第7話 仕事場よこんにちわ その5

お兄さんの声から焦りが伺えた。しかし、突然どうしたのか。

「おいおい、突然どうしたよ、何焦ってんの?薬も見つかったし、これ塗りゃ血なんかすぐ止まるし、傷の治りも早いんだって。」

「そもそも、見ず知らずのやつが適当に見つけてきたモンなんて信用出来ねぇ。毒かもしれねぇし。」


ああ、こういうの見たことあるわ。医者から出た薬なのに、突然「信用できない」「こんなの要らない、頼んでない」とか言って使わない奴。

これって万国共通なんだな。

こういうのにはだいたい単に「信用できない」以外の理由がある。

「なぁ、おい、ホントに落ち着けよ。俺があんたの弟に毒なんか盛る理由があるか?」

こういう正論に対して回答を持たない人間の反応は、老若男女問わず共通している。

すなわち「黙って硬直する」のだ。


普段ならこういう愚者の反応には腹が立つばかりだが、しかしおかげでお兄さんの手が止まった。

「兄貴は焦ってるんだ、俺が女を逃がしたから。」

失血のせいか、それとも炎症に引っ張られて発熱が始まったのか、先程よりも状態が悪そうな弟が口を挟む。

「余計なこと言うな!」

そんな弟に容赦なくお兄さんが怒鳴る。

「そういや女を探してるらしいな。なんか理由があるのか?必要なら手を貸してやるから、とりあえず落ち着けよ。」

自分で一度容疑者を庇っておいて何だが、この状況ではそう言う他あるまい。

「俺達は行商人なんだ、ただ、扱うものがちょっと特殊だけど。」

「おい!」

お兄さんに構わず、弟が続ける。

「この先の農村で女を買って、街に連れてく話になってた。名前は言えないけど、客は街の大物でね。金払いは良いが契約違反には厳しい。逃げられたなんて言ったら仕事を失うだけじゃ済まないし、金を返して済む話でもない。」

ほほぉ、あの女は商品だったのか。

「下手したら兄弟諸共殺される。」

「うおお、殺伐。バイオレンス。」

また一つこの世界の世界観を理解した。

なるほど、このお兄さんは手持ち無沙汰になった途端、このままだと自分と弟が殺されてしまうことに思い至って焦り始めたのか。


なんと愚かな。


「勘違いするなよ、俺は自分が殺られるのは怖くねぇ。だが、弟が無残に殺されるのは嫌なんだ。」

俺の思いを察したのか、お兄さんが弁明する。

「俺だって、俺の不始末で兄貴が殺されるのは嫌だ。だから、その可能性を少しでも下げるために、早く女を探しに行きたい。」

弟は自分に言い聞かせるように言うが、本当はわかっているのだろう。愚かなお兄さんが「弟の不始末で自分が殺されるのは嫌だ」と思っていることも、だから彼に「誰の責任でこうなったのか、ボスが一目瞭然に分かるよう」制裁を加えるために顔を焼こうとしている事も。

「でも、その位置の傷を焼くとなると、目まで焼いちまうかも知れんぜ?」

「わかってる。」

残念ながら弟の整った顔には「覚悟は足りないけど、兄貴がそう言うから仕方がない」と書いてあった。

おそらく昔からそうなのだろう、粗暴で愚かなお兄さんの言い分を、優しい弟が素直に受け入れて、傷つきながらここまでやってきたのだ。

「だからやっぱりやるしかねぇ、俺がやるしか。」

そう言って、お兄さん自身も悲壮な顔で弟に火かき棒を向ける。

それはそうだろう、誰も実の弟の傷口を焼き潰したりなんかしたくない。

タチが悪いのは、お兄さん自身が、自分の身を守る為にはそれしか方法が無いと信じてしまっていることだ。


心底愚かだと思うが、現代でも「この人の為」と言いながら自分の見栄の為に患者から薬を取り上げたり、怪しげな民間療法を押し付けて患者の病状をより悪化させる家族と、おかしいと理解しながらもそれに従う患者を目の当たりにした事がある。


いつの時代も、どの世界でも、こういう奴らは存在するということだ。


これが現代で、俺の職場の薬局なら、適当に薬を押し付けて「後はご自由に」で済ませていただろう。それ以上の介入は、現代社会では「イタい奴」だ。


だが今の俺は、そういうものからは開放されているらしい。

つまり余計なお節介は焼き放題だ。

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