第181話 番外編 / 条件のいい恋人 - 05 -


「デリク君ー!」


 手にお菓子を抱えたエッダは、特待クラスの入り口で手を振った。


 授業を終え、隣の席の友人と話をしていたデリクは、驚いた顔を浮かべた後すぐにはにかんだ。隣にいた男子がデリクの腕を掴み、離席させないように妨害していたが、デリクは手をぶんと振って追いすがる男子を振りほどくと、こちらにやってきた。


「どうしたの、エッダちゃん」


「お菓子作ったの」


 はい。と今日の昼休みに早速ハイデマリーと共に作ったスイートポテトを差し出すと、デリクは喜色を浮かべる。


「すごい。エッダちゃんもお菓子作れるんだ」

「実はほとんど、友達のハイデマリーが作った」

「あはは。ランドハイムさんにも今度お礼を言っておくね」

「うん」


 スイートポテトを受け取ったデリクは、デリクの前でそわそわとしているエッダを見て目を細める。


「ありがとう。本当に最近、お菓子作りが流行ってるんだね」

「流行ってるっちゃ流行ってるけど、なんで知ってるの?」

「いくつか貰ったから」

「え?! いくつ!?」


 いくつだったかな、とデリクは小首を傾げた。こんちくしょう、とエッダは足を踏んでやりたくなる。


「これが一番嬉しいよ」


 当たり前のことだ。エッダはむむむ、と眉根を寄せた。


「デリク君もこっちは赤点だね」

「えええ?」


 ぎょっとするデリクをため息一つで許してやる。何て優しくなったのだろうと、エッダは自分に感心した。


「ねえエッダちゃん、時間ある? 中庭で食べようか」


 ご機嫌取りのつもりかもしれないが、スイートポテトを嬉しそうに見ながらデリクが言うものから、エッダはつい笑顔を向けてしまう。


「ある! 食べよう!」

 エッダが片足を軸にして、くるりとその場で回った。エッダのこうした行動に、最初は面食らっていたデリクだったが、もう随分と慣れたらしく、ポンポンと頭を叩かれる。


「可愛いね。じゃあ、ちょっと待っててね。荷物取ってくるから」

「はーい」


 デリクが机に荷物を取りに戻ると、先ほどデリクの邪魔をした友人が、また邪魔をしていた。デリクの教科書を抱きかかえて、荷物を奪わせまいとしている。

 呆れた顔をして友人を見ているデリクの隙を突き、デリクの友人がエッダの元まで駆けてきた。


「エッダちゃん、俺には無いの?!」


 デリクの友人が、走って来た勢いのままエッダに詰め寄る。「女子の手作りお菓子おくれ」と血走った目が物語っていた。


「無いよ」

「なんでー! なんで俺には無いの……端切れでもいいんだ……ほんのちょこっとでいいんだ……」

「私の彼氏はデリク君だからなー」


 すまんね。と謝ると、デリクの友人は肩を落として教室を出て行った。教科書を持ち逃げされたデリクは慌てて追いかけ、友人から奪い返すと、エッダのもとに戻ってきた。


「ごめんね。うるさくて」

「特待クラスにもああいう子いるんだね」


 特待クラスの生徒はみんな、穏やかで優しくて頼りになるデリクのような人ばかりだと思っていたエッダは心底関心して言った。


「……ねえエッダちゃん」

「なに?」


 中庭に向かって歩き始めたデリクは、エッダを見下ろした。


「僕はエッダちゃんの彼氏なわけですが」

「うん」

「つい最近お菓子をよく頂いていまして……」

「そうだね」

「もしかして、さっき言ってた赤点っていうのは……」


 彼の友人とエッダの会話を聞いて、デリクは何かしらを察したのだろう。


「さすが特待クラス!」

「……あー……やっぱり……。ごめんね。そういうことに疎くて……。何かあれば遠慮せず言ってほしい」


 きっと、間違ってることでは無いのだと思う。彼女がいるからお菓子を受け取ってはいけない、なんて決まりはアマネセル国にもラーゲン魔法学校にも無い。


 カイは気にしないと言っていた。ハイデマリーは気にするようだ。ルシアンはデリクと同じで知らなかった。マリーナは、どうだろう。気になっただろうか。


 エッダは、気になってはいた。


 だが、デリクが謝ってくれて、落ち込んでいる姿を見たら、驚くほどに胸がすっとした。


「――私、お菓子好きなんだけど、作るのはあんまりっていうか、全然好きじゃ無い」

「うん」

「だからそれは、最初で最後かもしれないので、ありがたく食べてください」

「はい」

「そんで、デリク君が貰ったのは、これからは一緒に食べよう」


「うん。わかった」


 ありがとう。そう言ってデリクがエッダの頭をよしよしと撫でた。エッダはまた、くるりと回った。




***




 デリクと共に中庭に出ると、めざとくお菓子を見つけたルシアンが駆け寄ってきた。


「エッダ! それハイデマリーのだろ? いつもらった?」


 エッダがお菓子を作るわけが無いと思っているルシアンは、昨日のことがあったというのに懲りていないようだった。互いに恋愛感情が無いハイデマリーからならOKだとでも踏んでいるのだろう。


「残念だけど、これは私が作った物でーす」

「は? いやいや、そういうのいいから。はよ言えよ。無くなるかもしんねーだろ」

 意地汚いルシアンに対し、エッダが額に青筋を浮かべる。


「もーうっさいなールシアンは! そんなだからどっ――」


 童貞のままなんだよ、と言おうとして、エッダは口を噤んだ。


『他の男の前では今後、そういう単語は言わないでほしい。さすがに彼女で、下世話な妄想はされたくないから』

『そういう単語って?』

『……ごめんね、聞かせちゃうけど。処女とかおっぱいとか、そういうの』


 以前デリクと話した条件を思い出す。


(処女とおっぱいが駄目なら、童貞も駄目な気がする)


 エッダは無い頭を使って、なんとか言葉を絞り出した。


「どーべるまん」

「は??」


 そんなだからドーベルマン、という意味のわからない罵りに、ルシアンはきょとんとしている。脛を蹴ってやりたかったが、堪えた。


 堪えたエッダの頭にぬくもりが触れる。ぱっと顔を上げると、デリクが柔らかく笑っていた。


「よく出来ました」


 よしよし、と撫でられ、エッダの機嫌は急上昇する。既にルシアンなんか、どうでもよくなっていた。


「……あ、暴れ馬が手懐けられてる……!?」


 笑い合うエッダとデリクを見て顔を真っ青にしたルシアンが、ひええと悲鳴を上げつつ、中庭から逃亡した。




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