第11話 仕事場よこんにちは その9

顔も名前も思い出せないが、子供の頃に母親が俺に言った「犬を飼う条件」は次の3つ。

その1、ちゃんと躾けること。

その2、毎日散歩につれていくこと。

その3、最後までちゃんと面倒を見ること。


幼ないなりに3つ目の条件の意味を理解した俺は、犬を飼うことを断念した。


20年経った今、俺に再びその覚悟が問われている。


「何だよ突然、何言ってるんだい?」

まずは本人の説得からだ。

「その才能、ここで活かそう。」

「はぁ。」

女はキョトンとしている。

「いや、よくわからないならそれでもいい、兎に角、当て所なく逃げるよりは、ここにいることを考えて欲しい。」

「いや、早く逃げないと。あんたも、今ここであいつらが戻ってきて鉢合わせたら危ないだろ?」

ぐうの根も出ない正論だが、それで活路は得られない。

彼女には少なくとも、適当に逃げるより生存率の高い選択肢を提示し、この小屋の中に活路を見出して貰わなくてはならないのだ。

「確かに、他に逃げ込む場所が無い以上、日が落ちれば外を一周りしたアイツらが戻ってくる可能性は高い。同じ様にもう一度凌ぐ必要がある。」

しかもその後、ここの運営に携わって貰わなければならない。

そのためには脅威の排除が理想的だ。

「いや、そうじゃなくて、だったら私を逃がせばいいじゃないか、早く!」

「だから、それはナシだっての!」

「みすみす見逃すのが後味悪いって話なら、さっき庇ってもらったので十分だよ、もう良いから!」

「良くねぇんだよ!なぁ、考えるだけでいいんだ、ダメなら一緒に死んでやるから。」

女も焦っているが、俺は真剣だった。

「あんた、馬鹿なのか?」

「いや、ただ、自分の直感に従ってるだけだ。」

よく考えればそれは馬鹿とイコールだが、どうせ俺は一度死んだ身だ、多少馬鹿なくらいで丁度いい。


その真剣さが伝わったのか、女はしばらく黙った後、観念したような顔をした。

「今度は念入りに探されるだろう、そしたらあんた殺されるよ?」

「でもさっきは凌いだぞ?」

「それは運が良かっただけさ、あいつ等はあんたが思ってるよりずっと優秀だよ。」

「でもお前に逃げられたじゃん。」

「あいつらの本業は殺しだ、あたいが剥製で良けりゃもうとっくにお屋敷に飾られてるよ。」

ああ、そういう。俺よく生きてたな。

「なるほど、てことは暴力での解決も不可能と。」

戻ってきたところを奇襲で撃退するという案も無しか。

実感がないなりに深く思慮すれば、自分に理不尽な暴力とその果て死が迫っている事に気が付いてしまう。

あまり考えないようにしたが、それでも絶望的な空気が流れた。

分かっていたことだが、このままでは俺も危ないらしい。

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