第2話 藤倉仁菜の秘め事

 山田は猫を飼っていたため、ようやく彼女と共通の話題を見つけたと喜んだ。いくつも話題が頭に浮かんだ。世話の仕方を僕に聞く藤倉。逆に、僕が聞いてもいいかもしれない。むしろそっちの方がいい。何か言い繕って藤倉仁菜の部屋まで行くビジョンが見えた。「ジーン」と呼ぶ自分の姿が見えた。

「なんか今日の給食不味くない?」

「わかる。見た目が無理……」

「ジーン、よく食べるよね」

「なんか、味とか気になるやんか」

 意を決して、給食が終わる前に、「藤倉さん、猫を飼ってるんですか?」と聞いた。


「いや、飼ってない」


 藤倉は山田を一目見ることなく言った。藤倉よりも、藤倉を「ジーン」と呼ぶ彼女の友達の方が山田の存在を認めていた。けして良い認め方では無かったが。

「朝、猫を抱えてたよね?」

「山田くん、しつこいんじゃない? ジーンが嫌がってるの分からない?」

 藤倉の友人が口々に山田を批判する。彼はたまらずごめんなさいと言って、足早に逃げた。



 それだけのことであれば、山田は単なる苦い記憶程度であった。


 事情が変わったきっかけは、山田が母親と近所のスーパーマーケットに行ったことだ。レジに並ぶ母が製氷機の氷を取ってこいと言った。そこも列ができていたため、暇潰しに周囲を見渡していると掲示板が目にはいった。町内のイベント情報や家庭教師の広告などの中に「迷子猫」と書かれた紙があった。写真には三毛猫が写っていた。


 普段ならそんなものを見もしないが、彼の興味をひいたのは、その家の住所に見覚えがあった。山田の通学路のどこかである。


 もしかすれば知っている人かもしれないと考えたが、知らない家であった。しかし、ある一行が山田の目をひいた。そして、単なる迷子猫の情報にも関わらず困惑した。


 猫のいなくなった日が、藤倉が猫を抱えていた日と同じであったからだ。



 翌日、山田はすぐに行動した。携帯で写真をとった迷子猫のポスターを藤倉に見せた。

「藤倉さん、知ってるんでしょ?」

「可愛い三毛猫だね」

「僕は、この日に君が猫を抱えてたのを見たんだ」

「迷子の迷子の子猫ちゃんか。飼い主さんもすごくかわいそうね」


 藤倉は山田をはぐらかした。

 しかし、下校時刻、藤倉は山田に、家に来るよう言った。


「私、あの猫のことばれてると思わなかった」

 山田は、となりにいる好きな女の子の顔が、以前と違って見えた。

「あの猫ね、三毛猫なのにオスらしいの。おかんが言ってた。すごく珍しいって知ってる?」

「涼宮ハルヒで言ってた気がする」

「山田くんオタクなんだ」


 藤倉と喋っているだけの時間がこのまま長く続けば良いのにと、凍える頭で思考した。家にいけば、なにかが崩壊する予感がしたのだ。


 彼の意にそわず、す彼女の家には数分でついた。

「へぇ男の子のお友達だったの? まぁあがってよ」

「あれ言わなかったっけ」

 藤倉の母がエプロン姿で現れた。

 藤倉の匂いだと思っていたものは芳香剤や洗剤の匂いだったらしい。この女性からまったく同じ匂いがした。


 通されたのは、彼女の部屋ではなく、リビングだった。

「ところで、さ、おかん。オスの三毛猫って珍しいって言ったじゃん? でもさ山田くんのせいで持ち主に返さなくちゃなんなくなったみたい」

「山田くん。仁菜はちょっとワガママだけど悪い子じゃないねんな?」

「オスの三毛猫って、やっぱりメスとは違うのかなって気になっただけやねん……」

「なあ、許したってや。お願いっ」

 藤倉の母は、顔の前で合掌した。


「それにもう手遅れやし」

「僕が許すとかの話じゃないでしょ? 手遅れって何のことですか」

 藤倉親子は顔を見合わせた。

「ねぇ、山田くん。若いんだし夕方にはお腹がすいてるんじゃない?」

「そうね。山田くんも一緒にどうかな」

 藤倉の母は、大皿に盛られた肉料理を運んだ。藤倉はフォークで、一切れの肉をさした。

「あーん、ね?」

 桜色の舌が唾液の糸をひいて歯を撫でていた。彼女の目がキラキラと輝いているふうに見えた。

 そして藤倉は山田の意思とは無関係に、それを口に突っ込んだ。

「じゃあうちらは食べ比べやな」

 藤倉の母は笑顔で頬張った。

「メスがどんな味か忘れた……」

「メスやったらそのうち捕れるよ」

 繰り広げられる親子の会話に、山田は口を挟むことができなかった。

 そして初恋とともに猫を飲み下した。

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初恋は猫とともに 古新野 ま~ち @obakabanashi

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