ツタワルキモチ…。
宇佐美真里
ツタワルキモチ…。
ふぅ~。
鍵を開け、靴を脱ぐ。
玄関を上がり、冷たいフローリングを足裏に感じる。
今日も一日頑張った。我ながらそう思う。
進行中のプロジェクトも大詰め。
もうプロジェクト開始から三ヵ月が経とうとしている。
深夜のタクシー帰りもすっかり板についてしまった…。
時計を外し、ピアスを外し…、
それはまるで、ひとつずつ仕事に対する"武装"を解いていく様。
化粧を落とし、鏡の前に立つ疲れた姿の自分を改めて見つめる。
肩肘を張っている昼間の姿は、今の鏡の姿とは別人の様。
同僚がこのくたびれた別人の様な姿を見ればきっと驚くに違いない。
いや、ひょっとしたら周りには見慣れた姿なのかも…。
自分でも呆れるほどにヒドい、その姿…。
初めて任されたプロジェクト。絶対に失敗したくはない。
そう思えば思うほど、無駄な力が入っていることに、
いつもこのタイミング、鏡の前の"素"の自分を見る度に気付かされる。
そんな自分だからこそ、あのヒトにも無様な姿は見せられずにいる。
プロジェクトが無事終了するまでの間…あのヒトとは会わない。
そう、それは単なるワタシの我が侭。
でも…。
あのヒトは今、どうしているのだろう…。
あのヒトも会いたいと想ってくれているだろうか?
そう、それも単なるワタシの我が侭。
会いたい…。会いたいけれど…、会ってしまったら…。
会ってしまったら…、
これまで強がって張り続けていた緊張の糸を、
もう二度と張り直すコトは出来そうにない。我が侭な自分…。
心配して送ってくれる着信にも返信は出来ないまま…。
ふぅ~。もう一度、大きくため息をついて、
部屋の灯りも点けぬまま、テレビのリモコンを手にし電源を入れる。
真っ暗な部屋が青白く照らされる。
ぼぉっと眺める画面…。
そのまま寝てしまえばいいのだけれど、
いつもなんとなく点けてしまうテレビ…。
気付くといつも、テレビを点けたまま眠ってしまっているのだけれど…。
画面には少し古い映画が、映っている。
それは、昔あのヒトの部屋で並んで観た映画だった。
やはりあの時も部屋の灯りは点けないまま青白い画面で二人、観た映画…。
運命的な出逢いをする二人。
三ヶ月後のエンパイヤステートビルの展望台で再会を誓う二人。
オンナはオトコの待っているであろう場所へ急ぐが…、
そこへは辿り付くコトは出来ない…。
何も知らないオトコは、
豪雨の中、約束の時間になっても現れないオンナを待ち続ける。
別々の道を歩き始める二人だったが、偶然の再会…。
何も事情を知らないオトコは、
オンナにあの日のコトを訊きたいのだが…。
最後まで、意地の張り合い。
相手を想って、互いに強がる二人…。
自分のコトだけを考えての…ワタシの我が侭とは大違い。
そんなワタシでも、思わず画面の中の二人に呟いてしまう…。
「何で、もっと素直になれないの?」
涙…。
懐かしい映画だった。
あのトキも…暗がりのソファで…あのヒトの肩で…涙してしまったっけ…。
好きなのに、上手く伝えられない切なさ。
「何故、もっと素直になれないのかしらね?」
画面に映る二人、その意地の張り合いに、
涙に濡れながら、思わず笑ってしまったワタシ…。
先ほどの鏡の中の自分も、今の涙ながらの自分を笑っているコトだろう。
深夜2時過ぎ…映画は終わった。
リモコンのスイッチを押して、テレビを消す。
明日も長い一日になる…。もう寝なければ…。
そう思い立ち上がった。
その時…。
ブルブルブル…ブルブルブル…。
マナーモードに震えるスマートフォン。
短く三度振動し、再び沈黙へと戻る。
着信。覗き込む画面…。『新着1件』の表示。
こんな夜中に一体…。
「遅くにごめん。
2人で初めて観たあの映画、テレビでやっていたものだから…つい。
あともう少しだネ?!ガンバッテ!!」
あのヒトからの着信…。
乾いたハズの涙が、もう一度頬を伝う…。
カクシタキモチ…アイタイキモチ…ツタワルキモチ
明日こそ、あのヒトに返信してみよう。
そう思いながら…ベッドへと潜り込むと、
いつしかワタシは浅い眠りについていた…。
-了-
ツタワルキモチ…。 宇佐美真里 @ottoleaf
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