第18話君とボク

 アクセルを全開にし、ギアをトップにいれる。ハンドル右下の特別なレバーを引くことによってバジリスクは次元と時空を容易に突破する。


 視界は文字通り真っ暗であった。光は何一つない。まったく何もない空間をバジリスクは疾走する。

 座席に座り、ハンドルを握る俺の体に言い様のない高揚感と浮遊感がおそう。

 それは軽い車酔いのようなものだとこのバジリスクを設計製作した博士ドグが言っていた。

 ちらりと助手席に座るレイラ姫も形の良い眉をよせて、その感覚に耐えていた。


 暗闇に見覚えのある人物が俺の視界をよぎった。

 白シャツにデニムのパンツをはいたショートカットの可憐な少女だった。


「兄様……」

 姫さんも何か見えたのだろう、ぼそぼそと言葉を口にしていた。

 その視線の先には姫さんによく似た男がいた。

 驚いたことに胸元を強く押さえ、血がだらだらと流れていた。


 これも博士が言っていたのだが、時として次元の扉をくぐる時に記憶が映像化ビジョンとしてあらわれることがあるというのだ。


 俺の目の前を漂っているのは紛れもなく生前のソフィアであった。





 ボクはいつものお気に入りのカフェでノートパソコンに向かい、ポチポチとキーボードを叩いていた。

 甘いカフェオレをすすっていると癖の強い黒髪のお兄さんがボクの隣に座った。

「やあ、智美。進んでいるか?」

 コーラの入ったカップをテーブルに置き、お兄さんはきいた。

 コーヒーの美味しいカフェでコーラを頼むのがお兄さんらしくて、少し笑えた。


「うん、あともうちょい……」

 画面をみつめたまま、ボクは答えた。

 今書いてるのは「流星王戦記」という北欧の国王をモデルにした架空戦記ものだった。


 パソコンの画面に映る保存ボタンを押す。続いて投稿のボタンをクリックする。

 そう、ボクはWeb女子高生作家なのだ。


 そしてお兄さんはボクの本当の兄の親友で、いつも小説を読んでくれているのだ。

 投稿するとすぐに感想を書いてくれたりするので確実にボクのファンなのだ。

 たまにこうして会いにくるのできっとボクのことが好きに違いない。


「前の三匹の勇者、あれ面白かったな。フログが戦うところ、迫力があってよかったよ」

 お兄さんは言った。


 直接言葉で感想を言うのはずるいじゃないか。

 ボクは耳の先が熱くなるのを感じた。

「まあね……」

 ボクは照れ隠しにほとんどなくなったカフェオレをすすった。

 そうしていると急に胸が痛くなって咳き込んでしまった。

「おい、智美、大丈夫か」

 心配気にお兄さんはボクに声をかけた。

「うん、大丈夫だよ」

 ボクは答えた。

 最近、熱っぽくて咳がでる日があるんだ。

 病院でみてもらったほうがいいのかな。





 漆黒の次元の扉を突破し、俺たちは元の世界に戻ってきた。

 ゆっくりとブレーキを踏む。

 バジリスクは徐々にスピードをおとしていく。

 隣の姫さんの悪かった顔色が元通りになっている。少し涙目なのが気になるところではあるが。

「時刻は五時二十五分。もうすぐ、夜明けね。剣太郎、すでにF市に入っているわ。目的地の聖ジョージ教会はもうすぐね」

 ソフィアは言った。







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