てヲ

千代芽

第1話

つき。

貴方が産まれてきてくれて私はとても感謝しているわ。

ありがとう、つき。

でも貴方は私にとって今は邪魔な存在なの。

知ってる?つき。私貴方より可愛いのよ。とっても。

貴方のお父さんよりも私のお爺ちゃんの方がイケメンだったの。残念だったわね。つき。


腰よりも少し下まで伸びた長い髪の毛はフワフワと風に靡いている。今日は高校二年の始業式の日だった。

少し期待と、その他絶望を持ちながら千鶴つきは校内に入っていく。きっとこの先待ち受ける多くの雑音に苦しめられる自分を想像しながら。

「つきちゃん!久しぶり~」

声をかけられた。反応しなければ。いつも通りの営業スマイルをしようとしたが、それは相手の顔を見たとたん、つきに自然と笑顔が戻った。

「きぬ!ちゃんと来たんだねw」

つきが通っている第一華陽高校は、偏差値は高いものの不良の生徒が多数であり、そもそも授業に出席しない者もいる。記憶力に頼って、前日に全力でテスト勉強をして附属の大学への推薦権を入手する人がほとんどだからだ。

もっとも、そんなありかたは絶対間違ってると思っているのだが発言したところで何かが変わるわけではない。むしろ私の大切なきぬが一緒に標的にされるだけなのだ。

ああ、気配が消せたら。自分自身を誰にも見られなくできたら。なんて叶うはずもない願望をひたすら心に唱える。

校長が壇上に上がった。話し始めた。しかしそれを無視するように話し続ける女子生徒たち。次第にその声は大きくなっていき校長の声までも飲み込んでいく渦となった。彼女たちはその渦を作って教師たちに訴えているのだろう。早く終わらせろ、と。校長たちら教員は反論をする気はなく、流されながらも話を続けていく。

その瞬間確かにつきには見えたのだった。校長の心の傷が。大きく深くなっていく、ナイフでえぐられている心臓に近い、もっと大事な部分が。それはきっと、私たち一人一人が持っている、もっとも繊細な部分である。渦はそこに攻撃をしていた。

「君には見えるんでしょ?心の傷が。」

「見えてない」

「嘘よ。じゃあ何故貴方は校長先生の傷ばかり見ているの?」

「見えてない」

「見て見ぬふりをするのね、貴方は悪い子。」

「○○○○は、貴方をそんな子に育てた覚えはないわよ。」

「あんたは私の親じゃない。」

「あら、冷たい」

「黙れ外道」

校長はどんなに心の傷を抱えていても、華陽高校のアドミッションポリシーを掲げてそれ通りに行動していくのであろう。全ては生徒の自由を尊重するため、と。

以前、つきが学校にある自動販売機で飲み物を買おうとしたとき校長と雑談をしたことがあった。その時もつきに「これは生徒の希望に沿っているのか、アンケートなどはとっているか」と訪ねてきた。記憶になかったため、それはないと思う。と返事をしたつきだったが、内心驚愕していた。

この校長はどれだけ生徒を最優先に考えているのかと。きっとこれは大学だったら少しはいい方向に動いていただろうなと。

しかし私たちはたかが17歳である。一体この17年間しか生きたことない未熟な脳みそで、自由とは何かということを理解することはできるのか。自由をはき違える人間ばかりだろう。

「ねえ、きぬ。」

「ん?」

「この学校は相変わらずだね」

「そうだね」

つきの親友、絹枝は不真面目に見えてとても真面目な少女だ。興味を持つところが少し他の人とずれているが、彼女の頭の回転の早さは群を抜いている。ジャンルは少し異なるが、同じ近代小説を読む仲間としてとても心強い存在なのである。だから、校長が話してる途中に喋りかけてもあまり対応をしてくれない。


校長の傷を見ていたら、いつの間にか始業式は終了していた。1/3くらいしか集まっていない生徒の出席確認を担任が取っている。必要はあるのだろうか?この世界は、流れがあるから、昔からの伝統があるから、やらないと怒られるから、そんなもので動いているようにしか思えない。だから傷が増えていくというのに。

以前、つきが興味本位で読んだことのある小説の中で「あんた達は、その、個人的な問題にな、囚われ過ぎてるんだよ。まあ、あんたのことは知らんが、少なくとも、うちのあれはそうだ。自分の中だけで解決しようとしてる。だから、パンクするんだよ。」(作:中村文則 題:土の中の子供 出版社:新潮文庫)という文章がずっと頭の中に残っている。

この小説の一文の通り、一人一人が激しい主張を持っていても、それを心の内に収めているケースが多すぎるのだ。だから何も変わらない。けれど陰でこそこそと人をバカにしたり罵ったりしている。人間とはそういう者なのだろうか。私も人間であるから、そうであるなら私は自分が人間であるということが心底憎らしく思えてくる。


「つきちゃん、終わったから行こう。」

「うん、今行く。」

つきは絹枝に体を寄せて体育館を後にした。


「英美子さん…」

「誠一さん…」

「やっと金曜日、誠一さんと頻繁にお会いできているのにもう最後に会ったのがずーっと前のことのようでした。お会いできて嬉しい。」

「今日は部下との飲み会がありましたからね。」

「お疲れ様でした。今週末はゆっくり休めるといいですね」

「そうだね、恵美子もね。」

男女は肌を重ねる。接吻をする。彼らは本当にアンドロギュノスがお互いの男女の肉体を失って悲しんでいるかのようにセックスを繰り返す。自分の損なわれた半分の性を取り戻そうとする行為かのように。ぐちゅぐちゅと音をたてた性器を辱むように、女は体をうねらせる。意味はないのだ。君たちの半分の肉体は戻ってこないのだ。しかし無意味なことをするのが人間だ。そうだろう?

「ええ、そうね。それこそ人間だわ。」

イデア界から現象界に降り立った人間に相応しい。



【あとがき?】

読んでくださってありがとうございます。

最後の段落の文章は実際に誰かさんと誰かさんがLINEで話していた内容を元にしているんですよ。

そのおかげで心臓が破裂しそうで死にそうですが、なんとか書き終えて安心しています。

何故人は快感に走るのでしょうね。不思議でなりません。それが例え自分を崩壊させるとんでもないものだったとしても、”人間”という生物は自分の欲望に従ってしまいます。恐ろしい。w

まあ私、そしてこれを読んでくださっている読者様も皆人間でしょうから(と思いたい)このような本能は組み込まれていることでしょう。

しかしその本能が人を沢山傷つけるのです。

それが”人間”なんでしょうね。

2話目はできるだけ早く完成させて投稿したいと思っています。しばしお待ちを。


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てヲ 千代芽 @Nashirokuronan

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