第9話 仕事場よこんにちは その7

「それで?これからどうするんだ?」

彼らが去る前に少しでも情報が欲しかった。なるべく白々しくならないように心がけたが、俺の顔は引きつっていたかもしれない。

「女には帰る場所がねぇ、街道を戻ったはずはねぇし、ここにいなけりゃ街の方へ行ったか、森に潜んでるはずだ。この辺は夜には獣が出るし、怪我もしてるから、どっちにしろそんなに遠くへは行けねぇ。」

ゲオルグは少し考えた後付け加える。

「ここみてぇな隠れ家でもない限りは、すぐ見つかるだろ。」

そう言って改めて小屋の方に視線を向けた。

「それにしても、こんなところにヒーラーがいる小屋があったら、噂になりそうなもんだけどな。お前もこの小屋も、ホントに何なんだ?」

なんとなく心当たりのある話だ。恐らく小屋は俺と同じく、突如この世界に「発生」したのだろう。

「さっきちらっと言ったが、俺も通りすがりみたいなもんだからなぁ、すまんが「何なんだ」と聞かれても答えは持ち合わせてないし、ここ以外にこういう場所があるのかどうかも、答えられん。」

あくまで事実を話す。嘘は最初の一つで十分だ。

「だが、ここには留まるんだろう?誰もいないんなら、持ち主が戻ってくるまでお前のものにしちまえばいい。」

「ああ、そうさせてもらおうかな。」

「そうか。それじゃあ俺達は行く。」

ようやくか。

「レン、お前のことは覚えとくぜ。」

これ、禍根を残すんじゃないか?

そうとしか思えなかったが、俺はなるべくそれを表に出さないように、後ろ手に手を振って小屋に戻った。


「おい、いるんだろう?」

扉をしっかり締めた後、ゲオルグが座っていた椅子に腰掛けて言う。

なんだか少し疲れた。

「・・・ごめんね。」

調剤室の方から、「商品」が姿を表した。

相変わらずフードで顔は分からないが、何処かしおらしく感じる。

「いや、気にしなくていい。」

カッコをつけたは良いものの、こいつをどうするかは考えものだ。

人買いに売られて、帰るアテもなく、コワモテのお兄さんと鬼ごっこ中の女に、俺は何と声を掛けたものか。

しばしの沈黙。

「じゃあ、あたいも行くよ。」

ぼそり。

本当にそのつもりなら何故、後ろ髪を引くような言い方をするのか。

「どこへ?」

「さぁね。」

「何かして欲しい事はあるか?」

「じゃあ、こいつらの使い方を教えてくれ。」

女はフードから腕を出すと、小さな麻の袋を無造作にいくつか押し付けた。

「なんだコレ。」

「戸棚から適当にもらった。ポーションがなかったから。」

なんだそりゃ。

「中身は木の皮や草の根、石ころが入ってるものもあった。」

「なるほど、こりゃ煎薬だ。」

「センヤク?」

「ああ、煎じ薬という言葉に聞き覚えはないか?煮出して飲む薬のことだ。量が少ないから、ご丁寧に1回分ごとに分けて包んであるんだろう。」

「なるほど。これを煮ればポーションが出来るんだな?」

何故そうなる。

「いやぁ、どうだろうな。飲んで立ち所に傷が治ったりはしないと思うが。」

「そうか、まぁ色々試してみるよ。」

そう言ってそそくさと麻袋をしまって、女が立ち去ろうとする時、ふと左足に目が行った。包帯が巻かれている。

「手当てしたのか?」

「ああ、そうだけど。」

「さっきお前がよこした薬、使わなかったのか?」

先程ライナーに塗った紫雲膏の表面は平らで、つまり直前に使用された形跡が無かった。

「ああ、だってあれは火傷の薬だろう?あたいのはかすり傷だし、いい匂いだからこっちにした。」

そういうと女は、律儀に振り返って、俺の前に小さな小瓶を開けて見せた。

うす黄色い見た目で独特の獣っぽさのある、俺がちょっと苦手な臭い。

「ラノリンか?」

精度は低そうだが、恐らく羊毛を絞って取る軟膏、ラノリンだろう。

「へぇ、そういう名前なのか。」

女はさして興味なさそうに、改めて小屋を出ようとするが、俺の方はそうはいかなくなった。

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