イタズラ心は雨模様

未咲しぐれ

第1話  妖神様

 俺は今日も退屈に学校までの通学路を歩いていた。無駄に道のりが長いのと、近所にノリの合う友達がいないのとが合わさって、この時間は暇でつまらない苦痛の時間だった。だから暇つぶしに自分より弱そうな奴を見つけてはそいつにイタズラをして反応を楽しむっていう遊びをしていた。中でも最近ハマってるのが同学年の冴島さえじま弘人ひろとって名前の奴だ。俺と弘人は別に同じクラスというわけではなく、お互いのことをよく知っているわけでもない。ただ通学路が被るのと、反応が面白いってだけの理由で俺が一方的にちょっかいを出しているだけだ。弘人はひ弱そうな見た目によく似合う臆病な性格で、俺のイタズラに抵抗しようとしない。何より嫌がらせをすると決まって『妖神様あやがみさま、助けてください~』って言って逃げていくのが面白いんだ。

 妖神様あやがみさまっていうのは詳しくは知らないんだけど、何でもこの地域に古くから伝わる伝承の一つで、この土地を守る神様のような存在をそういう風に呼んでいるらしい。ここに住んでればジジババから一回は聞かされると思うけど、俺はそんな話に興味ないしこれっぽっちも信じちゃいない。それで悪いことをするとそいつが現れて『あなたのいちばん大切な人は誰?』って質問されて、答えを間違えると魂を地獄へ持っていかれちゃうんだってさ。変な話だ。


 今日も俺は石ころを蹴飛ばしながら通学路を歩いていたら、前方に弘人の姿が目に入った。途端にテンションが上がった俺は、小走りで弘人に近づいていつも通りイタズラを仕掛けた。弘人は半泣きになりながら逃げていくんだけど、今日はその後に後ろから妙な視線を感じたので思わず振り返った。

 すると、すぐ真後ろに歳が同じくらいのおかっぱ頭の女の子が立っているのだ。その子はこれから学校に向かうには少し違和感のある古臭い着物に似た服を着ていて、前髪が目元まで伸びているから顔はあんまり分からなかった。ただ、不自然な程に白い肌と微動だにしないその様子から、まるで精巧に作られた人形が目の前に突っ立っているようで気味悪く感じてしまう。


「な、なんだよ」


 俺はその様子にややビビりながらも、ただ立っているだけでアクションを起こさないその子に対して話しかけてみる。


────すると、思いがけない返事が返ってきた。


「ねえ、君のいちばん大切な人って誰?」


 俺は鳩が豆鉄砲を食らったかのように目を丸くさせた。このフレーズには聞き覚えがあったからだ。


「……イタズラか? 俺をからかってんだろ!?」


 俺は焦って声を荒げて返事をした。でもその女の子はそれにも全く反応せず、同じようなことを繰り返すだけだった。


 とうとう頭にきた俺はその子をからかい返してやることにした。


「分かった、答えるよ。俺がいちばん大切な人は……弘人だよ。さっき一緒にいた奴ね。俺達はこう見えて大の仲良しなんだぜ?」


 俺は内心笑いながら、それを何とかこらえて振り絞ったかのように答えた。

 するとそれを聞いた女の子は何を思ったのか、すう~っと音もなくその場を離れていった。


「なんだよ、つまんない奴。これなら真面目に答えときゃよかったぜ」


 予想していた反応との差にがっかりした俺は、少しの後悔の念を抱きつつ学校へと急いだ。



 そして次の日から俺の日常に変化が起きた。いくら探しても通学路に弘人の姿が見当たらないのだ。別に遅刻をしたわけでもない。周りには見飽きた景色が普段通りに立ち並ぶ中で、取るに足らないはずのピースの一欠片が消えてしまい、俺の日常に小さな穴がぽっかりと開いてしまっているのだ。今まででもこんなことは初めてだったので、俺の心には疑問と少しの不安が蓄積された。


(もしかして……あいつと何か関係が……)


 俺の頭に一瞬だけ、昨日会ったおかっぱ頭の女の子の姿がよぎった。もしもあいつが“本物”で、この状況がふざけて返答した俺に対する報復の始まりなのだとしたら……。

 いやいや、そんな馬鹿な話なんてあるもんか。第一俺は妖神様あやがみさまなんていうオカルトな存在を信じちゃいないんだ。それにロボットじゃないんだから、休むことだってあるだろう。俺はそう自分に言い聞かせた。

