君と奏でるハーモニー
西宮ユウ
命を宿すハーモニー
季節。それは、毎年決まった時期に訪れる。
春は春に。夏は夏に。秋は秋に。冬は冬に。
俺は、そんな春夏秋冬の中の冬に生まれた。
冬と言っても、春になりかけの2月後半。
少しずつ気温も上がり、桜の蕾が顔を出してくる頃に、俺は生まれた。
ただ、俺は普通ではない。
人より体が弱く、病弱だ。小学校の時には、何回入院したか分からないくらい入院を繰り返していた。
中学に入ってからは少し減ったが、それでもほとんど学校には行けていない。
学校に行けていないせいで友達もいない。
孤独だ。
勉強はある程度できたので、オンライン入試を行ってもらい都内にある高校に合格する事が出来た。
しかし、入学後すぐに体の状態が悪化し、入院することになった。
その時先生に言われたのが『もって半年でしょう』という言葉だった。
皆がよく言う言い方だと、余命半年だ。
ただ、自分の体の事は自分が一番理解している。だから、先生の言葉を聞いても、俺は全く驚かなかった。
何故なら分かっていたからだ。もうすぐなんだと。
怖いか怖くないかで言うと、怖い。
死ぬのが怖くないという人もいるけれど、それは嘘だと俺は思う。
死ぬという恐怖を感じた事が無い故に、簡単に言えるのだろう。
余命半年。
俺は何をして過ごそうか考えた。
とはいえ、病院から出れる訳ではないので出来ることは限られる。
本を読んだり、ゲームをしたり。それか、テレビを見たり。
出来る事は少ないけれど、少ない中で工夫していかなければいけないのだ。
「半年か。母さんと父さんより先に死ぬなんて……」
自分の親より先に他界する事程、親不孝な事は無い。
病気が理由でも、それはただの言い訳にしか過ぎない。
最終的に、親を残してしまうのだから。
親を悲しませてしまうのだから。
「今日は、母さんが持ってきてくれた本でも読むかな」
俺は、外の空気を吸いながら本を読みたかった為、重い足を動かし屋上を目指した。
「やっと着いた」
♪♬♩♫♬♪
すると、扉越しから楽器の音色が聞こえてきた。
これはバイオリンだ。
完全五度に調弦された弦を弓で擦って音を出す。低音から高音まで、まるで音が生きているかのように奏でられている。
俺は少しずつ屋上の扉を開け、音色のする方を見た。
目線の先には、何も持っていない女の子がエアでなにかをしていた。
そこで疑問に思ったのが、さっきの音だ。
確かにバイオリンの音が聞こえた。
しかし、屋上には彼女一人しかいないので、バイオリンを弾いていたとしたら、彼女しかありえない。
「こんな所で何をしてるんですか……?」
俺は勇気を振り絞って彼女に話しかけた。
「演奏してるの!」
彼女は、満面の笑みでそう答えた。
その笑顔は、一生忘れる事の出来ないほどに素敵だった。
「演奏って言ってたけど、楽器は無いんですね」
「エアで演奏してるからね。それに、楽器はもう持てないんだ」
「持てない?」
「うん。実はね――」
彼女の話はこうだ。
高校3年の春、演奏会の会場に向かっている途中で交通事故に逢い、脳に少しのダメージと両手の神経にダメージがあり、うまく力を入れられなくなったらしいのだ。
それでも、何とか楽器を演奏しようと頑張ったらしいのだけれど、日に日に力が入らなくなり、今では食事も一人で出来ないという。
「そういえば君、名前は?」
「
「誠君、いい名前だね。私は
「あ、はい」
「あ、敬語使ってる!」
「あ、」
「あははは」
こんなに笑ったのはいつぶりだろう。
小学校の時?中学の時?いや、こんなに笑ったのは初めてだ。
俺の人生で笑える瞬間なんて無かった。
今日この日まで。
でも、千鶴さんといると自然と笑顔になる。笑顔にしてくれる。
そんな千鶴さんに俺は、少しずつ好意を抱いていった。
半年という短い期間の片想いだ。
「そうだ、病室どこ?」
「3階の一番奥の部屋……です」
「敬語を辞めるのは時間が掛かりそうだね!今度誠君の部屋に遊びに行くね!」
「え、来るんですか?」
「もちろん!自分の部屋にいても退屈なんだもん」
「まぁ、それは確かに」
「じゃあ決まり!明日行くから綺麗にしててね!」
「え?!」
彼女はまるで嵐の様だ。
遠くで見ていると物静かでおしとやかな印象だったのに、近づくと破天荒。我が道を行くみたいな感じだ。
