第33話 襲来

「——以上が個式魔術の術式やそのルールです。分かりましたか?」


「はい。大体は——」


 『個式魔術』の講義が終わった。

 まだ全体のほんの一部だが、それでも教わった内容はしっかり頭の中に入っている。これならあと三、四回あれば、個式魔術について理解できるだろう。


「先生、貴重な時間を割いていただき、ありがとうございました」


「えぇ。空いた時間ができれば、知らせます。それでは——」


 ドアノブに手を掛け、部屋を出ようとしたその時だった。

 学園全体を衝撃が叩いた——。


「「!?」」


 体が宙に浮くほどの衝撃、そしてガラスと壁の破砕音が続く。


「先生!今のは!?」


「落ち着てくださいMr.ドージ。まずは状況を確認します」


 ムルド先生と手分けして音の発生源を探る。

 あの破砕音以降、さっきの衝撃が嘘のように静まり返っているので、手がかりがない。勘を頼りにそこら中を探し回る。

 そして、その場所を発見した。


「先生こっちです!壁に穴が!大きな穴が空いてます!」


 穴が空いていたのは、俺と先生が話していた部屋から二階上のフロアだった。

 合流したムルド先生は壁の穴を見て表情を険したかと思うと、即座に通信魔術の準備に入った。


「異常事態です。一先ず、他の先生方と連絡を取ります。『イエロー・ミュータルコール』!」


 冷静な判断で、連絡を取ろうとするムルド先生。

 しかし——。


「——ッ!?」


「大丈夫ですか先生!」


 通信魔術を使った途端、空中で電気のようなものが弾けた。

 それを見てムルド先生は苦々しい顔をする。


「ッ!既に結界魔術が張られています、それも中々厄介なものが」


「結界魔術。あれが!?」


 名前の通り、一定の区域を制限する魔術。この前のタスクでもボイドの入り口を閉じるのに使っていたのは記憶に新しい。


「結界魔術にも種類があります。これはおそらく、物理的な移動を制限するほかに外部との通信魔術を遮断する効果もあるのでしょう」


「じゃあ、他の先生と連絡は取れないってことですか」


「まだ結界の範囲が分かっていないのでそうは言い切れません」


 結界の内側に他の先生がいる可能性はあるということか。

 しかし、通信魔術が使えない以上探すのは難しいだろう。


「仕方ありませんね。Mr.ドージ、ここは——」


「グルルルルルァァァ!!!」


「魔獣!?何でこんなところに!?」


 さらに、図ったかのようなタイミングで廊下の両方から魔獣が現れる。

 無視などできるはずもないため、戦闘を余儀なくされる。


「ぐっ、こいつらっ!」


 その狼型魔獣はタスクなどで何度も相手をしたことある個体だ。しかし、いつもより凶暴性が増しているように感じる。

 体に傷を負おうと構わずこちらを殺そうとするその剣幕に気圧されそうになる。だが、俺はその攻勢に正面から立ち向かう。


「ガルァァァ!」

 

 直進する魔獣を見据えながら、腰を落とし左腰に差された刀型魔導具『迫鋭刀』の柄を握り、


「シッ————!!」


「ガ——」


 居合抜刀。その一撃にて魔獣を両断する。


「「「グルルルァ!!!」」」


 そのまま、立て続けに襲いかかる魔獣を斬り伏せていく。

 凶暴性が増したとはいえ元の強さはそこまでじゃない。鍛錬を積み、新装備を手に入れた俺の敵ではなかった。

 ものの数分で全滅させ、その後改めて先生に指示を仰ぐ。


「で、どうするんですか?他の先生を探しますか?」


「いえ、まず調べるのはこの結界の範囲、それと結界の起点です」


「起点……?」


 見知らぬ言葉が飛び出したので先生に尋ねる。


「結界魔術の多くには、結界を成立させるために最低でも三つ、魔力の集合体が必要なのです。起点の形は釘や柱など様々ですが、異質な魔力を感じるので一目見れば分かります」


