世界でいちばん幸せな人
山南こはる
第1話
わたしはしあわせです。
パパとママがいて、おにいちゃんがいて、おともだちがいっぱいいて、ようちえんがたのしいです。まいにちまいにちしあわせです。
ぼくは幸せじゃありません。
パパとママは離婚して、ぼくはひとりぼっちです。学校にもあんまり行っていないし、友だちがいじわるをしてきます。でも先生は、みんな仲よくよい子にしましょうって、いつも言います。
でもぼくにはたったひとり、友だちがいます。
だからぼくは、少しだけ幸せです。
俺は幸せだ。
だってさ、俺は病気とかないし、そりゃ頭はよくねえさ。でもなんとか高校行ってるし、一応は赤点だって取ってないしさ。留年したらヤベエって思うけど。
最近、おもしろいマンガ見つけてさ、けっこうハマってるんだけど、俺こづかい少ねえからさ、ちょっとバイトしようかなとか思っているわけ。
え? 最近の悩み? うーん、そうだな。強いて言うなら、ちょっと彼女とうまく行ってねえんだよね。あいつ、最近他の男子にちょっかいかけててさ、でもそいつもまんざらでもなさそうでさ。俺としてはさ、やっぱり楽しくねえわけだよ。そういうの。
え? 今、幸せかって?
んなもん幸せに決まってんじゃねえか。飯食えて風呂入れて家があって、おまけにおもしろいマンガだってあるんだぜ? 彼女? そんなもん知らねえよ。あいつはあいつで勝手にしろっての。
私は幸せじゃない。
私は世界でいちばん不幸だと思っている。
両親はいる。弟もいる。友だちはいるけどかたちだけ。たぶん向こうは友だちだなんて思っていないと思う。
毎日がつまらない。学校がつまらない。宿題見せてよって絡んでくるギャルの子がきらい。毎日つまらない。ご飯がおいしくない。砂を噛んでいるみたいで、何を食べても味がしない。
お母さんはいつもつまらなそうにしているし、お父さんなんてここ最近ぜんぜん会ってないし、弟とはしゃべらないし。
でも私には家族がいて、友だちもいるにはいる。彼氏はまだいなくて、いる子がちょっぴりうらやましいけれど。まだまだ人生は先があるから、あせっても仕方ないんだと思う。
世界でいちばん不幸だっていうのは、言いすぎたかもしれない。
自分? 人生ですか? はい、私は中学、高校と駅伝に打ち込みまして。大学ではサークルの部長を務めていて、努力を惜しまない人生を送ってきました。
この努力をぜひ御社のために使いたいと思いまして……。はい、はい。はい。私は自分の社会の役割について、潤滑油のような存在だと思っています。
はい、幸せか? 幸せか不幸かと言われれば、幸せな方だと思っています。この場まで……、最終面接までさせていただいているのですから、私は幸せだと思っています。
私が幸せか不幸かって、あなたそんなこと訊くわけ?
そんなもの、不幸に決まっているでしょう!? なんで私だけが子どもを産めないの? 周りの子たちはみんな出産して、私より遅くに結婚した人だちだって、もうお母さんになっているのよ!? なのになんで私ばっかりこんな思いしなくちゃいけないの?
ねえ、不妊治療ってつらいのよ? あなた、それ分かる? すごく痛いし苦しいのよ? ああ、どうせ何言っても無駄よね。あなたそういう人だものね。ええ、分かってた、とっくの昔に分かっていましたよ。そんなこと。
もう、いい。離婚よ離婚。あなたとでなければ、もしかしたら子どもを持てるかもしれなしね。
私が幸せか不幸かって?
そんなもの、不幸に決まっているでしょ!?
え? あたし? うーん、まあ幸せじゃね?
