第6話 仕事場よこんにちは その4

「ああ、何すりゃ良い?」

馬車から馬を外して適当に繋ぎながら、お兄さんは素直に言ってくる。

「まずは店の明かりを着けてくれ。」

「なんだそりゃ。」

「悪いけど実際、結構切実なんだ。」

店に戻ると、お兄さんは手持ちの火打ち石で手早く暖炉に火を着けた。薄暗い店内が一気に明るくなる。

俺はそのスキに奥をちらっと確認する。女の姿は見えない、逃げたか隠れたか、いずれにせよすぐに見つかる位置にはいないらしい。出来れば逃げていてほしいところだが。

「なぁ、ここお前の店じゃねぇのか?」

お兄さんが天井を見上げて言ってくる。

つられて俺も天井を見た。光を取り入れるための天窓があるが、落ち葉に覆われて機能していない。おまけに板が綺麗に打ち付けてあるので気が付かなかったが、どうやら窓もちゃんとある。本来なら火なんて着けなくても、この時間なら店は明るいはずなのだ。

「ああ、実は今日来たばかりでね。何処に何があるかさっぱりなんだ。」

手入れをサボった、という嘘が通用するとは思わなかったので本当のことを言った。

「さっき我が物顔で「いらっしゃいませ~」とか言ってなかったか?」

「いらっしゃいませ〜」とは言ってないが、我が物顔だったことは認める。

「・・・前の職場の癖でね。」

事実だが、言い訳には厳しいか。

「何だ、手入れが悪いと嫌味を言ったつもりだったのに、本当にお前の店じゃねぇのか、頼りねぇなぁ。」

通じた、嘘をつけばよかった。

「じゃあ申し訳ないけどお兄さん、適当に部屋の棚の引き出しを開けて、包帯と軟膏を探してくれ。」

「ホウタイ?ナンコウ?」

おっと、分からないのか、軟膏はともかく、包帯なんて紀元前からあるもんだろう。彼らの服は麻布の様だし、目も細かい。包帯自体は存在するはずだ。

「細長く切られた布が丸めてあるはずだ、それが包帯、軟膏はゆるく固めた油が壺かなんかに入ってると思う。」

「当て布と油か、はじめからそう言えよ。」

知的水準の問題だった。

「ふん、前に傷に油が良いと聞いて塗ったことがあるが、全然効かなかったぜ。」

「まぁ、傷も油も色々だからね。」

バカにされたと思ったのか、お兄さんは乱暴に引き出しを開けて中を物色し始める。

酷く散らかしているし、何かがバキバキと割れるような音が聞こえた気がするが、下手に刺激すると危なそうなので、気にしないことにする。

「何だこりゃクセェ!気味わりぃ!毒じゃねぇのか?」

どうやら生薬の棚を開けたらしい。赤紫色の草の根が舞い、エグみのある匂いがする。

「あーあ、こんなにぶちまけちゃって。」

完全にお兄さんはしばらく床を散らかした後、手近な椅子に腰を下ろして、退屈そうに暖炉の火を眺め、外へ出ていった。

「飽きるの早いなぁ。」

そう独り言を言いながら、ゴソゴソとあたりを探すが、なかなか見つからない。


体感で数分経った頃、ふと何かの気配を感じて顔を上げるとカウンターの上に先程まではなかった包帯と、小さな壺が置かれていた。

「あれ、あった。」

見落としていたはずはない。だとすると答えは一つだが、包帯と壺を手に取った直後、お兄さんが店に戻ってきた。

「なあ、ちょっと」

俺の声を遮るように、お兄さんは「時間切れだ、借りるぞ」と言って暖炉から火かき棒を抜いて、再び出ていった。


おいおい、ちょっと待てよ。

お兄さんを追いかけて外に出ると、案の定お兄さんは、焼けた火かき棒を弟に向けていた。

悲壮な顔で弟が俺の方を見る。

「なぁ、おい、時間も経ってるし、そろそろ血が止まってるんじゃないか?もう一度俺に傷を見せてくれよ。」

可哀想な弟を庇うように言うが、お兄さんは聞く耳を持たない。

「いや、たとえ今血が止まってても、動かしたらまた血が出るだろう、それじゃ困る。傷を焼いて潰しちまうほうが、話が早ぇ。」


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