でも、そこが彼女の、千鶴さんの魅力なのだろう。
「じゃあ、また明日ね!」
「また明日」
千鶴さんに圧倒はされたものの、嫌な気はしない。
「あ、なんで音色が聞こえたのか聞くの忘れた」
俺は、日が沈む前に屋上を後にし、自分の病室へと戻った。
そのまま夕食等を済まし、就寝する。
♪♬♩♫♬♪
♪♬♩♫♬♪
♪♬♩♫♬♪
夢なのか何なのか。それは分からないけれど、千鶴さんが奏でるメロディーが頭の中で流れる。
しかし、そのメロディーで目覚める訳でもなく、ただ永遠と頭の中で流れている。
俺は、静かに浅い眠りから深い眠りへと就いた。
「頼もう!」
翌日、約束通り千鶴さんが俺の部屋にやってきた。
「いらっしゃい」
俺は、お店の店員さんのような対応をした。
「なんか硬いな~!まだ緊張してるのかな?」
「緊張なんてしてないですよ」
「顔赤くなってるよ?」
「なってません!」
何だろう。この人といると自然と気持ちが明るくなる。元気になる。
千鶴さんはそういう素質を持っているのだろう。
「今日は何するんですか?」
「今日はね、なんじゃもんじゃゲームをしよう!」
「なんじゃもんじゃゲーム?」
今まで人と遊んだことの無い俺は、トランプや人生ゲームのような有名なゲームは知っているが、最近流行っているゲームなどは全く知らない。
「なんじゃもんじゃゲームっていうのはね――」
― ルール ―
1.まずは順番を決め山札から1枚カードをめくります。
2.めくったカードが初めてみるなんじゃもんじゃであれば好きな名前をつけてあげます。
3.付けられた名前を記憶し、次の人が山札からカードをめくります。これを繰り返していきます。
4.すでに名づけられたなんじゃもんじゃが出たら誰よりも早く名前を言います。
5.一番先に答えれた人がそれまでに重ねられたカードをもらいます。
6.山札がなくなった時点で多くの枚数を持っていた人が勝ちです。
これが大まかなルールである。
「なんか楽しそうですね!」
「めちゃくちゃ楽しいよ!さぁ、しよっか!」
ゲームは順調に進み、残すカードは3枚となった。
「以外にいい勝負だね」
「ほんとに。千鶴さん結構早いんですもん。少しでも気を抜いたら負けちゃいます」
「負けてくれてもいいのに。まぁ、残りの3枚全部私貰うんだけどね!」
「そうはさせません!」
シュッ。
「アメリカンパンダ!」
「アメリカングマ!」
「?!」
「今、アメリカングマって言いました?」
「い、言ってない……」
「言いましたよね?」
「………」
今まで完璧だった千鶴さんが乱れた。
これは勝てるかもしれない。
俺はそう過信した。
結果はこうだ。
残りの2枚を千鶴さんに取られ、1枚差で俺の負け。
調子に乗ったのが失敗だった。
「私に勝とうなんては100ねん早いわ!」
「まいりました……」
勝負には負けたけれど、なんだか嫌な気はしない。それも千鶴さんの力なのだろう。
ずっとこんな時間が続けばと思ってしまうくらい、居心地がいい。
「あ、私そろそろ戻らないと。先生が来るんだった」
「じゃあ俺が送りますよ」
「ありがとう。誠君は優しいんだね」
「そんな事……無いです」
俺は少し顔を逸らしながら答えた。
「今日はありがとう!楽しかった」
「こちらこそ。楽しかったです」
「じゃあね!」
「あ、あの!」
「ん?」
「次はいつ会えますか?」
俺は、無意識に発していた。
「すぐ会えるよ!」
千鶴さんはそう言って、自分の病室へと戻って行った。
俺は、自分の部屋へと戻るべく、階段を下る。
フラッ。ゴロゴロゴロ、ドスッ。
俺は、階段から転がり落ちていた。
何とか一命は取り留めたものの、脳からの出血があり、もう少し遅ければ死んでいたかもしれなかったらしい。
「何とか出血は抑えることが出来ましたが、今後いつ出血するか分からない状態です。なので、先延ばしにしていた手術をする事をおすすめします」
元々脳にダメージがあり、その上から更なるダメージが与えられた事により、いつまた出血してもおかしくない状況らしい。
半年が経つ前に脳の手術をする予定だったが、今回の事があり、すぐに手術をする事をすすめられた。
その手術は、成功した前例が少なく、現段階で一番難易度の高いとされている手術なのだ。
手術をしない選択をすれば、半年後には命を落とす。もしくは、脳内出血を起こし命を落とす。