 ただただ、この妙な胸騒ぎから来る不安を一刻も早く取り除きたかったのだ。




 そして数日が経った。俺の不安が見事に的中したというか、状況は変わらず弘人の姿を一度も見ることはなかった。しかしその変わらない状況とは裏腹に、俺の心は疑問から不安が勝るようになっていった。学校でも姿を見ておらず、噂を聞く限りではあの日以来休み続けているようだった。


(俺があの時の質問で弘人の名前を出したせいなのか……? もしそうだとしたら、俺にも何かが起こるのか……?)


 弘人が今どんな状況なのかを一刻も早く確かめたい。そして何より俺は自分自身にもわざわいが降りかかるのではないかと心配になる。


 そんなことを考えながら通学路を歩いていると、すぐ真後ろから聞きなれた声が聞こえてきた。


「ねえつばさ君、君のいちばん大切な人って誰?」


 咄嗟に振り替えると、そこには弘人が感情もなくぼ~っとこっちを見て突っ立っているのだ。


「はは、おい弘人! 今まで何してたんだよ」


 俺はいつもよりややテンション高く弘人に話しかけるのだが、すぐに弘人の様子に違和感を覚えた。まるで俺の言葉が聞こえていないみたいに一切反応を見せないのだ。名前を呼ばれたのも初めてのことだった。


「お、おい!」


 何か様子がおかしい。明らかに普段の弘人とは雰囲気が違っていた。何より無機質に俺を見つめるその目を見て寒気を覚えた。


「翼君、辺りを見てみなよ。ここはもう君が知っている場所じゃないんだよ?」


 そう言われた俺ははっと我に返ったように辺りを見渡した。すると、確かに先程までは普段通りの見飽きた通学路のはずだったのに、気付けば人っ子一人見当たらない薄気味悪い森の中にいるのだ。冷たい風が俺の顔を舐め、不気味にざわめく木々が俺を恐怖へと叩きつける。


「ひっ!」


 初めて“腰が抜ける”という感覚に陥った俺は、怯えながらその場にへたり込むことしかできなかった。理解が追いつかず、まともな思考ができる状態ではなくなった。

 そしてその様子をじ~っと見ていた弘人が、俺の方へゆっくりと近づいてくるのだ。


「ねえ翼君、君のいちばん大切な人って誰?」


 無機質な弘人の声が俺の頭に響く。前方からだけではない。俺を囲うようにして四方八方から語り掛けてくるのだ。逃げ場なんてどこにもなかった。


「お、俺が悪かった……! ごめん、謝るから……だから許して……」


 どうすることもできず、俺はただただ必死に叫んだ。顔を下に向けたまま頭を抱え、声を震わせながら無我夢中でそう訴えた。

 そしてしばらくするとピタッと声がやみ、辺りに嘘のような静寂が訪れた。俺は恐る恐る顔を上げる。すると目の前まで来ていた弘人がうずくまっている俺のことを見下ろし、無表情のまま言い放ったのだ。


「違うよ、翼君。君は“自分”がたいせつなだけでしょ?」





「うわあ!!」


 俺は大きな声を出しながら跳ね上がるように目を覚ました。雰囲気から察するにここは病院の一室だろうか、俺はベッドの上にいた。しかしなぜ自分がこんな場所にいるのか、その前後の記憶がなかった。横には心配そうに俺を見ている親と、そして弘人もいた。

 事情を聞くと、どうやら通学途中で気を失って倒れていたらしい俺を偶然弘人が見つけて、連絡してくれたようだ。


 俺は久しぶりに弘人のことを自分の目でしっかりと見る。すると先程目の当たりにした“弘人に似た何か”と、今そこに立っている弘人自身とが重なり、様々な感情が一斉に押し寄せてくるのだ。


「弘人、今まで……本当にごめんな………」


 目からは自然と涙が溢れ出た。俺はただベッドの上で泣き崩れるしかなかった。




 あの奇妙な体験は一体なんだったんだろうか。俺の意識が作り出した幻か、それとも……。大人になった今でもその答えは分からないままだ。 



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