いや、マジうちのババアうるさいし。オヤジだってとっくの昔にいないし? もー、ぜんぜん帰ってないんだよね。友だちの家泊めてもらってさ。男の人にご飯、おごってもらうの。カラダ目当て? は、そんなの知ってるし。だってそうしなきゃさ、生きていけないんだもーん。
今興味あること? あー、となりの席にさ。あ、学校の話ね。まじめちゃんがいるんだけどさー。あいつもなんかつまらなそーな顔してるわけ。
べつに友だちになりたいとかさ、そんなんじゃないけどさ。あたしも人生つまんないし。教室でそんな顔してんのあいつだけだからさ。なんか、分かってくれるんじゃないかって、そんな感じ。
あいつが宿題見せてくれたら、もっと幸せなんだけどなー。
え、自分すか? いや、マジ幸せっすよ。やっぱ色んなところ見てくると、なんかスゲえそう思いますよ。
だってさ、世界は広いんすよ。いや、マジ自分落ちこぼれっすけど、視野の広さには自信あるんですって。
だってさ、世の中にはメシ食えねえで飢え死にする子どもとか、字が書けねえ人とかいっぱいいるんすよ。自分、マジでバカっすけどね、字くらい読めますってば。それできねえヤツがマジいっぱいいるんですってば。
ずっとこの国いたらね、分かんなかったすよ。自分、マジ小せえヤツだなって、とことん思いましたよ。自分、マジ幸せですって! メシ食えて家あって字読めるんすからね! バカはバカなりに幸せっすよ! だっていろいろ考えたって、始まんねえっしょ!?
ね、オタクもそう思いません?
え、幸せかって? おもしろいこと訊くのね?
そりゃ幸せよ。人生謳歌しているもの。仕事一筋? 部下とうまく行ってない? そんなこと考えたって、しょーがないでしょ? お酒がおいしくなくなっちゃうじゃない。
ま、たしかにね。私は結婚もしてないし、子どももいないし。仕事と趣味くらいしかないけどね。でもいいわよ。自分で稼いだお金、みーんな自分のために使えるんですもの。エステだって美容院だって習いごとだって、なんだってできるもの。
ま、強いていうなら親の介護? それだけ気がかりよね。もう私だって若くないんだし。親だって歳ですもの。そろそろちゃんと親孝行しなくちゃって思うのよ。
それよりも来月旅行行くんだけどさ。行き先? 海外よ、海外。友だちとリゾート。ちゃんとおみやげ買ってくるから、期待しててよ。
私は自分がそこそこ幸せだと思っていますよ。
昇進する未来もないでしょうし、家にいれば妻に疎まれますし、娘はすっかり反抗期ですし、家のローンはまだまだ残っていますし。今日も今日とて満員電車に詰め込まれて、会社でペコペコ頭を下げて、そのたびにハゲとかビール腹を気にするわけですよ。
いやいや、ぜいたくを望んではいけません。
だって私には帰る家があって、強い妻がいて、生意気でかわいい娘がいるんですから。ハゲでもビール腹でも家のローンが残っていても、それがいったいなんだというのですか。
高望みしてはいけませんよ。
いやいや、何だかんだ言って、私は幸せな人間ですよ。
僕は自分が不幸だと思うよ。
まさか、事故に遭うなんて思いもよらなかったし、車いす生活になるだなんて、もっと想像していなかったよ。
最初はみんなお見舞いに来てくれたけど、このごろはめっきり誰も来なくなっちゃった。学校も辞めなくちゃならなかったし、べつに楽しいところではぜんぜんなかったんだけど。でもいざ行けなくなるとさ、やっぱり何とはなしに悲しくなるんだよ。
ま、若くてかわいい看護婦さんがたくさんいるからいいけどさ。
採尿だけは、ちょっと嫌だけど。
わたしは今、とても幸せです。
髪はぜんぶ抜けて、両腕は注射の跡ばっかりで、最近は起きるのもつらくなってきたけれど、まだ生きています。
外には出られなくて、食欲もなくて、友だちにだって自由に会えないけれど、それでも幸せです。
だってわたしは、まだ生きています。
となりにいた子のように、まだお空には行っていません。
わたしはまだここにいます。
わたしはまだここにいるから、だからとても、幸せです。
世界にはいろんな人がいて、いろんな幸せがあって、いろんな不幸があります。
ところで、
あなたは今、幸せですか?
世界でいちばん幸せな人 山南こはる @kuonkazami
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