第22話三十六対二

 心臓がひとつ、どくんとなった。

 それは俺の中に流れる竜の血が全身を駆け巡っている証拠だ。

 全身に力がみなぎり、体温が高くなるのを感じた。

 身体能力が飛躍的に向上するのを実感した。

 その血は最後の竜王子であるアレクシスと同じ能力を俺に与えてくれる。


 息を一つ吐き、俺は飛来する革鞭を紙一重でかわした。

 疾風が俺の頬を切り、うっすらと血が流れる。

 凄まじい殺傷能力だ。

 避けただけでも傷をつけることができるとは。


 こいつはかなりやっかいだ。

 そもそも鞭というのは他の武器にくらべて軌道が読みにくい。


 弧をえがきながら、風をきる吸血鬼殺ヴァンパイアハンターの攻撃をかわし、地面を蹴り、俺は イリシアに肉薄した。

 右拳に力をこめ、イリシアの片目の顔に叩きつける。

 女の顔を殴るのは趣味じゃないが、今回だけは勘弁してもらおう。

 イリシアは本当にヤバイ奴だ。

 正義を信じる狂信者ほどやっかいなものはいない。

 手加減して勝てる相手ではない。


 だが、俺の右の拳はイリシアの燃える前髪だけをかすめるだけだった。

 わずかに頭を後方にずらして、俺の右ストレートをかわした。

 なかなかの反射神経だ。


 おっと感心してる場合じゃない。

 距離をつめたおかげで鞭をふるうことを封じることができたが今度は別のものが俺の心臓めがけて、襲いかかった。

 それはソードブレイカーと呼ばれる分厚い刃の短剣であった。

 右手に革鞭、左手に短剣というわけか。


 俺はその猛攻を左半身をおもいっきり後方に引き、その短剣をかわした。

 短剣は俺のジャケットだけを切り、空を駆けて行く。

 ちっ、お気に入りのジャケットだったのに。


 回転し、俺たちは場所をいれかわった。

 イリシアの奴はにやりと笑っていた。

 どうやら戦闘を楽しんでいるようだ。

 狂信者で戦闘狂か。

 まったくもってやっかいだ。


 俺たちが近接戦闘を繰り広げている間に他の騎士たちが半円陣形をひき、俺を包囲しようとしていた。

 彼らは高らかに歌う。

 幻想的で荘厳的な歌声が周囲に響き渡る。


 イリシアの様子が変わった。

 何か熱気のようなものに包まれている。

 それは戦闘の達人だけがもつ闘気オーラと呼ばれるものだろう。

 見るからにイリシアの体が一回り大きくなっていく。

 ボリュームたっぷりの胸もさらに大きくなり、修道服がはちきれそうだ。

「我らの敵に神罰を、アーメン‼️」

 物騒な祈りを捧げ、イリシアは熱い息を吐き、地面を革鞭で打った。

 革鞭の破壊力はすさまじく、地面に巨大な穴をあけた。


「ハレルヤ‼️」

「ハレルヤ‼️」

「ハレルヤ‼️」

 周囲の聖歌隊はより一層、強い歌声を奏でだす。

まったく不気味な連中だ。

 その歌声の効果なのだろう、イリシアは格段に身体能力をあげた。


 巨大な胸を揺らしながら、俺に突撃を開始した。

その勢いはさながら角に火をつけられた猛牛であった。

 大きく吸血鬼殺ヴァンパイアハンターを振り上げ、俺の体を撃ちくだくべく、その凶悪な代物を俺の頭上に降下する。


 その時、俺の目の前が光に包まれた。


 その光の中からあらわれた男は、二メートル近い巨体を革の鎧で包んでいる。

 筋骨たくましいその背中には大剣クレイモアが背をわれていた。

 その男は大剣クレイモアを抜き放つと一息に凪払った。

 凄まじい剣風がイリシアを吹き飛ばす。

 後方に数メートル吹き飛んだイリシアが倒れなかったのは流石だ。


 イリシアを強制的にさがらせた男は、俺にふりかえり、にこりと微笑んだ。

 爽やかな、いい笑顔だった。

 俺は彼を知っている。

 七つの物語の一人ヒーロー

 「流星王戦記」の登場人物キャラクターであるクリュゲス・レオ・アルタリウスであった。




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