第5話 仕事場よこんにちは その3
「はいはい、こんにちわ。」
前に出たは良いものの、なんのプランも無い。
とりあえず頭を仕事モードに切り替える。クレーム対応程度のつもりでいるが、果たしてどうなるか。
「おい、ここに女が来なかったか?」
不躾に聞いてくる。
入ってきたのは一人だが、開け放たれた扉の外にもう一人、馬車に座った男が見える。
「女ですか?いいえ、見てませんねぇ。」
「本当か?隠すと容赦しねぇぞ?」
男は棍棒を構える。見た目通り乱暴だが、話はなんとか通じるらしい。
「隠す理由があると思いますかね?」
相手の暴力を意に介さないと言わんばかりに、分かりやすく溜め息を吐く、古今東西、こういうのには屈したら敗けだ。
忙しい中で仕方なく相手をしてやっているという雰囲気を作る。
「まぁ、それはそうだが。」
脅しに意味がないと解ってくれたのか、構えは解いたが、そう言ったわりに男は帰る素振りを見せない。
まだ怪しんでいると言うよりは、勇んで入った手前、きっかけなしで帰れないといったところか。
このままでは奥の方を見せろと言われかねない。
何か帰らせる手はないか。
外の男が呼びにでも来てくれると話が早いのだが、そんな様子はない。
と、外の男の様子をうかがっていて気が付いた。
「なぁ、あんたの連れは、怪我してるのか?」
構えを解いたので、敬語を使うのはやめる。
二人の男は揃いのバンダナをしていて、遠くにいる方の様子はあまりうかがえなかったが、どうやら額から出血しているらしく額を抑え、そこから血が滲んでいた。
この距離でも分かるくらいなので、いくらかひどいのだろう。
「ああ。」
しめた、とりあえずこいつを外には出せそうだ。
「良ければ診てやろうか?」
だが男は怪訝な顔をする。ああ、見たことあるわこういう表情。
「もちろんタダで。」
「おお、なら是非頼みたいが、お前ヒーラーか?なんか街で見たのと様子が違うが。」
どの程度誤魔化せるかはわからんが、こいつを追い出せれば充分だ。薬剤師として患者を納得させるのに培った日頃の口八丁が通じることを祈ろう。
「残念ながら魔法は使えんが、まぁ似たようなもんだ。」
そう言って同行を促す。
「打撲か?切り傷か?」
移動中に問診をとる、これは仕事をしていても同じだ。
「角のある石で殴られた。両手は縛ってあったんだが、直前に握り込んでいたらしい。」
ああ、あの子に逃げられた時にやられたのか、と言いかけて止める。ヤブ蛇というやつだろう。
「なるほど。やられてからどれくらいだ?」
「まだそれほど時間は経ってない。」
もう一人の男の元に辿り着くと、いくらか怪訝な顔をした。
「兄貴、そいつは?」
大男を兄貴と呼んだ怪我人は、兄貴よりいくらか小柄で、兄貴と違って結構整った顔をしているが、全体の雰囲気が似ているので恐らく実の弟だろう。
「ヒーラーだ。」
兄貴のほうが俺を紹介する。
「ああ、よろしく。」
俺は患部から弟の手を退けた。見た目通り怪我に慣れているのか、弟はきちんと患部を圧迫してるのに、出血が止まっている様子がない。思ったより傷は深そうだ。幸い、寸でのところで眼球は無事だが、瞼の一部が縦に裂けている。うう、痛そう。
「なんか思ってったのと違うな。」
意外と冷静な弟にそう言われると胃が痛い。縫合が必要な出血なので、残念ながら俺では手に負えない。
薬剤師に「処置」は出来ないのだ。
「お兄さん、ちょっと来て。」
俺は小屋に戻りながら兄貴の方を呼んだ。
「なんだ、あいつの傷、悪いのか?」
見た目に似合わず不安げな顔をする、弟が大事なのだろう、良い心がけだ。
「頭は血が出やすいから、見た目程酷くは無いだろうけど、放って置いても良いとは言えない感じだね。特に目が危ない。」
うーんと、お兄さんが唸る。
「このままじゃ人探しどころじゃないだろう。帰ってちゃんとしたヒーラーに診せた方が良いよ。」
我ながら最善の対応。
「いや、そんな時間も金も無ぇよ。」
そいつは残念。
「じゃあ、何か無いか探してみるから、お兄さんちょっと手伝って。」
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