第180話 番外編 / 条件のいい恋人 - 04 -


 昼休みに焼き上げたクッキーを、放課後に取りに行く。こんがりと焼けたクッキーを、ハイデマリーが慣れた手つきで数個ずつ紙で包んだ。最後の後片付けも終えると、エッダらは錬金術学室を出る。


 クッキーをあげるためにオリアナを探していると、キャイキャイと賑やかな集団を見つけた。エッダが顔を向けた先には、カイとルシアンがいた。数人の女生徒と話をしているルシアンの鼻の下は、完璧に伸びきっている。


「さっき皆で作ったんです。よければ貰ってくれませんか?」


 女生徒達が可愛くラッピングされた菓子を、カイとルシアンに差し出していた。


 女生徒をよく見ると、昼休みに錬金術学室で一緒になっていた女子だ。敬語を使っていると言うことは、下級生なのだろう。ルシアンは嬉しそうに菓子を受け取っている。


 エッダの隣で、ハイデマリーがじっと集団を見ていた。視線に気付いたのか、カイがこちらを見る。


 そしてカイは、顎をしゃくった。ハイデマリーはじっとカイを見た後に、小さく首を横に振る。

 ハイデマリーに一つ頷くと、カイは女生徒達に「悪いけど」と言った。


「彼女からしか貰いたくないから」


 下級生がショックを受けている間に、カイはぴょんと集団を抜け出してハイデマリーの隣に来た。


「断りましたよ」


 どや顔で言うカイに、ハイデマリーはしかめっ面をした。手のひらをパーにして、カイの肩をバンッと平手打ちする。「いてっ」と言うカイの顔は、笑っている。


「言うとおりにしたじゃん」

「言うとおりだから駄目なんでしょ。普通聞く?」

「俺別に、どっちでもよかったから」

「私はよくない」

「うん。だから、断った」


 ハイデマリーは顔を赤くして、もう一度バンッとカイの背中を叩いた。完全な照れ隠しだ。今度は先ほどよりも大きな音だった。


 犬も食べないものになってきたので、エッダとコンスタンツェは、ハイデマリーからスッと離れてルシアンの元に行った。

 下級生達はカイの彼女が目の前にいたことが気まずくなったのか、既に立ち去っている。


 ルシアンは先ほどあんなに嬉しそうな顔をしていたくせに、今は悲壮感が漂っている。


「え……これって断った方が良かったの……?」


「カイが言うには、それぞれらしいけど?」

「ハイデマリーが言うには、聞くのも言語道断なぐらい、当然断るべきことのようでしたわ」


 ルシアンの問いに答えると、ルシアンは顔を青ざめさせた。


「マリーナちゃんに知られちゃったらどうしよー!」

「別にマリーナちゃんとは、まだ付き合えてないんだからいいじゃん」

「俺が誰にでもいい顔して、ホイホイ付いてく男だって思われるだろ?!」

「思われるって言うか、そうなんじゃん」

「こういうの駄目って知ってたら俺だって断ってたのに……俺の恋愛偏差値が低いばかりに……」


 恋愛偏差値の低さは、エッダも近頃話題にあげたばかりだった。


「しょうがないなー。赤点仲間だし、一緒に食べてあげるよ。なんかちょっと罪悪感減るんじゃ無い?」

「エッダ~! お前はいい子だって俺は知ってた!」

「まぁ、ルシアンったら。世界一調子がいいんですから」


 コンスタンツェがルシアンを笑う。三人は可愛いラッピングを解いて、中に入っていた可愛らしい焼きメレンゲを摘まんだ。




***




 先ほど食べたばかりの焼きメレンゲを、もう一度見ることになるとはエッダは考えてもいなかった。


「……それ」

「エッダちゃんも食べない? さっき下級生に貰ったんだ。甘いの好きだから、勉強の合間に食べようと思って」


 放課後の談話室。テーブルの上に宿題を広げながら、デリクが言う。

 第二クラスと特待クラスでは、宿題の量が全く違う。エッダとデリクの平日の放課後デートは、基本的に彼の勉強に付き合う形になっていた。


 そのことには、何の問題も無い。

 問題は、先ほど食べたばかりの焼きメレンゲを恋人が持っていたことにある。


(もらったんだ……)


 ハイデマリーに尋ねていたカイを思い出す。デリクがお菓子を渡される時、エッダは傍にいなかった。だから、エッダに尋ねられるはずも無い。


(カイが気配り屋さんなだけだし)


「わーい、ありがと!」


 エッダは一つ摘まみ、口に放り投げる。

 先ほど食べた時は、売り物のように美味しかったのに、今食べた焼きメレンゲは驚くほど美味しくなくなっていた。




***




 夜中――エッダはハイデマリーの部屋の前にいた。トントン、とノックすれば、部屋着に身を包んだハイデマリーが顔を出す。髪は無造作にひっつめられていて、いつも完璧に身なりを整えて学校へやって来るハイデマリーとは、全然印象が違う。


「――どうしたのあんたそれ」


 前髪をまとめていたヘアバンドを外しながら、ハイデマリーは怪訝な顔でエッダを見た。


 エッダは、灰を被ったように全身粉塗れになっていた。


「ハイデマリー。お菓子の作り方教えて」


 ハイデマリーの足下を見ながら、口先を尖らせてエッダが言った。いつも楽観的なエッダの顔には、珍しく苦悩めいた表情が浮かんでいる。


「どんな心境の変化? あんたいっつも興味無いって、手出さないじゃん」


 戸口に寄りかかって、にやりと笑うハイデマリーに、エッダはむすーとした顔を浮かべる。

 たった今、寮母に材料をもらい、寮の談話室で一人で作ってみてたのだが、全く上手くいかなかったのだ。火なら何でもいいのだろうと、暖炉で焼こうとして、ボヤ騒ぎになりかけた。


「理由ぐらい教えなさいよ」


「……デリク君にあげる」


 エッダの頬が膨らんだ。眉をぐいっと寄せている。到底人に物を頼む態度では無いが、ハイデマリーはにやーっと笑って、戸口から体を離した。




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