「その起点を壊せば結界がなくなるんですか」


「はい。起点を全て壊せば結界は解けます。そうでなくとも、一つ壊せば結界の効力が弱まるので通信魔術が使えるようになるでしょう」

 

 魔獣を倒してから、周囲は不気味なほど静まり返っていた。

 この異常事態、頭に不吉な可能性がよぎる。


「先生、これは……魔晶の侵略なんでしょうか」


「————結界の外の状況がわからない以上断定はできませんが、最悪の事態は覚悟しておくべきでしょう」


「結界の範囲と起点捜索は手分けして行います。見つけた場合は即座に破壊してください。十分後、再びこの場所で落ち合いましょう」


「はい……」


 心の中は不安で、先生について行きたい気持ちがあった。

 しかし、最早そんな甘えが許される状況ではなくなっているのだ。

 息を吸い込み腹に力を入れる。


「よし……!」


「ドージ君、授業で話したことは覚えていますね。自分より強い相手と会敵した時には——」


「戦わずに逃げる、ですよね」


「その通りです、ゆめゆめ忘れないように」


 自分の残りの体力と魔力、そして体調を確認する。自分の強さを知らなければ、相手が自分より強いかどうかの判断などできない。


「では、行動開始」


「はい、先生も気をつけてください!」


 俺とムルド先生はお互い正反対の方向に走り出した。



 ※※※※ ※※※※※※※※ ※※※※



「なんだよ、この結界は……」


 無道とシュシュルは結界を見て唖然としていた。

 目前にある半透明な壁を無道が思いっきり殴りつけるが、鈍い音が響くだけでびくともしない。

 しかも、問題はそれだけではなかった——。


「はぁ……はぁ……はぁ。助け、助けて」


「どうしたの君……その怪我!?」


 二人の元に一人の男子生徒が息を切らせながら、覚束ない足取りで歩いてきた。その服には鋭い物で割かれた跡がいくつもあった。腹に傷を受けたらしく血の赤が滲んでいる。


「ま、魔獣が……出た。いろんな所で……皆んなパニックになってる……」


「まさか侵略か、早すぎるだろ!五の月は安全じゃなかったのかよ」


「それは単に前例がないってだけだって!君、横になって。回復魔術をかけるから」


 シュシュルは持っていたハンカチで傷口を押さえつつ、男子生徒を横たえる。


「『イエロー・リカバー』」


 回復魔術によって流れていた血が止まり、男子生徒の表情も安らかなものになっていく。

 簡易治療が終わると、二人は男子生徒を抱えて医務室に向かう。そしてその間、事の詳細についてさらに詳しく尋ねた。


「なんの予兆もなく……突然窓を破って魔獣が襲いかかって来たんだ……。パニックになって逃げたら、その先にも魔獣がいて」


「マジかよ……クソッ、どうなってんだ」


「無道!廊下の奥から魔獣が来てる!数は三匹!」


 魔術で索敵を行なっていたシュシュルがこちらに向かってくる複数の魔獣を捉える。


「無道はその人をお願い。魔獣は僕が——倒す!」


 男子生徒を背負っているせいで両手が塞がっている無道に代わり、シュシュルが一人で魔獣に立ち向かう。

 いつもは離れて魔術の撃ち合いに徹するはずのシュシュルが一直線に魔獣へと向かっていった。その行動に不安げな顔をする無道だが、戦いは意外な展開となった。


「はぁっ!!」


 飛びついてくる魔獣の攻撃を全て体捌きや腕捌きで逸らしていき、できた隙に魔術を的確に撃ち込んで倒していくシュシュルの姿がそこにはあった。


「シュシュル……いい動きじゃねぇか——」


 その鮮やかな動きは無道によって教えられた物。シュシュルはそれを実践で使いこなしていた。

 二分後、そこに三体の魔獣の姿はなかった。


「成長したな。いい——」


「魔獣は片付いた。早く医務室に行こうよ、無道。傷はそこまで深くないけど、急ぐことに越したことはないから」


「お……おぉ、そうだな」


 無道は褒め言葉を途中で遮られなんとも言えない顔になった。

 状況は逼迫しており、褒めるような雰囲気ではないのは確かだった。



