドい。本来ここまでの強心作用が薬効だが、量が多いとその後脈も呼吸もゆっくり小さいものになり、そして止まる。」

「やっぱり死ぬじゃないか!」

「そこは工夫次第だって話だ。心臓が止まるまでのギリギリに量を調整出来れば良いんだが、こればっかりは勘になる。花の匂いと毒の量がなるべく相関するように作るから、飲む量は自分で決めてくれ。」

匂いで薬効を判別できる程の鼻を持つテリアなら、恐らく可能だろう。それに自分の体のことは、自分が一番よく分かる。

「こっわ、それ本当に上手くいくのか?」

「ヤバいと思ったら少なめに飲め、だがギリギリを攻めるほど成功率は上がるぞ。」

勿論、単に毒を飲んで死んだふりをするのでは、やや弱い。

「それからもう一工夫だ。」

そう言って俺はカチャカチャとスラックスのベルトを外した。

「何だレン!トチ狂ったか!?」

「これで首を吊ってくれ。」

俺は満面の笑顔だった。映画で観たトリックそのままだから、正直ワクワクしていた。

「もうめちゃくちゃだな!」

テリアの叫びを無視して、まず、外の井戸から釣瓶用の縄を解き、小屋の梁に張って、下に椅子を置く。簡易首吊台の完成だ。

次にロープの輪の後ろにフックを仕込み、フックに俺の腹から外したベルトを掛けて、脇の下を通す。勿論ベルトはマントで隠す。

これで首を保護したまま、テリアを吊るす事ができる。


首を吊り、降ろした死体に脈も息も無いとくれば、流石にプロでも死を疑わないだろう。

後は薬を飲んで、首を吊るタイミングだ。リスクヘッジを考えるなら、薬の効果時間は短いほうが良いし、そのためには内服後、なるべく早めに発見してもらわなくてはならない。


「いちばん大事なのは、テリアの鼻と耳と、日の落ち方なんかから、概ね奴らが戻ってくるであろう時間を予測しなきゃならん事だ。」

なるべく飲んですぐ効く薬なら、こちらの感知から到着までの時間が短くても対応できる。

スズランの選択理由はそれだ。

「よだれとか、死んでる感出そうと思ったらシャクナゲなんだけどなぁ。飲んでから効くまでの時間がいまいち読めないのよな。」

「レンおまえ、なんか殺し屋の兄弟とは違う怖さがあるな。」

楽しい準備の時間はあっという間に過ぎ、気がつけば日が落ち始めていた。


スズランの毒の半分くらいは水に溶ける。なるべく匂いが着くように、根を外して花を多めに水に浸し、葉や茎は千切って沈める。

ひと煮立ちさせれば、即席強心剤の完成だ。


「どうする?逃げるか、毒を含むか。」

長い間薬を扱う仕事をしているが、結局どれだけ説明を尽くしても、薬を口に含むかどうかを最終的に決めるのは、いつだって患者自身だ。


そのために患者に必要なのは、薬への信頼か、医師への信頼か、おこがましくも薬剤師への信頼か。

いずれにしてもその選択権だけは、俺には奪えない。

「良いよ、あんたの案に乗ろう。」


ああ、現代にいた頃の患者もこれだけ素直なら、苦労が無かったのに。

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