第8話 仕事場よこんにちは その6
「了解了解。建前としては、要はさっさと血が止まれば良いんだろ、悪いようにはしないから、ちょっと俺に任せなさいって。」
そう言うとお兄さんが腰に着けている水筒を奪い取って、中の水を弟にぶっかけた。
「うっ!」
弟が驚いて身を縮める。
「おお、ごつい兄さんの腰に付いてるから強い酒かと思ったけど、ただの水か。意外と真面目なんだな。」
「お前!ふざけるなよ!」
お兄さんが凄むが、意外と冷静なのか、俺が弟の傷に触れているので、掴みかかっては来ない。気にしないふりをしてゆっくり、弟のバンダナを外していく。
「ふざけてねぇよっと。」
弟は鈍い痛みと、傷口付近を触られる嫌悪感で動けないでいるが、おかげで思ったより綺麗にバンダナが外れた。
やはり傷が深い。血は止まりかけているが、それでも洗った端から滲んでくる。
俺はもう一度水筒の中の水をかけて、患部を洗ってから、血が滲み始める前に、素早く例の壺から軟膏を指ですくい取り、傷口をパテで埋めるように塗りつけた。
「「うわぁ!何塗りやがった!!」」
流石というべきか、兄弟の声が揃った。
叫ぶ気持ちは分かる、俺が塗ったのはキツい臭いの「赤黒い」軟膏だからだ。
そのまま短い包帯を何回か折ってガーゼの代わりにし、傷口を閉じるように押さえたた後、長い包帯で頭にガーゼを固定する。
不格好だが許してほしい、俺には処置ができないんだ。
「ほら、血が滲まないだろ?」
俺に食って掛かりそうなお兄さんに、最後の虚勢を張る、正直そろそろ限界だ。実は俺は最初からずっと、こういう人種が怖くて仕方がないのだ。
「ほんとにこれで大丈夫なのか?」
フーフーと興奮しながら、お兄さんが凄む。
「ああ、平気だよ、兄貴。痛みも少し取れた気がする。」
弟がフォローに入る。流石にそんなに即効性があるはずはないし、弟もそうは感じていないだろうが、丸く収めてくれようとしているのだ、敢えて言うまい。
「これ、残りをそのままあげるから、もし血が滲んできたら俺がさっきやったみたいにすると良い。お兄さんが薬だけ塗ってあげて、固定は弟くんが自分でやったほうが、多分俺がやるより綺麗にできるよ。」
後は痒みが出ても掻かないことと、清潔に保ちさえすれば、一晩で血が止まるはずだ。
「血の塊と塗り薬は見分けられる?」
「それは大丈夫だと思うが、しかしこれ、何なんだ?」
お兄さんが落ち着いてきた。弟の血がとりあえず止まったようなので安心したのだろう。
「この匂い、分かるか?」
薬の着いた指をお兄さんに向ける。俺はあんまり、臭いとは思わないのだが、お兄さんは敏感に反応した。
「さっきの毒みてぇな木の根っこか!」
「正確には草の根だけどな。こいつは紫雲膏(シウンコウ)というんだ。切り傷には効果抜群。材料があったから、薬自体もあると思ったけど、大当たりだった。」
保存状態もよく分からないような薬を使うのは嫌だったが、背に腹は変えられまい、臭いも触った感じもおかしくなかったし、まぁ大丈夫だろう。
「血の匂いも消せて獣が寄ってこねぇから、夜中まで女を探せる。助かったぜ。」
「弟さんは安静にさせときなよ、傷は無くなってないんだ。」
「ああ、わかってるよ。」
いや、こいつは多分わかってない。
「まぁ、弟さんにこれだけ仰々しく、しかも赤黒くて変な臭いのモノがベッタリこびり着いてるんだ。あんたらの失敗を咎める手も緩むんじゃないか?」
それほど甘い世界ではないのだろうとは察するに余りあるが、もしもお兄さんの目的がそこにあるのなら、わざわざ目を焼き潰したりしなくても、薬の塗り方一つでそういう演出ができる。
「ああ、そうかもな・・・世話になった。」
お兄さんは何かを噛みしめるように言った。
「ありがとうございました。ヒーラーさん。」
弟はそれだけ言うとぐったりと放心したように、荷台の隅に蹲った。
結果的に来た時よりいくらかやつれて痛々しい姿になってしまった弟の苦労が忍ばれる。
「いえいえ、お大事に。」
俺がそう言うとお兄さんが改まってこちらに向き直った。
「俺はゲオルグ、こっちはライナーだ。無事に女を見つけて、そんでもって無事に届けたら、礼をしに来る。」
「そうかい、期待してるよ。」
正直もう、あまり関わり合いになりたくないのだが。
「俺は」
言い掛けて閉口する。俺の名前、何だっけ?
「俺はレンだ。よろしく。」
口をついてその言葉が出たので、俺の名前はレンなのだろう。
しかし何故か全く実感がなかった。
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