 ※※※※ ※※※※※※※※ ※※※※



 ムルド先生と別れてから九分が経った。

 その間、結界の範囲と起点の捜索をする最中に魔獣との戦闘を何度も強いられた。強くはないものの、こうも何度も邪魔されると苛立ってくる。


「はぁ……蛆虫のように湧いて来やがって。あと一、二分しかないのに何も見つけてない……」


 一応、結界の壁までは辿り着き、その反り具合からこの結界が円形であることは分かったが、その情報だけ持ち帰っても意味はないだろう。

 結界の周辺を捜索しても起点は見つからなかった。物を隠せそうなところはあらかた探したというのに。

 何の成果も得られていないことに俺は焦燥を募らせていた。


「ガルルルァァ!」


「もう!邪魔——!」


 新たに現れた魔獣を怒りのままに蹴飛ばす。


「ギャイン!?」


 魔獣はそのまま廊下の片隅へと勢いよく飛んでいき——

 その姿を消した。


「…………!?」


 目が霞んだだけかと思い手で擦るが、何度見ても魔獣の姿はなかった。

 そしてその驚きが冷めぬまま、次なる衝撃がやって来た。


「ガウウァァァ!!」


「え……えぇ?」


 消えたはずの魔獣が廊下の片隅から突然現れたのだ。

 それを見た時、一つの可能性を閃く。考えてみれば当たり前のことだ。

 魔獣を手早く倒し、ゆっくりと魔獣が消えた廊下の片隅に手を伸ばしながら近づいていく。


「そうだよな……」


 魔獣が消えた辺りまで近づくと、右腕が唐突に消えた。いや、消えたというより見えなくなったと言うほうが適切か。

 そのまま進んでいくと、伸ばした手がどんどん見えなくなっていき、ついに頭まで入った時、視界に入ったのは——。


「破壊されるとまずいんだから隠すよな。それも魔術を使って」


 結界の起点と見られる、黒く淀んだ杭だった。

 おそらく黒色の幻惑魔術だろう。外からだと何もないように見えないように細工されていたのだ。


「もう十分過ぎたかな……。とりあえずこの杭だけは壊しとかないと——」


 腰から刀を引き抜き、息を吐いて脱力しながら刀を上段に構える。

 杭を縦に真っ二つにすべく、振り下ろそうとした瞬間——。


 ——それ以上は看過できんな——


「——!?」


 頭の中に響く無機質な声、そして轟音。

 それらは全て背後からだったが、目を向けなくても状況は理解していた。

 新手が出てきたのだ。それも、おそらくこの結界を張った張本人が。

 どこかで仕掛けてくることは予想できたので、驚きはなく落ち着いている。


 しかし——


「あ——あぁ……!?」


 振り向いてその張本人の姿を視界に捉えた時、体が無意識にピタリと止まって動かななくなった。


「これは……現実……?」


 最初、俺は目に写っているその景色を見間違いか、あるいは幻覚だと思った。しかし何度瞬きしても、目前にいるその姿は消えない。


 俺の前にが存在している。

 それを脳が正しく認識した瞬間、それまでの落ち着きも、覚悟も、何もかもが跡形もなく吹き飛ばすほどの恐怖が腹の底から湧いてきた。


「あ……う……ど——して……?」


 本当に何もかも。

 この世界に来てからの俺が否定された。

 元の世界に帰ると言う決意——。

 自分の生き方を変えないという矜持——。

 強敵にも諦めず立ち向かうという覚悟——。

 それら全てが何も知らない子どもの戯言だったのだと、目に写るを見た瞬間——悟った。


 その姿を俺は知っていた。倒す決意もしていた。

 しかし、それはいつかの話であって今ではなかった。


「十…………戴…天、シロテ……ベンカン……」


 『Class A +』の化け物が俺の前に立っていた——。

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魔術師ドージが扉を開く 竹残 @take-nook

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