手術をしたとしても、成功する確率が未知数故に、助かるかは分からない。
ギャンブルみたいなものだ。
「先生。手術してください。お願いします」
俺は深く頭を下げた。
先生に全てを託した。
手術は3日後のお昼からとなり、それまでベッドから一切動く事が出来なくなった。
俺が階段から落ちた日から2日間、千鶴さんは俺の部屋に1回も来なかった。
いつもなら元気に部屋の扉を開けるのに、一切開かない。
千鶴さんに何かあったのではと思ったけれど、動くことが出来ないので何もすることが出来ない。会いに行くことすら出来ない。同じ病院に入院しているのに。
そして手術の1日前、今まで開かなかった扉が開いた。
「よ!久しぶりだね!」
「千鶴さん、なんで来てくれなかったんですか?」
「ごめんね。私にもいろいろあるんだよ」
千鶴さんの頭には包帯が、そして腕には今まではしていなかった点滴がしてあった。
恐らく、あれだろう。
「もしかして、手術ですか……?」
俺は恐る恐る千鶴さんに聞いた。
「バレちゃうよね。うん。手術したんだ、昨日。無事成功して、来月には退院できるんだって」
「よかったじゃないですか!また演奏できるって事ですよね?」
「ううん。力は戻っていくけど、バイオリンを持つことは不可能だって」
「そんな………」
俺は掛ける言葉が思い浮かばなかった。
「まぁ、普通に生活できるからいいの!それだけで幸せだから」
「そうですね」
心の底から喜びたいのに、喜ぶことが出来ない。
自分の事で頭がいっぱいだからだ。他の事を考えている余裕が全く無いのだ。
「これからリハビリがあるから、そろそろ行くね」
「はい。また」
本当は引き止めたかった。この心の不安をどうにかしてほしかった。
千鶴さんの力で心を明るくしてほしかった。
でも、それは出来ない。これは俺の問題だから。俺自身が乗り越えなければいけない事だから。
「それでは、今から手術を始めますね」
「はい」
「全身麻酔をしますので、目を瞑っていてください」
体に全身麻酔が打たれ、意識がどんどん無くなっていく。
まるで、死んでしまったかのように。
難易度の高い手術故に、時間はかなりかかる。
手術が始まってから5,6時間が経った頃、緊急事態が起きる。
「先生、脈拍、血圧共に低下しています」
「何?」
そう、俺の体が限界を迎え、あっちの世界へ行こうとしているのだ。
「輸血用の血液を持ってこい、後AEDも準備」
「はい」
手術室には緊迫したムードが漂う。
そんな時、俺の脳内にあるメロディーが流れてきた。
♪♬♩♫♬♪
♪♬♩♫♬♪
♪♬♩♫♬♪
♪♬♩♫♬♪
♪♬♩♫♬♪
♪♬♩♫♬♪
どこかで聞いた事のある音だった。
そう、屋上で千鶴さんが奏でていたメロディーだったのだ。
そのメロディーは、俺の心を温かく包み込み、明るくしてくれる。
「千鶴さん……」
「誠君、頑張って。生きて」
微かにだが、千鶴さんの声が聞こえた気がした。
その声が聞こえてから数十分後、俺は目を覚ました。
「誠!」
「よかった」
俺の横では母さんと父さんが泣き崩れていた。
「俺、生きてる。手術は成功したの?」
「無事成功しました。一度危ないところまで行ったのですが、奇跡的に盛り返し、成功に至りました」
きっと千鶴さんのおかげだ。俺はそう思った。
千鶴さんが奏でたメロディーのおかげで、支えてくれたおかげで、生きる事が出来た。
数日が経ち、俺は普通に歩けるまでに回復した。そして一番最初に向かったのは屋上だった。
♪♬♩♫♬♪
また、あのメロディーが聞こえてくる。
俺は、勢いよく屋上の扉を開ける。
「千鶴さん!」
「手術成功してよかったね!」
「千鶴さんのおかげです。俺のために弾いてくれてたんですよね。バイオリン」
「うん。私は演奏家だからね!」
俺は、こんな千鶴さんともっと一緒に居たい。そう思った。
「俺と付き合ってくれませんか」
「いいよ。一緒に音を奏でよう!」
俺は、考えた。彼女が奏でるメロディーに名前を付けるとしたら何がいいかを。
そしてピッタリなのが一つあった。
『命を宿すハーモニー』
君と奏でるハーモニー 西宮ユウ @Nisimiya_Yu
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