第11話ロベール平原の会戦

 頬にあたる風は冷たく乾いていた。

 まぶたを開けるとそこには荒涼たる大地が広がっていた。鉛色の雲が空をおおっていた。

 吐く息が白い。

 外気温は冬のそれと思われた。


 そこは見たこともな景色だった。

 俺は左右を見渡す。

 やはり見覚えがない。


 いったいここはどこなのだろうか。


 あの鏡の中から生えた腕に引っ張られ、気がつけばこのような見知らぬ大地に立っていた。


「キャアァァァ‼️」

 かん高い悲鳴の声が天空から鳴り響く。

 声の方向に顔を向けるとそこには猛烈なスピードで落下するレイラ姫がいた。


 こいつはちょっと驚いた。

 このままでは姫さんは大地に落下してぺしゃんこだ。俺は急ぎ、駆け出した。

 落下地点を予測し、俺は両手を広げて待機した。

 予想通りのポイントで待ち、レイラ姫をナイスキャッチした。はからずもお姫様をお姫様抱っこする形になった。


「よ、良かったです」

 安堵のためか、かすかに涙混じりにレイラ姫は言った。

「鏡から手が生えてきて……。驚いていたら、空に放り出されたのです」

 息を荒くして、レイラ姫は言った。

「どうやら、姫さんも同じ状況みたいだな。まあ、離れ離れにならなかったのは不幸中の幸いか」

 と俺が言った直後、空間がぐにゃぐにゃに歪んだ。俺たちはその空間を注視した。


 その歪んだ空間からあらわれたのは例の魔少年ロイであった。

 少年はブルゾンのポケットに両手をつっこんでこちらをにやにやとした笑顔で見ていた。

「やあ、お兄さん。また会えたね」

 ふふっとつくり笑いを浮かべた。


「あい、おまえ、ここは何処なんだ?」

 俺は単刀直入に聞いた。

 いやな予感がする。

 もしかすると俺たちはとんでもない世界に放り込まれたのかもしれない。


「ここはねロベール平原っていう場所だよ」

 魔少年ロイは言った。


 ロベール平原なんて聞いたこともない地名だ。職業柄地理にはくわしいが、そんな名前の場所は初めて聞くものだった。


「それもそうさ。ここは異世界ドラゴニジウム。僕たちのフェアリージェルでもなくお兄さんたちの人類社会でもない、まったく別の世界さ」

 ロイは言った。


 おいおい、こいつはとんでもないことになったぞ。どうやら強制的に異世界に転移させられたようだ。どんだけ異世界を出す気なんだ。


 俺が心の中でグチっているとロイは会話を続けた。


「もうすぐ、ここは戦場になるよ。それも歴史的なね。ファムル神聖帝国とラー共和国とのね。いわゆる独立戦争ってやつさ。長年の圧政に苦しんでいた東のラー自治領は共和国を名乗り、帝国に宣戦布告をしたってわけさ。それに対して帝国は皇帝ヨーゼフ二世自ら征討軍を率いることになったのさ」

 ご丁寧にもロイは状況説明をしてくれた。

「この平原は帝国領と共和国領のちょうど間にあるんだ。もうまもなく両軍が激突するよ。無事にこの戦場を切り抜けることを祈っているよ」

 あははっと高笑いを浮かべるとロイはまたもや歪んだ空間を発生させ、その中に消えていった。


 ちっ、なんてことだ。奴のいうことが正しければ俺たちは全く知らない世界の戦争に巻き込まれるというわけか。

 ひどい話だ。


「どうします、剣太郎さん」

 不安気に姫さんは聞いた。

「とりあえず、奴のいうことが正しければこの場所はかなりやばい。一刻も速く離れなければ……」

 俺がそう言った直後、パンッという乾いた音が鳴り響き、足元の地面に小さな穴が空いた。

 そこには銃弾がめり込んでいた。


「貴様ら、そこで何をしている」

 声の方向に顔を向けるとそこには見たこともないデザインの軍服を着た男たちが銃口をこちらに向け、立っていた。



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